映画専門家レビュー一覧
-
フジコ・ヘミングの時間
-
映画評論家
北川れい子
こう言っては何だが、ピアニスト、フジコ・ヘミングへの世間の評価や関心は、その演奏技術より、彼女自身のキャラクターやドラマチックな半生に対する興味の方が強いらしい。その証拠がこのドキュメンタリーで、ほとんど彼女のキャラと言葉を鵜呑みにしてカメラを回しているだけ。たまにはツッコメよ。演奏シーンにしても、ただ写しているだけ。取材対象に最初から降参して、パリの街を犬とお散歩する彼女の姿を何度も撮って、で、だから? フジコ女史に関心のある人にはいいかも。
-
映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
期せずして訪れた成功に驕るよりも皮肉な微笑みで対している彼女を観てこのひと相当地獄のなかで生きてきたなと思う。本作ではその生活の優雅な部分の代償である苛烈さも撮られていた。鍵盤を叩き続けてきた農婦のような手。好きな男性があるがこんな老婆がそんな想いを抱いているなんてと自嘲。彼女と家族を日本に捨て置いたスウェーデン人の父がデザインしたポスターを見て、まあこんなものを作れたんだから彼も悪いだけの人間じゃなかったかなと言う。濃厚な芸術家の肖像。
-
映画評論家
松崎健夫
音楽でも言葉でもなくフジコ・ヘミングの何気ない仕草が、彼女の人柄を感じさせている。例えば、小銭を出す姿や店先の鉢植えから落ちた花を鉢に戻してやる姿、あるいは、舗道を父親と歩き嬉しそうにはしゃぐ子どもに向ける眼差し。「人生とは時間をかけて私を愛する旅」と自身を語る、彼女の過去と現在とを並列させることで生まれるモンタージュ。それに加えて、何気ないインサート映像を挟むことによって、本作はフジコ・ヘミングの人柄を浮かび上がらせようと試みているのである。
-
-
空飛ぶタイヤ
-
映画評論家
北川れい子
長瀬智也が社員を守ろうとする熱血社長役ということからも、彼が逆転勝利することはお約束ごとだし、まただからこそ、原作がベストセラーになったのだろうが、それでもしっかり、うっぷん晴らしができるウェルメイドな娯楽作品である。何のうっぷんかって? ホラ、ウソが大手を振ってる現代の政……おっと、と。長瀬が自分で動き回って、欠陥車情報を集める描写に説得力があり、大手自動車会社の社員による内部告発のくだりもスリリング。ウェルメイドな娯楽作をなめんなよ!!
-
映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
長瀬智也とディーン・フジオカのダブル主演だが自社トラックの起こした事故死がトラックそのものの欠陥だという真相を訴えそれを証明しようとする長瀬演じる運送会社社長が完全に正義のために戦う主人公であるのに対して内部告発を見せ札にして栄転するフジオカ氏の演じた人物沢田は到底良い人間だとは思えず専らそこが気になって原作を読むがそこの按配は変わらずで、昔の社会派に比べれば倫理の後退がすごいと思ったがこれが現代か。情報量と的確な演出から見応えはあり面白い。
-
映画評論家
松崎健夫
本作のカメラは時に“眼”となって、人や柱が被写体を遮り、手持ち撮影に切り替わることで、視覚的な“不安”を無意識に訴求させている。一方、シネスコの画角は、長瀬智也をはじめとする背の高い役者を揃えたことに向いていないようにも思える。それゆえカメラは、少し煽り気味の画角で役者の全身を撮影しようとしている。そして、物事を訴える側を目高で撮影することで対比を生んでいる。過去作品でも胸のあたりの高さを“好み”としてきた藤澤順一の撮影が活かされた結果である。
-
-
メイズ・ランナー:最期の迷宮
-
翻訳家
篠儀直子
ゾンビ映画とかディザスター映画とか、たぶんコメディとミステリー以外全部のジャンルの要素が入っているのじゃないかという「全部載せ」的贅沢さでがんがん盛り上げ、シリーズを思い残すところなく完結させる。「迷路を走る」モチーフが、ちゃんと何度か出てくる律儀さもあり。各画面を彩るプロダクション・デザイン、特に都市部の美しさが何と言っても魅力だが、荒野で展開される冒頭の列車襲撃シーンも、どうやって撮ったのかと驚嘆させられるキャメラワークがあって見逃せない。
-
映画監督
内藤誠
ほぼ同時期に主演映画「アメリカン・アサシン」が日本でも公開されるディラン・オブライエンはメイズ・ランナー・シリーズの最終篇でも、誠実そうなマスクで、アクションに気合いが入っている。舞台はガラスと鋼鉄の世界「ラスト・シティ」で、造形がいい。そこに住むエリート階級は、人類を襲う病気からの感染を防ぐための人体実験を繰り返し、貧民を寄せ付けないための壁を造っている。なにやら人類の悪しき未来図として暗示的で、悪のキャラクターもやけに具体的で不気味だった。
-
ライター
平田裕介
第一作が“脱出”を描いた作品とすれば、この第三作は“侵入”を主眼に置いている。しかし、劇中でやたらと侵入不可能と謳われる都市“ラスト・シティ”とそのなかにある敵の本拠地に何度も出入りするのでしらける。巨大迷路からの脱出にあれだけ難儀し、それがウリでもあったわけだから、今回もそうすることで物語が盛り上がるはずなのだが。とりあえず派手なアクションが続くし、各キャラクターが抱える因縁なども収束させているので、なんだかんだで最後まで観てしまう。
-
-
ワンダー 君は太陽
-
批評家、映像作家
金子遊
実話ではないが、10歳のオギーは遺伝子疾患で、顔面に異常のある姿で生まれてきた。そのせいで人前に出ることを嫌い、自宅学習をしている。そんな彼が小学校に初登校すると、案の定みんなの好奇の的に。アメリカ社会は弱者に冷たいが、一方で本作の両親やオギーの友人たちのように力強くサポートしようとする公正な人間もいる。心を動かされる場面が数多くある作品だ。また家族が弟のケアで忙しく、「いい子」に育つしかなかった姉のエピソードも物語に深みを与えている。
-
映画評論家
きさらぎ尚
なんて素敵な家族だろう。自身の魅力で人の心をつかむ主人公は、まさに太陽。内心では構って欲しいのに、両親の負担を忖度して良い子にしている姉。自分の夢を封印しながら、不満がましい態度は見せない母(ロバーツ◎)。どんな時もユーモアを失わない父。難病の子供を抱えた家族は、実際こうはいくまい。でもこんな映画もあっていいのでは?と、素直に見ていられる。当の少年、家族、学校、級友、保護者のそれぞれを、感傷に引きずられず終始抑制的に描ききったのがその要因だ。
-
映画系文筆業
奈々村久生
特殊メイクとはいえそういう人にしか見えないジェイコブ・トレンブレイがまずすごい。誤解を恐れずに言えば一種の奇形だが完全に役と同化。その顔を初めて目にした三人の子供たちの反応も完璧だ。オギーが受け入れられていく様はE.T.がポップに見えるようになる感覚にも似ている。その上でこれは彼と彼を取り巻く全員の物語であり、学校や思春期、家族における人間関係の移ろいやすさや危うさを実に粋なやり方で細やかに描き出す。キャストは大人から子供までみんな素晴らしい。
-
-
終わった人
-
評論家
上野昻志
中田監督が、原作に惚れて映画化しただけに、全体に丁寧に作られてはいる。ただ、それでいながら、いまひとつ、こちらの心に響かないのは、なぜなのか? 団塊世代(主人公の意識はそう思わせる)への挽歌なら、こんなものかと思いつつも、それ以後の世代の退職風景としては、あまりにも型通りで面白みがない。これは、演出や俳優の演技にも関わることだと思うが、主人公夫婦の行状から、型を逸脱する身体性が感じられないのだ。もっとも、ラグビーの試合は、見て楽しかったが。
-
映画評論家
上島春彦
笑いとシリアスさが互いを邪魔しており評価できない。特に第二の人生、思いがけない社長業に挫折した主人公を取り巻く周囲の人たちの態度が悪過ぎる。借金を全部かぶってくれた社長を侮辱する若い社員二人、私の財産を勝手に処分したと言い放つ妻。この人達どうかしちゃったのではないか。原作がこうなのか、何か会社とか結婚とか分かっていない人が無理に作った設定だと思う。ソツコンという言葉の意味を普及させる目的があるみたいだが、これなら離婚してやって欲しいと思ったな。
-
映画評論家
吉田伊知郎
映画会社のカラーが失われて久しいが、〈定年は迎えたけれど〉とでも名付けたくなる秀作を東映で撮ってしまう日活出身の中田秀夫は、人物をどう配置して動かすか卓越した才を見せて瞠目させる。定年後の夫婦の危機を軸に舘が広末に翻弄されたり社長に祭り上げられたりと破天荒な展開を手際よく捌く職人的技倆を堪能。老いを演じるには身体能力が欠かせないことを体現して画面を躍動させた舘にとっては新たな代表作だろう。それにしても、こんな監督を松竹は放っておいていいのか。
-
-
オンネリとアンネリのおうち
-
批評家、映像作家
金子遊
最近、女の子に生まれたかったと思うことが多い。フィンランドの夏休み、親友同士のオンネリとアンネリは、白夜で長い長い一日を好きなものに囲まれて過ごす。かわいらしい夏のワンピースに帽子やリボン。未亡人の店で、ブタの貯金箱ひとつを買うのも冒険だ。おばあさんから提供される「おうち」は、北欧のおしゃれな家具や小物、お人形やおもちゃであふれている。たとえ家庭に複雑な事情があっても、女の子には身近な楽しみがたくさんあるよね。と、うらやましくなる一本でした。
-
映画評論家
きさらぎ尚
事情は違うが両親に十分にかまってもらえない二人の少女が自分たちだけの家を買い、暮らすという奇想天外なストーリーに相応しく、主人公のオンネリとアンネリを含め、登場人物のキャラクターがバラエティーに富んで面白い。これらのキャラがひと通り出揃うと話の行方は見えてしまうが、カラフルなヴィジュアルとマジカルな仕掛けで楽しませてくれる。中年の恋あり、(アイスクリーム屋の)親子関係の問題あり。少女の夢の世界に大人の事情もちりばめられ、家族で安心して見られる。
-
映画系文筆業
奈々村久生
児童文学の良質な映像化。現実と非現実の境目が曖昧で理屈にとらわれない子供独特の世界を、大人の文法に当てはめることなく描いている。名前も髪型もそっくりで、色違いや柄違いの双子コーデで共に行動する二人は、自分の存在を肯定するもう一人の自分の姿だ。リアリティとは別の方向性で作り込まれた植物やインテリアはハイクオリティなままごとアートで女の子の夢。もちろん男の子が憧れてもいい。子供たちがラップ調で歌うエンディングテーマもかっこいい。子供の頃に観たかった。
-
-
榎田貿易堂
-
評論家
上野昻志
店主の渋川清彦、バイトの人妻・伊藤沙莉、同じく森岡龍の三人に加え、クリーニング屋の女主人・余貴美子に、自称助監督で旅館手伝いの滝藤賢一が時折集って、何かについて話をする科白のやりとりには、かなり工夫が凝らされていて、クスリとさせられる。と同時に、その効果を狙っての間の取り方に、演出が感じられるのだが、それが、場所やシチュエーションを替えて繰り返されるうちに、作る側の、どう、この感じ悪くないでしょと見せつけられるようで鬱陶しくなる。
-
映画評論家
上島春彦
大通りの階段で有名な伊香保温泉の御当地ムーヴィー、地味な素材にしては滝藤に余と配役隅々までゴージャスで驚く。セックスしかしてない諏訪太朗も妙にいい。弱いキャストは従業員伊藤、と誰でも思うだろう。ところが彼女の珍宝館での力演がキー、というか「そういう映画なのね」とダメ押しする。つまりこの映画は脱力的なのではなく、真剣にユルいのだ。精神的に危ない状態の理髪店主片岡礼子との交情のせいで主人公が痛い目に遭う挿話も、悲劇と喜劇、一緒くたな感覚が絶妙なり。
-