映画専門家レビュー一覧
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ぼけますから、よろしくお願いします。
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映画評論家
吉田伊知郎
TVディレクターの娘が両親を撮っただけに距離が近く、内外での表情の違いを含め老いと共生する姿を露悪的にならずに映し出す。洗濯物の上に寝転がる母の上を乗り越えてトイレに行く父といったカットは撮影者との距離が近くないと撮れまい。温厚な父がある瞬間に母を叱責する際の「仁義なき戦い」的な方言の活用が実に映画的な魅力を増すが、覚束ない足取りで生活する両親を引いて撮り続ける娘が思わずカメラを置いたり、フレームの外から手を貸したくなる瞬間も観てみたかった。
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十年 Ten Years Japan
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映画評論家
北川れい子
そうか、十年後の日本って、現在とあまり変わらないってことなのか。5人の監督が描く十年後は、大なり小なりすでに日常化している事象ばかりで、それをことさら十年後という括りで描いても驚きも怖さもない。香港の若手5人の「十年」を観たときは、当地の危機的状況をベースにした発想力に大いに刺激されたものだが、やっぱり日本は万事、危機感が薄いってこと。けれども是枝監督が総合監修をしている今回の試みは支持する。ndjc若手映画作家育成プロジェクトを連想したり。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
ねらいはよくわかりその方向性には同意するが歯がゆい。本作の作り手たちは日本の閉塞感や先のヤバさを掴んでいてそこを撃ちたいのだろうが、これではまだ敵のエグみに拮抗しえないのではないか。太陽肛門スパパーンのPV的短編映画「世界に一つだけの花」では安倍晋三と勝間和代の似顔絵のお面をつけた校長と教頭が仕切る学校で自己責任といじめゼロが徹底される結果生徒がどんどんポアされる(卓上に置かれた一輪の花になる)が、あれは本作以上に本作企画意図を実現していた。
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映画評論家
松崎健夫
重要なことは、“十年後の日本を描く”というお題を与えられた20代後半から40代前半までの5人の監督が、誰ひとりとして希望に満ちた“アカルイミライ”を描かなかった点にある。それは、現代社会が不穏さに満ち溢れていることで、将来に対する不安が微かな希望をも駆逐している表れであるように思える。少なくとも監督たちは(そして私自身も)、今後数十年をこの国で暮らす立場にある。それゆえ、数十年後の教科書に、現代が〈戦前〉と記載されるような社会にはなって欲しくない。
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ヴェノム
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翻訳家
篠儀直子
トムハ演じる主人公が、ジャーナリスト魂はあるけれど、それ以外の局面ではヘタレで腕っぷしもからきし弱い(あの体格で?)設定なのがミソで、VFXもさることながら、主人公とヴェノムのバディ的関係(「寄生獣」や「ど根性ガエル」が思い出されるが、ちなみに原作コミックが出たのは日本のこれらのほうが早い)が魅力の一本。ノワール的な性格の強い、ホラー風味もある映画かと予想していたが意外に明朗。若干のグロみさえ外せば、むしろ子どもたちに喜ばれるタイプの映画かも。
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映画監督
内藤誠
マーベル・コミックで人気の悪役、ヴェノムがトム・ハーディに合体するところはトムが「どうなっているんだ」とあわてる演技がコミックで面白く、出だしは快調。地球外生命体ヴェノムは完全にCGなのだが、鋭くむき出す目や無気味な長い舌、くねるように伸びてくる手足により、視覚効果は充分。ジキルとハイドの伝統を踏む物語ながら、両者が同時に存在するので、トム・ハーディに語りかけてくるヴェノムの声が効果的でおかしい。リズ・アーメドが利己中心的資本家を好演する。
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ライター
平田裕介
誰が観ても思うだろうが、ヴェノムの寄生ぶりや変形ぶりが実写版「寄生獣」まんまで既視感炸裂。それでも話がしっかりしてれば無問題だが、彼とハーディが絆を育む経緯がちっとも描かれていないのでバディ・ムービーとしての面白さはまったくなし。ゆえにクライマックスは、汚い軟体生物が暴れているのをボーッと眺めているだけで終わってしまう。こうなるとすべてがダメで、ハーディのヴェノム取り込み演技も寒いだけ、スローモーションを用いたカー・クラッシュもタルいだけ。
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赤毛のアン 卒業
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批評家、映像作家
金子遊
トルストイの『戦争と平和』やプルーストの『失われた時を求めて』など、長い小説が好きだ。登場人物の人生が移りゆくさまを味わえるからだ。本作にもその興趣があり、13歳から16歳のアンの青春期がやや駆け足ぎみに描かれる。初恋を経験し、良きライバルに恵まれ、育ての親と別れての下宿生活。奨学金があるのに大学にいかず、地元で働き口を見つけ、愛する島にとどまるという決断。映像を通じてアンと過ごしてきた時を振り返りながら、彼女がだした意外な結論に満足して頷いた。
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映画評論家
きさらぎ尚
シリーズの前作「初恋」で13歳だったアンは、今作では16歳。自分の進路、養父母の健康問題、環境の変化など、大人の試練に直面するのだから、3歳という年齢の変化は重要だ。演じるエラ・バレンタインは額に知性をたたえ、目力が強く、形の美しい唇から利発さがこぼれ、13歳のアンにはこのうえなく適役だったが、現実の重さを背負い成長する役どころとなると、その持ち味が?溂すぎる。映画ファンの身勝手は承知だが、全体的にドラマが平板に感じるのは案外ここに要因があるのかも。
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映画系文筆業
奈々村久生
このシリーズ一連に言えることだが、マイノリティの女性がいかに自我と向き合って社会で生きていくか、その葛藤が原作の醍醐味なのに、強力なストーリーラインに甘えてキラキラの青春ものに変換されているところにどうしようもない違和感を覚える。モンゴメリのストーリーテリングの上手さが仇に。エラ・バレンタインの天真爛漫なヒロイン感がやはり朝ドラを彷彿とさせるのだが、実際にアンをモチーフにした朝ドラ『花子とアン』と比べると、テーマの掘り下げ方の違いがよくわかる。
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ビブリア古書堂の事件手帖
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評論家
上野昻志
上手になったね、三島監督。ミステリーとして凄いわけではない。だって、太宰の『晩年』の希少本を狙う男が誰かというのは、すぐ察しがつくのだから、謎解きにドキドキするというわけではない。主人公の祖母の秘めたる恋の話も、1964年当時の風俗を知っている者からすれば、衣裳を含め古風過ぎる(まるで大正時代みたい)とは思うものの、それらを重ねて話を運ぶ手際が、いとも鮮やかなのだ。野村周平のイノセントな青年と眼鏡をかけた黒木華の思慮深い女性の組み合わせもよい。
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映画評論家
上島春彦
古書好き必見、とは書けないので星をつけられない。原作が好評らしいが、どこがいいのか分からない。魅力を捕まえ損なっているのか、ミステリーとして話が薄く、古書のうんちくも弱い。配役のゴージャスなのが救い。説話的には現代篇と過去篇が交互に展開され、共通する一人の女の秘密が暴かれる構成。夏帆は美しく撮れているが時代の雰囲気がヘン。東京オリンピックの頃とは思えないのだ。昭和初期っぽい。作ってる人、誰もそう思わなかったのかな。続篇を是非見てみたいシリーズ。
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映画評論家
吉田伊知郎
かつての角川映画が赤川次郎で作っていたような作品は監督の技倆がなければ成立しないが、前作でホンに恵まれて演出力を飛躍させた三島有紀子だけあって、ライトミステリーの理想的な形を見せた。鎌倉ロケと古書堂セットも巧みに接合させ、黒木の化粧っ気なく線の細いヒロイン像も繊細な演技で成立させている。チープになりそうな過去パートを東出によって重しにしているのも良い。ただし、危機の度に本が犠牲になることへ古書マニアのヒロインが悩む気配も見せないのは気になる。
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嘘はフィクサーのはじまり
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批評家、映像作家
金子遊
R・ギアがイスラエルの副大臣に靴を買っただけで親友になれることが解せないし、首相と仲良くなって急にフィクサーになる件もリアリティがない。脚本段階で人物の掘り下げとプロットの詰めが甘かったのかと疑ったが、佐藤唯行教授の解説によれば、NYとイスラエルを結ぶユダヤ人の同族ネットワークでは、共通の知人さえ捏造できれば著名人にも手が届くし、イスラエルへの貢献度で在米ユダヤ人社会での地位も決まるとのことで、これはこれでリアルな物語らしい。少し賢くなれた。
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映画評論家
きさらぎ尚
フィクサーと聞けば、政界や財界を裏側で牛耳る黒幕をイメージするが、画面に登場したギアを見た瞬間、あれれ? くたびれたキャメル色のコートにカバンを斜めがけにして、小股でひょこひょこ歩きをする姿はさえないオヤジではないか!? だがこれはユダヤ社会の人脈意識に、嘘を積み重ね、投資家の食事会からつまみ出され、相手に胡散臭さを見抜かれてもめげない彼の、格好悪さを絡めたコメディ。主題よりも、むしろ話のポイントになる人物に配役された達者な俳優たちが見もの。
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映画系文筆業
奈々村久生
リチャード・ギアの演じる詐欺師まがいのフィクサーがいい。こういうキャラクターはたいてい口八丁手八丁で世渡り上手なのだけど、彼は決して器用なタイプではなく、見ていて危なっかしいのだが、そんな人間がわざわざそういうやり方で何がしかの人物になろうとしていること、またその目的や理由にこれといった必然性が見られないところに、得体の知れない業の深さとやるせなさを感じる。コメディに寄り過ぎず一生懸命なのにどこか空虚さを漂わせているのがギアの真骨頂。
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心魔師
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映画評論家
北川れい子
ミステリーやサイコホラーに限って、後出しジャンケンは可、と思っているのだが、問題は何げない伏線と意外性。睡眠障害の刑事を狂言回しにしたこのホラーは、その点、巧みに作られていて、終盤に判明する種明かしには、そうきたか、と感心する。精神病院内の鉄格子や迷路のような床下など、ヴィジュアル的な仕掛けも効果的で、全体的に低体温で進行するのもスリリング。ただタイトルがいまいち馴染まず、つい、ジンマシンと読みたくなったり。星3つだが、プラス座布団1枚!!
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
いまが日本映画の黄金時代なら九十年代は暗黒時代か。しかしその暗さのなかにあった輝き、忘れがたい。北野武、黒沢清は急角度に上り坂を駆け上がり、Vシネは冒険し、Jホラーが誕生し、忽然と役者柳ユーレイも出現した。この「心魔師」という映画はその頃に生まれながら神隠しにあった子が二十年経って年をとらずに戻ってきたような映画だ。いや柳氏は相応に老けて出てくるが。疲れ顔の刑事がオカルティなところにいく話、もっと何にも似ておらず連想もさせなかったら凄かった。
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映画評論家
松崎健夫
箱の中身は開けてみないと判らないように、人間もまた開けてみなければ心の内は判らない。「格子の中の鳥」というファーストカットは、人間が何かに囚われているのではないか?ということを示唆してみせている。タイトルに〈心〉という言葉があるため、心の中を探った先に答えがあるという物語であるかのように観客は錯誤する。人間を〈器〉と考えた時、〈心〉はその中に入る物であってひとつとは限らない。そのことを、乗客がいなくなり空っぽになったラストのバスが表現している。
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ガンジスに還る
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ライター
石村加奈
死期を悟ったと譲らぬ頑固親父に付き添って、はるばる辿り着いたバラナシの解脱施設で、施設長の質問に、父に代わっててきぱきと答えた息子(とは言え、嫁入り前の娘を持つ中年男だ)は、褒められるどころか、怪訝な顔をされて困惑。出会って間もない老女からは、いまどきの人呼ばわりされて狼狽するも、母なるガンジス河の畔で、雄大な時の流れに身を任せるうちに、人生を見つめ直していく覚醒映画。解脱を待ちわびる老女のポエムに静かに耳を傾ける、野良犬の顔つきにも含蓄あり。
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