映画専門家レビュー一覧
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のみとり侍
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評論家
上野昻志
猫の蚤とり、その裏は、欲求不満の女人を身体で慰める稼業、というわりには、この侍、寺島しのぶ扮するお妾以外、ほとんど勤めを果たしていない。その分、女房の悋気に手を焼く豊悦が手練手管を見せはするものの、題目ほどではない。結局、斎藤工演じる寺子屋の先生が猫に?まれて死にかけるといった話で転がしていくのだが、エピソードの繋ぎがいまひとつなうえ、最後の降って湧いたような忠義話が示すように、この世界では、庶民はまったく無力で、侍がエラかったで目出度しとなるのだ。
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映画評論家
上島春彦
田沼意次と聞いて『天下御免』を思い出す人はもはや少数派であろうが、冒頭(平賀源内の)エレキテルにはもう飽きた、という台詞に笑った。分かってらっしゃる。また主人公が藩を追放された事情を本人より田沼の方が知っている、というのも効果的である。私は蚤とりって何のことか全く知らずに見て正解。奇想時代劇というジャンルの傑作と位置づけたい。うどんこ亭主というのも出現し、これまた抱腹絶倒。阿部が豊川のカラミを覗いて、大真面目にテクの勉学に励むシーンが最高だ。
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映画評論家
吉田伊知郎
東宝での鶴橋作品を観る度に伊丹十三が後期高齢者になって撮り続けていたらこんな企画を――と思わせたが、時代劇版「娼年」とも言うべき本作も然り。とはいえ、性的趣向が露骨に出た伊丹映画と違い、せっかくテレビでは出来ない企画というのに性描写は淡白。特徴的なまでに多用されるモノローグは一概に否定するものではないが、「俺も切羽詰まっている」「俺の人生感が変わる」と言っているだけで、画面では感情の動きが出てこない。終盤のトヨエツの扱いも台詞で説明するのみ。
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ピーターラビット
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批評家、映像作家
金子遊
90年代にトリン・T・ミンハは「実写と特殊効果が融合したハリウッド映画はアニメーションに近い」と喝破した。それから20年余。本作のウサギCGのフサフサ感やもふもふ感は、違和感なく実写部分と融合している。「実写ニメーション」とでも呼びたい細密さ。チャップリンとディズニーを足して2で割ったような、スラップスティック・コメディのネタが次々と惜しみなく投入され、大人しかいない午後の試写室は笑いに包まれた。子どもの付き添いの親たちも確実に楽しめる。
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映画評論家
きさらぎ尚
世界一有名な英国のウサギの、絵本の可愛いイラストからCGI映像への飛躍ぶりに、まず驚いた。バトル・アクションとラブ・ロマンスをミュージカル仕立てにしたとあって、アメリカ映画のお家芸へのアダプテーションには、さらに驚く。ウサギVS動物嫌いの潔癖症男。この男の、心優しきウサギの理解者へのロマンス。派手なドタバタ騒動を繰り広げ、それを丸く収める結末にサプライズはないが、周辺の動物キャラが面白い。ウサギ同士の感情伝達“おでこ合わせ”の意味を初めて知った。
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映画系文筆業
奈々村久生
原作者であるポターの描くハンドメイド感あふれるタッチの絵柄と、ちょっぴりマザー・グース的な皮肉の効いたレトロな世界観に馴染みがあったので、実写化にはかなり懐疑的だった。映像ならではの情報量と色彩の豊かさ、声の演出による違和感は今も拭えないが、ピーターのいたずらっ子な気質がやんちゃなお調子者っぽくデフォルメされ、絶妙にチャラい雰囲気がキャラクターデザインの目つきにも表れていたり、ご機嫌なエンタメになっていて笑える。これはこれで再解釈として面白い。
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ランペイジ 巨獣大乱闘
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翻訳家
篠儀直子
「ジオストーム」に続き、全然期待せずに観に行ったらバカみたいに面白いものが出てきましたの巻。動物が巨大化して暴れるだけのネタに、結構面白いストーリーがくっつけられ、飛行機脱出シーンで度肝を抜いたあと、後半はかなりレベルの高い怪獣映画に。終盤ロック様とともに戦うのが誰かは、たぶん観客全員の予想どおりだろうけど、やはり胸アツ。ユーモアがまぶされているのもいいところで、悪役姉弟のアホっぽい弟や、政府組織のカウボーイっぽいおっさんなど、脇のキャラも充実。
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映画監督
内藤誠
怪獣ものは超現実な想像力を刺激するから、「パシフィック・リム」など、見ていて楽しいのだが、これは現実に存在する生物が商業主義的な遺伝子実験の失敗によって巨大化するという展開。ゴリラ、オオカミ、ワニが巨大化するという選択は登場する瞬間が映像的に面白く、大都市シカゴが破壊されつくすところが見せ場。物語もシンプルで、タフなドウェイン・ジョンソンがユーモアと知性を具えて戦う姿には説得力があった。予算さえあれば、もっと多種類の生物の巨大化を見たかった。
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ライター
平田裕介
元特殊部隊員の霊長類学者という肩書のうえに、ゴリラと下ネタも飛び出す手話まで交わす。さすがにナシだと思ったが、スクリーン越しにD・ジョンソンから睨まれるとアリになる。つまらぬ観念を捨て、名手B・ペイトンのメリハリを利かせたタッチに乗れば、そのまま一気呵成に楽しめる。怪獣に挑むD・ジョンソンにヤワい武器を与えず、あの肉体に相応しいグレネードランチャーを持たせ、対戦車ヘリに乗せてチェーンガン、ロケット、ミサイルすべてをブッ放させるセンスも悪くない。
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蝶の眠り
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評論家
上野昻志
「子猫をお願い」のチョン・ジェウン監督だから、大いに期待したのだが……。全体にキレイすぎる。中山美穂演じる小説家が美しいのはよいとしても、話の展開も綺麗に流れすぎる。それに、あの豪邸。監督は建築ドキュメンタリーを撮っているくらいだから、ヒロインの住まいにはこだわったのだろうが、あれだけの家に住むのには、よほどの印税収入がないと難しいのではないか。そのわりに、彼女が忙しく執筆しているようには見えない、なんて考えるのは、しがない物書きの僻みか。
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映画評論家
上島春彦
ラストに表れる主人公の脂っけの抜けきった表情が抜群。冒頭の、成功した野心満々な小説家という風情が嫌な感じなので、これにはほっとする。そうか、演出だったんだね。昭和時代を舞台にしたらしい彼女の小説が実写化されて所々で出てくるのだが、この部分が撮影も物語もいい。水に溶けてしまう水彩画のイメージというのは主人公の病状のメタファーでもあろう。現在パートでは主人公の暮らす家のセンスが特筆すべき。建築家の自邸だそうだが、こんな家に住んでみたいものである。
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映画評論家
吉田伊知郎
あの瑞々しい「子猫にお願い」のチョン・ジェウンがこんな凡庸な難病映画を撮るようになったことに驚くが、だからと言って公式サイトのスタッフ欄には新垣隆ら日本人の詳細履歴は載せても、原案・脚本も兼ねる監督は名前すらないのは許せぬ。「生きる」がベースにあるが、愛犬行方不明事件の中山の狂いっぷりからして、むしろ「まあだだよ」が近い。アルツハイマーの進行以前に我が儘で不遜な言動の数々の中山にアゼンとするしかなく、出てくる日本人も韓国人もろくなもんじゃない。
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クジラの島の忘れもの
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映画評論家
北川れい子
日本とベトナムの国交樹立45周年記念映画というふれ込みに加え、沖縄県も製作支援をしている作品に、ダメ出しを言うのはいささか気が引けるが、こんなにスカスカの脚本と雑な演出のエーガもちょっと珍しい。場面はあってもドラマがなく、人物たちの情報はみな自己弁解の台詞だけ。阪神・淡路大震災(1995年)の喪失感から抜け出せないでいる大野いとが、沖縄の旅行会社で働くというのだが、出勤初日の場面から観る気をソーシツ、ベトナム青年の森崎ウィンも口先だけのキレイゴト。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
観ながら心のなかで劇中のベトナムの青年に一生懸命呼びかけた。いいんだ、全然彼女にかまわなくていい、そのことできみの有望な前途を狭め、スローダウンさせなくていい、そんなに全方位的にいいひとの佇まいをしなくてもいい、たまたまそれぞれの国の発展のタイミングによっていまはきみを指導する立場にある日本人社長の上から目線に対してもへりくだらなくていい、この映画自体が、自分たちは愛され尊ばれるのだという旧世代の日本人の夢、妄想みたいなものなのだから、と。
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映画評論家
松崎健夫
現代において“相手に触れることさえ躊躇う大人の純愛”をいかに成立させるのか? というのが本作の命題。ヴェトナム人研修生の祖国にある風習や、彼とヒロインが共に沖縄の地において異邦人であるという設定は、“純愛”を成立させるために機能している。さらに、2007年という過去を舞台にすることで、“神戸”というキーワードも活かされている。天災によって想い出の品などの形ある“生きた証し”が存在しない時、相手を忘れないことの大切さをこの映画は再考させるからだ。
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レザーフェイス 悪魔のいけにえ
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翻訳家
篠儀直子
スラッシャー映画の要素ももちろんあるけれど、半分以上は、心に病を抱えてなおかつ悲惨な環境で育った少年少女らが逃避行する話。それ自体は悪いことではなく、むしろ哀切なバイオレント・ロードムービーとして面白くなるポテンシャルがあったのだが、「ホラー映画らしく」しないといけないとでも思ったのか、序盤に見られた、明らかに視界をふさぐことだけを目的としたクロースアップや、やたらでかい音で驚かすなどの安直な演出が継続され、おかげで全体にたいへんチープな印象に。
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映画監督
内藤誠
トビー・フーパー最後のプロデュース作品で、カルト的な監督二人の演出。テキサスの話をブルガリアで撮影したというのだが、美術小道具がよく、74年の「悪魔のいけにえ」のレベルをきちんと保持した出来である。冒頭、子どもの誕生祝いで、ソーヤー・ハウスに集まる一家の無気味さだけでもうR指定の気分だ。とりわけストーリーを引っ張る母親リリ・テイラーの、自我をふくらませたまま現実社会とは絶対に妥協しないという面構えと演技は悪夢的。主人公たちがいる精神病院も怖い。
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ライター
平田裕介
名作や人気シリーズの前日譚やビハインド・ストーリーを作るとなると、当然“こんなことが!”というものを入れるものだし、こちらもそれを期待する。だが、悲劇めいたもの、メロドラマ的なエピソードは、一切の常識が通じない一家との遭遇を描く本シリーズには必要ない。レザーフェイスも若き頃は、普通の人間として生きたいと“狂気の血”の継承に抗っていたなんて気持ちがあったとは考えづらいし、考えたくはない。だが、被弾による顔面グッチャグッチャなどのゴア描写は◎。
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四月の永い夢
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評論家
上野昻志
冒頭の満開の櫻と菜の花のなかに黒いスーツ姿で立つ朝倉あき演じるヒロインのモノローグに共感できるかどうかが、この映画に対する評価を分けるだろう。うん、わかるよ、その気持ちと肯けば、以後の、知人・友人の働きかけに距離を取る彼女の態度を素直に受け入れられるだろうが、残念ながら、当方には、彼女の言葉以上の想いは届かなかった。だから、ところどころで、で、どうしたいの? といいたくなってしまう。まあ、教え子と銭湯に入っているところなんかは良かったが。
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映画評論家
上島春彦
クライマックスに使われる逆ズーム、カメラを引きつつクロースアップする技法、が効果的。このテクニックは最初の方でもわざとらしくなく用いられて、それとなくエンディングを予感させていた。染物職人の作業部屋や仕事の細部が人物のキャラクターを引き立てる役割を果たしているのも上手い。問題は、恋人に死なれた主人公が投げやりに生きているようにしか見えないところ。彼女の喪失感の真情はラストに語られるのだが、そこまでが長い。テレビじゃなくラジオ派というのはいいね。
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