映画専門家レビュー一覧
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マイ・プレシャス・リスト
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映画系文筆業
奈々村久生
コミュ障のこじらせ女子は結局イケメンに気に入られなければ幸せになれないのか。学力と実力が比例しないのも、ありのままの自分で生きるにはそれなりの覚悟が必要なのも承知の上だけれど、自分の能力を生かせる場所や相手を探すほうがよっぽど現代的なのではないか。ただし、主演のベル・パウリーのキャスティングは勝ち。ファニーフェイスなのにプリンセス感があってこの手のヒロインにぴったりなだけに、前時代的な価値観に基づいたドラマに説得力を持たせてしまっているのが皮肉。
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億男
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評論家
上野昻志
序盤のパーティーでの主客入り乱れての大はしゃぎには、借金返済のため夜昼働いていた一男(佐藤健)が、宝くじで3億円当てたぐらいで、こんなに調子づくかと、些かシラケたが、高橋一生の九十九と共に消えた3億円を追って、億万長者の間を地獄巡りさながらに動き回るようになって、面白くなった。目一杯の扮装で一男を翻弄する北村一輝や藤原竜也もさることながら、地味な主婦姿の沢尻エリカが、団地の襖や壁に札束を埋め込んでいるのが、物神としての金の正体をよく現していた。
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映画評論家
上島春彦
それなりにお金がかかっていることは分かる。キャストもゴージャス。しかし話が薄すぎる。オムニバス的構成はいいが、観客の期待を超えるパートはない。大金を手にしたのに地味に暮らす女性に関してはもっと何か出来た気がしてならないのだが。「ホーリー・モータース」風に移動する車の中でキャラクターを変えてしまう藤原竜也とか、北村一輝の肥満したエンジニアとか、細部に惹かれる箇所はあるが、物語のメインとなる「消えた」高橋一生と「追う」佐藤健が、オチも含めありきたり。
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映画評論家
吉田伊知郎
〈日本人とお金〉という普遍性を持つテーマは良いが、3億の宝くじに当たって右往左往では上方落語の『高津の富』を藤山寛美が松竹新喜劇で『大当たり 高津の富くじ』にアレンジしたのと大差なく、説教臭さまで似てくる。こうなると芝居で引っ張るしかないが、原作者兼プロデューサーもその点は承知しているのか主役以外の男優に怪演してくれそうな連中を並べ(殊に北村一輝は久々にやらかしてくれた)、女優も沢尻・黒木・池田という実力派を用意してくれたので専ら芝居を愉しむ。
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ハナレイ・ベイ
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映画評論家
北川れい子
海へ向かうサーファーの後ろ姿。マンションに鳴り響く電話の音。そして無表情でガランとした通路を歩く吉田羊。冒頭の僅か3カットで、いつ、どこで、何があったかを暗示させる演出と編集に拍手を送りたい。サメに襲われて死んだ一人息子に、乾いた感情しか抱けなかった実存主義的な女、いや母親の、10年後の痛みと慟哭。いくつかの短い回想シーンと、原作にはないエピソードを盛り込んでの進行は、まるで他人ごとのように淡々としているが、慟哭に至る演出、演技、映像はもう完璧!!
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
父親そっくりのフォームでスケボーに乗る村上虹郎が本作ではサーフボードに乗り、曲者な若者を演じたことの愉快。イギー・ポップの曲が佐野玲於を象徴する挿入曲としてリフレインされるがそれがしっくりきていて見事。ハワイロケに踊らされず村上春樹のブランドネームに引きずられず、監督松永大司は自分の表現、映画づくりをやった。過去作の「トイレのピエタ」で取り組んだことに続く喪の仕事のように本作を真摯に撮り、透明度の高い悲しみをタフでクールな吉田羊に託して描いた。
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映画評論家
松崎健夫
原作は三人称で描かれているため、母親が息子を想う気持ちが明確には語られていない。一方の映画では、“母親のモノローグ”という一人称へと変化していることにより、母親の息子に対する想いがより強く描かれ、明確になっているという印象を受ける。母・吉田羊の演技を受け止める息子・佐野玲於のアプローチは物静かだが、むしろその姿が母と子の間に流れる“愛”をも強く印象付ける。原作にはない行間を役者の演技と映像で補強しながら、全体的に原作のイメージと乖離していない。
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デス・ウィッシュ
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翻訳家
篠儀直子
かなりいいなと思うのは、主人公の妻と娘が強盗に出くわすまでの部分と、主人公の喪失感を念入りに描写している部分。そのあたりの重さや、主人公と弟とのドラマと並べると、結末の不思議な(コミカルでさえある)軽やかさが不釣り合いに思える。ほかにも、主人公の性格と行動の乖離とか、いまいち納得行かないところは多いけど、ガンアクションつき復讐劇として気軽に楽しむには悪くない。模倣犯の登場に、原作者の精神がちらりと覗く。銃社会としての米国が体感できる映画でもある。
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映画監督
内藤誠
同じ原作をマイケル・ウィナーが監督した「狼よさらば」では主演のチャールズ・ブロンソンに男の哀愁があって適役だと思ったが、ブルース・ウィリスの方も家族を殺された復讐に燃える男を熱演。新作では、救急救命医となっていて、「正義」のために殺人を犯したあと、隠れる場所も安全。ソーシャルメディアの使い方も新しいし、上流階級の家と犯人たちのいるシカゴの掃き溜めの街との対比も絶妙。ロス監督は同時期公開の児童ものの映画化よりもダーティな世界の描写に向いている。
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ライター
平田裕介
イーライ・ロスが「狼よさらば」をリメイク。どうしたって期待するわけだが、タッチは中道寄り。彼が本領を発揮していいはずの妻子が襲われるシーンはなんとも陰惨度が低く、それゆえに憤怒する主人公カージーと観ているこちらの気持ちはなんとなしに乖離してしまう。ブルース・ウィリスも序盤は復讐に戸惑う普通の男を演じているが、中盤から無双の処刑人に。オリジナル・シリーズ5本におけるカージーの異様な過激化をこの一本でやってのけるのは少し残念だが嫌いじゃない。
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ピッチ・パーフェクト ラストステージ
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翻訳家
篠儀直子
なんでこんなにせわしない語り口なのかと観ていたら、途中からある種トンデモな展開になるので、これを勢いで見せきってしまうためのせわしなさだったのかもしれない。言いたいことはいろいろあれど、日本語題名にも入っている「ラストステージ」の見せ方がいいから全部許せてしまう感じ。ベラーズのライバルたちが、ガールズロックバンドを筆頭に、(活動中のプロが演じているから当然だけど)みんな上手くて魅力的なので、各バンドが主役のスピンオフも観たくなる。アナケン快調。
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映画監督
内藤誠
ラストステージのせいか、今回はフランスの沖合に浮かぶヨットでのアクションから始まり、全篇、派手な場面が多い。このシリーズには、すべて星を付けてきたので、「ファット」エイミーことレベル・ウィルソンの下ネタ満載の元気な顔と体形も、もう見られなくなるのかと少し寂しい。彼女たちは大学を卒業後、それぞれ屈託を抱えている。音楽を通して再結集というストーリーで、今回の監督も女性(トリッシュ・シー)なのだが、女性の感情の高まりに合わせ、音楽に律動感があった。
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ライター
平田裕介
派手に爆発する豪華なクルーザーから海上めがけてジャンプするベラーズの面々。意表を突くオープニングで犯罪組織なんかも飛び出して趣向を凝らしてはいるが、基本的にノリや展開は前2作と同じ。しかし、各キャラクターの個性や役割がしっかりと出来上がっているので、そのマンネリ具合が楽しいだけでなく心地よかったりする。そこへシリーズを観てきた者なら満足できる大団円も用意してくれるので、これといって文句なし。どの映画でもカッコいいルビー・ローズだが本作でも◎。
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ここは退屈迎えに来て
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評論家
上野昻志
東京から地元に戻ってフリーライターをしている「私」が、高校時代の友だちと、当時、憧れの的だった男に会いに行くという話を、車が替わるごとに、乗っている人物も時制も替え、それぞれの姿を描く構成は巧みだが、基点にある高校時代が生彩を欠く。過去を懐かしむ話ではないと抑制したのかもしれないが、憧れの的の椎名君(成田凌)も特に輝いていないし、奇跡のように楽しかったというゲーセンでの遊びも、どこがという感じ。最後の椎名の言葉に呆然とする橋本愛の表情は良かったが。
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映画評論家
上島春彦
タイトルは意味ありげだが、橋本愛と門脇麦の飢餓感を、かつての同級生成田凌が癒してくれるという物語では全くない。むしろそれぞれが、成田に象徴される「世界」と「出会い損ねる」みたいな感覚だな。癒されるのではなく、飢えはかえって深まる。その感じをさらに強めるのが、ゲーセンにぽつんと座っている渡辺大知の孤独な表情である。フジファブリックの名曲〈茜色の夕日〉が一人一人断片的に歌われ、やがてそれぞれのアカペラが積み重なっていくあたりの盛り上がりが凄いです。
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映画評論家
吉田伊知郎
同じ原作者でも映画のノベライズみたいな「アズミハルコは行方不明」よりも本作は脚色しがいがあると思っていた。山戸結希あたりが適任と思ったが、廣木隆一ならば職人技が期待できる。ところが何もない話をロングショットの長回しで延々撮っているだけなので、閉塞した空気感も東京への憧憬も台詞で空虚に響くのみでは〈この映画は退屈、どうにかして〉という気分に。椎名君を巡って時制を往復させる作劇も退屈さに拍車をかけ、彼の魅力が説明されるほどに感じられないのも辛い。
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スカイライン 奪還
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翻訳家
篠儀直子
中盤の宇宙船内シークエンスの演出が上手くないのが最大の弱点だと思うが、その後も、空間のつながりが描けてないせいでサスペンスを盛り上げ損なっているような。一方、かつて米軍が災厄をもたらした地に降り立った米国人が、現地ゲリラと力を合わせ、空からの脅威を迎え撃つという図式はかなり面白い。となれば、元ベトナム帰還兵である盲目の老人はすごく意味のある登場人物のはずなのに、ほぼ活用できてないからこれまた残念すぎる。終盤怪獣映画っぽくなるけど、流行りなのかな?
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映画監督
内藤誠
VFXチーム、ハイドラックスが前面に出ている作品だけに特撮好きには、お薦め。冒頭、ロサンゼルスに出現した未確認飛行物体に、市民たちが吸い込まれていく光景は実にみごと。エーリアンの体形も最後のメイキング場面でタネ明かしされるけれど、人間と格闘しやすいようなスーツで工夫されている。エーリアンが襲う場所はどこでもいいようなものだが、いきなりロスからラオスに舞台がとぶのには驚いた。武術家のイコ・ウワイスに合わせたにしろ、随所にご都合主義な構成が見える。
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ライター
平田裕介
前作は高層マンション内が主な舞台だったが、今回はロス上空に浮かぶ巨大宇宙船内で戦いが。と思ったら、途中でラオスに墜落して反政府ゲリラも交えた大乱戦が勃発。ロス、宇宙船、ラオスと大胆に舞台を移動するだけでなく、戦いの種類も「ザ・レイド」のコンビを引っ張り出して異星人との肉弾戦へと持ち込む。さらに地下鉄職員の女性がなんの背景もなしに異様な戦闘能力を発揮してみたりと、なにかと乱暴なのだが派手なVFXとテンション高い語り口に乗せられて最後まで観てしまう。
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日日是好日(にちにちこれこうじつ)
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評論家
上野昻志
茶道の稽古を、帛紗の畳み方からはじめ、これほど徹底して丁寧に描いた映画は初めてだろう。樹木希林演じる武田先生は、まず形から入ると教えるのだが、それを受ける黒木華や多部未華子の初めはぎごちなく、次第に習熟していく立ち居振る舞い、手の動きが、静謐さのなかにアクションとして映画を息づかせる。静と動。動の極みは雨にうたれながら亡き父に呼びかける黒木華だが、全篇にわたる光の処理の的確さもさることながら、最近の映画では珍しく、音が立っていることに感心した。
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