映画専門家レビュー一覧
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榎田貿易堂
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映画評論家
吉田伊知郎
インディペンデント日本映画好きなら、おなじみの顔ぶれが揃って快演を見せてくれるだけに退屈しないはず。渋川が全て受け止め、滝藤や女優たちがテンションを上げて迫っても映画が崩れない。ただ、せっかく個性派を集めたにしては微温的すぎ、小劇場的な小ネタに終始した感がもったいない。監督の趣味としか思えない秘宝館で珍宝を使った手コキを伊藤沙莉にさせているシーンが異様に丹念に撮っていることもあって扇情的で良いが、こういうワケの分からない場面がもっと欲しくなる。
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それから(2017)
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ライター
石村加奈
漱石の前期三部作の主人公たち同様、ボンワンも実存的な不安を抱える男だ。彼の目には、浮気を疑う妻の(勘は見事に的中!)「ちゃんと私を見て」「私にウソはつかないで」と、切羽詰まったアクションが滑稽に映るようだが、神を信じるアルムには、妻からのメールを平気で不倫相手に読ませるなど、男の邪悪さがどぎつく見えている。衝撃的な対比である。ボンワンの夢うつつの生活は、娘の存在によって終止符が打たれたらしいが、ラストシーンの彼の顔に成熟の変化は読み取れなかった。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
国際舞台では賞讃の的のホン・サンスとキム・ミニだが、国内では盗人猛々しいと、その不倫愛は針の筵なのだと韓国の知人から聞いた。この醜聞も早く時間が過ぎて遠くから眺めたいと願うのは、無責任に過ぎるだろうか。TIFFで第1作「豚が井戸に落ちた日」を見たのがホンとの馴れ初めだが、当初は好きになれなかった。それがどうだ。今では嬉々として駆け寄る幼犬のようなファンだ。すべての傑作がそうであるように、本作も時間を置いて再見する日を早くも楽しみにしている。
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脚本家
北里宇一郎
この監督、実を言うと少し苦手。本人にとっては大事かもしれないけど、第三者から見たらど~でもいいことをぐだぐだ描く、そのスタイルに辟易して。だけどこの新作を観ると、そのぐだぐだぶりもどこか円熟の域に達した心地よさがあって。それはこちらが見慣れて、その感覚が肌に合ってきたのか。主要人物は4人。場面も数えるほど。ただそれだけで、男と女、その食い違いを軽やかに語り見せたこの脚本と演出。ここまでやればと感心した。だけど、男のキャラは好きになれないなあ。
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万引き家族
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評論家
上野昻志
男の子のあとを追う女の子の画など、子どもの撮り方に感心する。また、いつにもまして飄々としたリリー・フランキーの佇まいにも。だが、なによりも胸をうつのは、警察の取調室で、子どもを産んだら母親になるのですか、と問いかけた安藤サクラが、その問いの意味を理解できない婦人警官の常識を振りかざした反問を前にして見せる、所詮、通じないのだという絶望にも似た表情である。ついで、死体遺棄の罪を独りでかぶった彼女が、面会に来たリリーと子どもに見せる菩薩のような笑顔。
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映画評論家
上島春彦
隅々までネタバレ厳禁で余計なことは書けない。そもそもタイトルからして仕掛けてるわけだし。書けるのは、監督が原案と脚本と編集を兼ねていることからくる用意周到さと風通しの良さである。一人一人のキャラに施された繊細な設定が効いており、リリーが長いこと性的不能だったと分かる細部とか実に面白い。安藤サクラもヘンに色っぽかったりする。それに樹木の屈折した家庭環境にも凄みがある。ドップラー効果を駆使した細野晴臣の音楽も不安感とユーモアを同時に感じさせ秀逸だ。
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映画評論家
吉田伊知郎
大島渚「少年」の現代版だが、是枝作品の得意技が駆使された作りだけに家族の描写は当然際立つ。撮影に近藤龍人を招くことでマンネリを回避する戦略も成功している。女優陣が圧倒的で殊に安藤サクラが素晴らしい。だが、行方不明と報じられている幼女を平気で外に連れ出すなど、寓意性に依拠しすぎているのが引っかかる。リリー夫婦が保守的な発言や民族差別を決して口にしないところに作者の理想を見るが、電車に乗って海へ行く場面の如き幻想性が更に必要だったのではないか。
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羊と鋼の森
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評論家
上野昻志
ピアノの調律の仕方を具体的に見せたのはいい。ただ、最初に三浦友和が、学校のピアノを調律するときとか、山??賢人が、両親を亡くして引きこもっている男のピアノを調律するとき、ピアノに当たる光が暗すぎるのが気になる。画面効果を狙った照明だろうが、あんなに暗くては調律の手許が狂うのではないかと心配になる。物語のベースが、ピアノの調律に目覚めた少年の成長譚にあるのは承知しているが、森を写したショットといい、ムード優先の画調が、本筋とずれているのではないか。
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映画評論家
上島春彦
詩的なタイトルはピアノのことだが、森という言葉にさらに含蓄あり。その意味は映画を見て御確認下さい。新人調律師の物語で、主人公がこの仕事を志すきっかけになる体育館の場面の音響効果は良い。ただキャラの設定は甘い。先輩光石研がいつの間にかいい人になっちゃうのも妙だし、三浦友和が何故業界で評価されているのか説明がない。でもピアニスト姉妹の対照的な性格に知らず知らずのうちに振り回されるシチュエーションが良く、この部分をもっと押しても良かったのではないか。
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映画評論家
吉田伊知郎
ピアノ調律師の話で北国を舞台に季節をまたぎつつ音と自然が一体化して描かれるとなると、偏愛する佐々木昭一郎の「四季・ユートピアノ」が浮かんでしまう。調律師の耳に響く音の世界を圧倒的な映像詩で描いた前例と比較すれば、本作の主人公は音に鈍感で繊細さの欠片もない。調律に失敗する挿話も単発的で引きずることもなければ葛藤も生じさせない。主人公が先輩の言葉に一々メモを取り、同じ話を復唱させて書く憶えの悪さが象徴するように受け身だけの人物で魅力が薄い。
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家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。
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評論家
上野昻志
結局、と言ってしまうと、一言ですんじゃうんだけどね、榮倉奈々が、次々と趣向を凝らして死んだふりをするところが見所と。ほかに、何があったっけ? まあ、後輩の結婚生活の維持に、それなりの配慮をしているように見えた男の妻が、容易に解消できない鬱屈を抱えていたとか、榮倉奈々の父(螢雪次朗)が妻を亡くして落ち込んでいるときに、娘の、後につながるような振舞いに助けられたとか、それなりに話は盛り込んでいるけれど、何故か横に流れていって、深みに達しないのだ。
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映画評論家
上島春彦
無知な私は原作を知らなかったが、その方が楽しめる。初めは、正直これで二時間もつのか不安だったものの、挿入される色々な夫婦のエピソードが効果的、スムーズに進む。特に主人公の同僚夫婦のフラストレーション描写が(ありそうで)怖い。どっちも良い人なのにね。主人公がバツイチで互いの結婚の意思を数年ごとに契約更改みたいに確認する、というバカ正直さも可笑しい。もっともそれがストレスの原因だったりするわけだが。漱石と?外の文芸総覧ネタも深い。私もたまに読みます。
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映画評論家
吉田伊知郎
こんなものまでと呆れないのは、最低限のルールさえ守れば好きに話を作れる企画ゆえ。結局、絵解き以上のものはなく、各日ごとのオムニバス形式にしてオチにその日の死んだふりを見せるなり、作劇に工夫が欲しかった。最初は日本人ではないのかと思ったほど妻の言葉がたどたどしく、この行為の裏にあるものを創作すれば広がりが出ただろうが、思わせぶりなだけだった。昨年入籍した身としては、妻が毎日バカバカしいことのために無駄遣いしていたら確実に喧嘩していたと思う。
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Vision
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映画評論家
北川れい子
百々新の撮影による神秘的な山々の俯瞰映像は、狙いとしては“神の目線”なのだろうが、一方でその神の目線に便乗して、高みから一方的に万物の輪廻転生を説く河瀬監督の目線が感じられ、それがかなりうっとうしい。唐突に日常的な場所から離され、自然との共存や運命の巡り合わせを数百年単位で語られても、?みどころもなく、ましてや共感もできず。人物関係やエピソードがパズルめいているのも、分かる人さえ分かればいい的な作家の驕りが感じられる。あ、驕るのは自由でした。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
日本で最もやっかまれている映画監督河瀬直美監督の最新作は昨年「光」をカンヌ映画祭に出品した際に、ジュリエット・ビノシュやプロデューサーと出会い、そこから実現させた企画だという。仕事速っ!しかしこれは素晴しい。河瀬直美へのやっかみとは氏への国際的評価をどう受け取っていいのかわからない者(私もそうだ)の側にある俗っぽさと非俗っぽさの均衡の逸失に由来するが、こういう、エグザイルともコラボしてバリバリ映画をつくるところに来ればもはやそれは粉砕される。
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映画評論家
松崎健夫
河瀬直美の特殊な演出のもと、奈良の山奥にいてもジュリエット・ビノシュはジュリエット・ビノシュであるという女優の矜持。“トンネルを抜ける”描写を積み重ねることで、あちら側とこちら側という境界を印象付けながら、ドローン撮影による実景が、人の介入を拒み、人を寄せ付けない迷宮のように山嶺を感じさせる。炎につつまれる大樹の姿はアンドレイ・タルコフスキー作品を想起させるが、本作においても世界の救済と継承が描かれ、人間と自然、本来のあり方を再考させるのだ。
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30年後の同窓会
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批評家、映像作家
金子遊
アメリカの高校に通っていたとき、進学しないで軍隊に入る友人が多かった。軍は青春期に通過するもので、除隊後に真の人生がはじまる。本作にもあるように、ベトナム帰還兵の子の世代がイラクやアフガンの戦争に行ったのだろう。軍や大佐は「戦争の英雄」という虚飾を使うが、反戦か否かの前に軍隊生活が誰もの人生に深く刻まれている国の物語。デラウェアの基地からニューハンプシャーの自宅まで息子の遺体を運ぶ短い旅も絶妙。70年代のニューシネマの香りがする良作でした。
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映画評論家
きさらぎ尚
原作が「さらば冬のかもめ」の作者と知って興味が募り未読で見たが、ベトナム戦争からイラク戦争まで、3人の俳優の名演もあり、監督は今回も時を物語にするのがうまかった。「どの世代にもその世代の戦争がある」との名台詞もあり、二つの戦争の間に湾岸戦争が起ったことも忘れさせない。それだけに、遺体に軍服を着せ棺を国旗で覆う息子の葬儀に愛国心を謳う意図があると思いたくないが、今の政情を見るに不穏さがよぎる。L・ヘルムの哀切な歌声、B・ディランの歌詞が胸に刺さる。
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映画系文筆業
奈々村久生
中年、しかも男同士の友情ドラマということで、リンクレイター作品の中でも新鮮な題材。しかしプロの俳優が3週間のリハーサルをした上で撮影に臨んだというからリンクレイター節は健在だ。この手法はドキュメンタリーとフィクションの狭間を描く彼の専売特許といってもいい。「ディア・ハンター」のリンクレイターバージョン的な世界に枯れ目のスティーヴ・カレル、ベテランの風格の中に凶暴さを滲ませるフィッシュバーンらが映える。あと、バーという空間は横長の画面によく似合う。
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最初で最後のキス
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批評家、映像作家
金子遊
タイトルから想像した内容とはちがい、イタリア北部の田舎町を舞台にしたシリアスな高校生3人の物語。愕然としたのは、彼らが聞く音楽や夢中になるファッション、いじめの問題、ネット動画で仕返しをする方法に地域性がなく、他のどの先進国社会とも区別がつかないグローバルなものであることだ。若手俳優の熱演には好感をおぼえたけれど、主要人物の3人がそれぞれ同性愛、兄弟の死、性犯罪など大きなトラウマを抱えており、盛りこみすぎて物語が少しギクシャクしているのでは。
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