映画専門家レビュー一覧

  • テル・ミー・ライズ

    • ライター

      石村加奈

      ベースとなった舞台『US』との違いは不明だが、著書『秘密は何もない』で、ブルックが演劇との違いとして語った「俳優がカメラと同じ世界に存在するような、ある種の日常的リアリズムを押しつけてくる」映画の「社会的文脈」が存分に発揮されている。様々な人たちと果敢にかかわっていく、饒舌な若き主人公たちのダイナミックな物語は“もしこの映画が日の目を見ていたら、人間の歴史は変わったのではないか?”という想像力を満足させる。ラストカットのアクティブな沈黙に痺れた。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      本誌8月上旬号で筆者が★1つとした「グッバイ・ゴダール」は、68年五月革命さなかにゴダールたちがカンヌ映画祭を中止に追いこんだ経緯を描いていた。本作はその年のカンヌ上映作だったのに理由もなく取り下げられたとのこと。その後は映画祭自体も中止になったのだが。この取り下げ事件といい、公開時の妨害といい、フィルム紛失といい(2011年発見)、どうやら本作は「非上映」という呪いを身に纏う運命にあって、今、上映という椿事に作品がはにかんでいるように見える。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      P・ブルック版「ベトナムから遠く離れて」。いやもう当時は、ベトナム戦争に対してどう抗議するかという議論が、あちこちで巻き起こっていた。そんなあの時代の雰囲気が、役者による主張、再現ドラマ、戦場や僧侶の焼身自殺などの記録映像、識者のコメントなどで、コラージュ的に構成されていて。そのスタイルは今となっては懐かしい。描かれている中身は、ちと西欧インテリの苦悩という印象もするけれど。だけど世界中の人々があの戦争に真摯に向かい合ってたんだなあと感慨も深く。

  • 若い女

    • ライター

      石村加奈

      冒頭、男の部屋のドアに体当たりして流血した荒くれヒロイン・ポーラが、ラストシーンでは女中部屋の窓越しにあんな表情を見せるとは!パンキッシュな映画である。長年の恋人に捨てられた(レンガ色のコートがにんじん色に見える男とうまくいくわけもないのだが)女がパリをさすらう中で、自意識を手に入れる話とまとめるには、ヒロインがエネルギッシュすぎる。「野生の小猿」とは言い得て妙。孤独なヒロインが、母やリラ、ウスマンと簡単なものを一緒に作って食べるシーンも豊かだ。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      今年32歳になる若き女性監督には、過不足なく物語を語ることなんて眼中にない。L・ドッシュという出色の主演女優を得て、人間がどれほど動物に戻れるかの人体実験を施す。そしてそれは素朴な「自然へ帰れ」運動ではない。私たちは都市のドブネズミのようにしぶとく徘徊し、餌をゲットしなければならない。ファーストカットはヒロインのぶしつけなカメラ目線で始まるが、その視線の先にいるのは間抜けなカウンセラーではない。スクリーンを突き破り、私たち自身に向けられている。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      両目の色が違う女性。そこが個性。だけど自分勝手。興奮すると暴力的になる。平気で嘘をつく。見てると彼女に心情が入らない。これじゃ生きづらいだろうとハラハラもする。まさしく“若い女”、その自己中心の生きざまが、観察しているような乾いたタッチで描かれて。こんな女性でも子どもが懐き、黒人男性が打ち解ける。彼女の顔つきも穏やかになり、次第に他者を受け入れるようになって。そう、これは愛を知らなかった人間が、愛を受けとめるようになる映画かと。でもシンドいなあ。

  • 夏、19歳の肖像

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      テレビの探偵番組で脚本を書いていたので、推理小説ばかり読んでいた時期がある。戦前なら鮎川哲也や『新青年』まわり、現代なら島田荘司や笹沢左保のトリックを参考にしていた。本作は島田荘司の原作を、台湾のチャン・ロンジー監督が中国資本で映画化した「中国映画」。ミステリーは易々と国境を越えるのだ。最初のトリックは、病院から覗き見をする青年に関わるものだが、ふたつ目の謎は現代風にアレンジされていて唸らされた。ひと夏の苦い青春ストーリーとしても楽しめる。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      原作は日本の実力作家、主演は人気の美形アイドル、そしてヒッチコック・ミステリーの傑作「裏窓」を思い出させる物語の立ち上がり。なかなかの設えと滑り出しである。なんだけど、窓越しに見た女性に心を奪われた主人公のかなり強引な恋愛映画? それとも彼女を観察する中で想像した殺人事件の真相を探るミステリー? いえいえ、これらをひっくるめて主人公の夏の出来事を描く青春映画? アイドル映画なことは確かだが、絞り込んでアプローチすればドラマが更に活性化したかも。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      なかなか荒唐無稽なアイディアを、主人公である青年の若さゆえの突っ走りで押し切ったような力技。なぜ今、この小説を、中国で(ロケ地はほぼ台湾)映画化したのかという謎は未解決のまま残されたが。ただ、日本では暗く湿っぽいドラマになりそうなところを爽やかな娯楽性に落とし込んでいるのは好印象。元EXOのタオはお世辞にも演技が達者とは言えないが裕福な家の子息である彼ならではの世間知らずなイノセンスはある。身体能力の高さを生かしたアクションをもっと見たかったかも。

  • 検察側の罪人

    • 評論家

      上野昻志

      開巻間もなく、新人検察官たちが、広いフロアーの片隅で理想の検察官像を語り合う様子をカメラで一撫でするような切り取り方には、またかと苦笑するが、本筋の話は面白い(雫井脩介原作)。辣腕検事に扮する木村拓哉と、彼を尊敬する新人の二宮和也に事務官の吉高由里子という三者に、歌舞伎風の隈取りをしているわけではないが、隈取り鮮やかといいたくなるような松倉重生と大倉孝二の被疑者に、松重豊まで加わってのバトルは見物だが、罪人には、当の検察官もという含意もありか?

    • 映画評論家

      上島春彦

      これだけ話がずさんだとさすがに厳しい評価となる。過去に囚われる人物像というのは映画的なものだが、この主人公には実際のところそうあらねばならない理由がない。彼の固執の意味をわざわざ太平洋戦争の傷跡にまで持ってこようとするのも、かえって言い訳めいた印象だ。また友人が冤罪がらみで自殺したことから正義派ジャーナリストになっちゃった、というヒトが出てくるのだが、こういう偽善にはついていけない。偽善者として描かれるならまだしも。最後もお粗末な仕掛けの対決。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      原田眞人だけあって個々の俳優たちを存分に際立たせ、ダイナミックな演出が随所に用意されて見応えあり。いつもと違って尺が2時間強なのでタイトな展開で息をつかせない。少なくとも映画では全く良いと思ったことがなかった木村が見違えるような演技を見せ、実年齢に沿った中年男を悪目立ちせずに演じていて見惚れさせる。中盤に訪れる二宮の大きな変化やクライマックスが呆気なく処理され、もう終わりかと思わせる忙しなさに余韻が欲しくなるが、観ている間はひたすら乗せられる。

  • オーケストラ・クラス

    • ライター

      石村加奈

      練習帰りにピザをついばむ先生と生徒、なんて素敵じゃないか! うまいこと親も巻き込んで、楽しみの輪が広がっていく展開も微笑ましい。そもそも本作のモチーフとなった、音楽に触れる機会の少ない子供に、プロの音楽家が音楽の技術と素晴らしさを教えるという、フランスで実践する音楽教育プロジェクトが素晴らしい。エンディングを盛り上げるのは、クラシックではなく、ウッドストックを象徴するフォーク・シンガー、リッチー・ヘヴンズの『フリーダム』とは、たまらなく自由だ。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      目標達成への努力という、まるで日本映画のようなフランス映画だ。カド・メラッド演じる音楽教師の描写は、「くちびるに歌を」の新垣結衣や「楽隊のうさぎ」の宮﨑将に比べると上手いとは言いがたく、この手の部活映画、学級映画は極東島国に一日の長あり。ただ本作の特長は移民用アパートの並ぶパリ19区をロケ地とする点。ならば黒人少年が練習に使う屋上はもっと特別な空間にできたはず。今井正「ここに泉あり」のハンセン病施設での演奏会のような突出したシーンもほしい。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      中年のバイオリニストがおそるおそる教室に。生徒はみな移民の子どもたち。バイオリンを媒介に双方の気持ちが寄り添っていく。それをドラマの情緒ではなく、ドキュメント・スタイルのさらりで描いた、この演出。アフリカ系の少年のマスク。彼が初めて楽器と出会った、その目つき。この繊細が主人公を揺るがし、他の子どもたちにも波及する。クライマックスの晴れ舞台まで、筋立ては少しお約束の型通りがうかがえる。けど音楽に打ち込む子どもたちの輝き、そこは本物の手ごたえがあって。

  • SHOCK WAVE ショック ウェイブ 爆弾処理班

    • 翻訳家

      篠儀直子

      冒頭なかなか面白く、海底トンネル内にいた人々が人質にされたところからは「これは!」と思わせる猛烈な面白さ。けれども、若い警官が爆死するくだりが、好みの問題かもしれないがあまりにヒロイックに引っぱりすぎで、実際そこから20~30分ほど、映画はみるみる失速してしまう。そのあいだ舞台がトンネルから離れてしまうのもいただけない。人質になる人々のうちの数人が、事件発生前にフィーチャーされるのに、脱出劇のなかで彼らが活躍しないのも、どういうことかと思ってしまう。

    • 映画監督

      内藤誠

      フィクションとはいえ、日本にも近い香港島と九龍を舞台として連続爆弾テロが起きる物語。ディテールも細かく描写されているので、終始、手に汗を握ってしまう。アンディ・ラウが製作と主演を兼ね、気合いの入った爆弾処理局の警官を演じている。一方、麻薬密造の黄金の三角地帯を根城にして金儲け目的で香港にやってきた爆弾犯罪グループは人種も多彩で、得体の知れない怖さがある。とりわけボスのチアン・ウーが冷酷な表情で黙々と爆発を遠隔操作するのが不気味だ。

    • ライター

      平田裕介

      犯人とのメラメラした因縁、海底トンネルの原寸大セットを建造してしまうスケール感とそこでの大乱戦など燃焼率の高いアレコレが放り込まれている。だが、トンネル占拠と株価操作を絡めた話は中途半端、犯人が刻んで繰り出す難題もそう難題でもなく、交換する人質の移送中に交通事故に遭遇するのを筆頭とした主人公のトンマ具合など、せっかくの熱を吸収するアレコレも目立って結局はフラットな出来に。七三ツーブロックにウェリントン眼鏡、時計はパネライという犯人の格好は○。

  • チャーチル ノルマンディーの決断

    • 翻訳家

      篠儀直子

      多数の熱狂的賛同を得て勇ましい方向へと舵を切ったG・オールドマン版とは何もかもが正反対なチャーチル像。B・コックスの舞台仕こみ演技は迫力ありすぎなくらいで、精神的に崩壊し、厄介者扱いされるチャーチルの哀れさがいっそうつらい。だからこそノルマンディー上陸作戦後の演説は観る者の心にしみる。それは、あれほどの精神的危機に対して、彼が個人的勝利を収めた瞬間であるからだ。夫人や女性秘書が物語上で決定的な役割を果たすのも、スコットランドの風景もとてもいい。

    • 映画監督

      内藤誠

      「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」と比較して見ると興味深い。辻一弘の特殊メイクによるゲイリー・オールドマンもみごとだったが、ブライアン・コックスは老人の息使いや佇まいで、チャーチルの孤立感をよく演じ、夫人と秘書も前作とは一味違っている。脚本のチュンゼルマンが歴史の細部をよく書きこんでいるので、ノルマンディ上陸作戦に関し、チャーチルとアイゼンハワーが対立したという物語もすんなり見ていられる。舞台の対立劇風になっているのもいい。

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