映画専門家レビュー一覧

  • ワース 命の値段

    • 文筆家/俳優

      睡蓮みどり

      「感動の実話」は往々にして感動するよう仕向けられる。当初、特別管理人となったものの被害者たちの声を聞かなかった“嫌われ者”のファインバーグが徐々に耳を傾けるようになるものの「プロジェクト目標達成のために」というのが透けて見える。優秀なビジネスマンだということはよくよく伝わってくるものの、道徳的な尊厳の話をテーマにするには少し無理がある気がする。「国民にはこう言っておけばいいだろう」と言われているのと何が違うのだろうという気がしてしまうのだ。

    • 映画批評家、都立大助教

      須藤健太郎

      優れた小品だが、うかつに評価はできない。迷いの理由は、「アメリカ vs.合衆国」の構図にあって、本作がアメリカの勝利を謳うのでないからである。アメリカ映画であるためにはやはりウルフを主人公とする必要があった。これはむしろ合衆国の映画であり、アメリカが合衆国に収奪される点が厄介に映る。しかも、アメリカと合衆国の対立は「人間性」と「法(規則)」の葛藤として反復させられ、それに規則を遵守したレシピ通りの映画の格好が与えられる。この巧みさやいかに。

  • 劇場版 センキョナンデス

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      リベラル系言論人総崩れの中、プチ鹿島氏の文章は読むに値する情報量とギリギリの中立性とプロの書き手ならではのレトリックを有していることを評価する立場なのだが、この作品はダメだ。取材対象が二つの選挙にまたがっているので流れもわかりにくく、建前としての中立性(劇中で特定の候補者に「応援してます」などと言っている)も投げ打っていて、単純な撮れ高不足も露呈している。ダースレイダー氏とプチ鹿島氏のファンムービーという価値以上のものが見出せなかった。

    • 映画評論家

      北川れい子

      ラッパーのダースレイダーのことも、時事芸人・プチ鹿島のことも、当然、彼らのYouTube番組のことも全く知らず、このドキュメンタリーで初めて二人の活動を目にしたのだが、意外とソフトで、意外と礼儀正しく、意外と毒がなく、結構、意外ずくめだった。ただ二人の押しがソフトな分、彼らが取材する参院選候補者の素顔か建前がそれなり見えてきて、そういう意味では突っ込みは甘くても、取材の意義は大。にしても四国新聞の姿勢には?然、失笑。でも、やっぱりときには猛毒を。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      昨年6月まで政治系ネットメディアで働いていて政治家の会見や演説を撮影し質問し記事を書いた。そこでの体験に似ていた映画は、レア・セドゥが活発な人気ニュースキャスターを演じる「フランス」(監督ブリュノ・デュモン)だが、本作も私の体感と一致する。政治や大メディアが(プチ鹿島氏が発するような)単純で当然な問いに答えないこと、暗殺は忌むべきことだがそれとは別に安倍晋三が良い政治家でなかったこと、を思い出す。安倍元首相暗殺事件当時の貴重な記録でもある。

  • TOCKA[タスカー]

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      16ミリフィルムの粗い解像度で捉えられた根室や釧路や室蘭の寂寥感漂う広大な風景に、斎藤ネコの抑制が効いた劇伴が流れてくるそのセッティングだけで、映画としてのツカミはバッチリ。しかし、70年代ATG作品を思わせるような地べたを這いつくばって生きている3人のメインキャラクターの造形には、現代社会の生活者としてのアクチュアリティが希薄で、ひたすら沈痛なだけの絵空事を見せられているような気持ちに。そこに監督の狙いがあることは伝わってくるのだが。

    • 映画評論家

      北川れい子

      冬のオホーツク海岸のじっとりと重い灰色の冷気が、16ミリフィルムによる映像からダイレクトに伝わってくる。荒涼としたそんな風景の中を、生気のない中年男と投げやり気分の女、やけっぱちの若者が、付かず離れずに動き回っている。女と若者は中年男から俺を殺してくれと頼まれているのだが、見ず知らずの他人をいくら頼まれたからといって、そう簡単に殺せるはずもない。海中に車が突っ込んでの本能的リアクションを含め、無様なりに奇妙な解放感があり、俳優たちの演技も見事。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      インディーズ映画の豊かさ、良さに、観ているとこちらにアルファ波をドバドバ出させるロケーションのパワーがある。予算が潤沢な映画にはそれができない。金があることの傲慢さが風景と世界に対する謙虚さや畏怖を壊しているから景色が沁みないのだ。本作の景色は大きく、美しく、禍々しく、登場人物を正しく苛む。これは瀬々敬久監督に代表されるようなピンク映画の美質でもあった。その継承、発展が嬉しい。罪の手触り、金子清文の死と、菜葉菜と佐野弘樹の交わりに撃たれた。

  • 「生きる」大川小学校 津波裁判を闘った人たち

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      辛すぎる。観ている僕でさえ辛いのだから、子供を失った親たちの辛さはいかばかりか。だから目を逸らしてはいけないと思う。なぜ誰も責任を取らないんだ、ちゃんと検証して次に繋げればいいだけじゃないか。しかしそれが出来ないのがこの国だ。戦争責任と同じだ。醜い。本当に醜い。違う辛さが襲ってくる。この国で生きていかねばならない辛さ。何もしないのは現状に加担すること。すべての人に観てほしい。しかし覚悟がいる。問われているのは我々自身なのだから。自己批判を込めて。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      校庭に待機させられて退避の機会を逃し津波にのまれた児童の遺族が市と県を提訴した裁判を追うドキュメンタリー。裁判記録だけでなく、行政の不作為や隠蔽体質と闘った人々の行動の記録を映像の形で残す意義を痛感した。市や学校による説明会、文科省主導の事故検証委でのやり取りは見るだけでも辛いが、忍耐強く凝視し、裁判になってからの立証のための努力やバッシングもありのままにとらえる。国家賠償訴訟に勝った原告遺族の胸中の複雑さに寺田和弘監督は焦点を置く。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      保護者説明会や第三者検証委員会が回を重ねるにつれ、責任の所在が曖昧になり、天災が人災に転じる皮肉な過程が、淡々かつ克明に映される。仙台高裁判決文の“組織的”過失なる表現が、遺族の方々を裁判に訴えるしかない苦渋の選択に駆り立てた、同調圧力に弱い日本の国民性の本質をも言い当てる。闘病中ながらも自ら検証資料となるべく山を駆ける亡き児童の父君ほか、原告団の懸命な尽力を通し、故人の無念が今後の災害対策の中で実を結ぶ瞬間に立ち会える、涙なしには観られぬ労作。

  • シャイロックの子供たち

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      大前提として池井戸潤の経済小説は概ねよくできているので、誰が脚色しても、誰が演出しても、誰が演じていても、それが初めて(同原作のドラマなどを過去に見てなければ)ならばそこそこ楽しめるのだが、本作は演出に問題あり。パズルのように入り組んだ物語をトレースしていくのに精一杯で、屋外シーンも屋内シーンもロケーションは貧相、シーンの無造作な繋ぎも目立ち、役者の新しい魅力を引き出すこともなく、逆に名の通った役者たちの手癖的演技になんとか助けられている。

    • 映画評論家

      北川れい子

      ご丁寧に冒頭の舞台劇で、守銭奴シャイロックが完敗する『ヴェニスの商人』の法廷場面を再現してスタートする。そうか、タイトルに呼応する情報として、この舞台劇を入れたって訳か。池井戸潤のこの原作はドラマ化もされているそうだが、大手銀行の支店を舞台にした金を巡る大小の不祥事は、緊張感を誘うほどインパクトはない。それでも楽しめたのは、いつもニコニコしているお客様担当の阿倍サダヲが、必ず何か仕掛けるはずだと予想できたから。そして本木監督は期待を裏切らない。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      阿部サダヲと柄本明の絡む場面に声をあげて笑う。達者な役者の応酬は飽きない。本作原作は未読だが過去にたまたま原作読み&映画鑑賞した幾つかの池井戸潤ワールドと共通の主題を認め、それが良いと思う。それは歴史家ティモシー・スナイダーがリーフレット『暴政』で説く、忖度するな、属する組織に誠実であれ、倫理を忘れるな、自ら調べよ、ちょっとした会話を怠るな、等に重なる。これが社会の悪化に抗する方法だが、これを踏まえつつ、悪と堕落への誘惑も残す語りが面白い。

  • ベネデッタ

    • 映画評論家

      上島春彦

      修道院での同性愛というと、つい土居通芳監督の清々しい傑作「汚れた肉体聖女」を思い出してしまうが、これは予算が百倍くらい違う、ドロドロのスペクタクル巨篇。権威(暴力)とフラジャイルなエロスが対立せず、一人の聖女の身体に組み込まれている複合感覚はまさしく「ロボコップ」から連なる監督独自の物で、その分、冗談か本気か分からないところもある。つまり聖痕が偽物であることでかえって輝きを増すみたいな印象を、偽善とも偽悪とも判定せず放り出してるのが妙に面白いのだ。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      神秘体験が身に起こっていく主人公のベネデッタという女性が、嘘をついて権威的な立場へ昇りつめようとする策略者なのか、あるいはイエスへの愛を従順に誓う信仰者なのか、観者によってまったく異なる人物像がそこに浮かび上がってくるような巧妙に曖昧にされた描き方が本作の肝要か。シャーロット・ランプリングがいい味を出しているが、ヴァーホーヴェンは過去作「エル ELLE」で一風変わった性暴力被害者を演じたイザべル・ユペールといい、上の世代の女性俳優を魅力的に撮る。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      ドライヤーにしろブレッソンにしろデュモンにしろ、古今東西の巨匠であれば一度は挑戦しなければならない頂と言ってもいい聖女伝説に、強い女性の演出に定評があるヴァーホーヴェンが挑戦ということで、どんな演出が炸裂するのか楽しみに鑑賞していたが、暴力演出ではあいかわらずの才気を発揮するものの、本作の肝であるセクシャルな演出においては全盛期の「氷の微笑」はもちろん、「インビジブル」にも遠く及ばない出来で、どうにも不完全燃焼感が残った。巧いは巧いのだが。

  • ボーンズ アンド オール

    • 映画評論家

      上島春彦

      タイトルの意味が「骨ごと全部」だというのがじわじわ分かってくるのが怖い。演歌〈骨まで愛して〉を知ってる人ならこの感覚にもついていけるであろう。♪生きてる限りはどこまでも。でもって『ポーの一族』みたいな映画かと思ったら全然違う。「地獄の逃避行」から連なるアベックキラー・ロード・ムーヴィーであり「ヒッチ・ハイカー」みたいな荒野恐怖も生々しい。恐怖とはいえノスタルジック、そこが80年代(が舞台の)映画なのだ。老いたジェシカ・ハーパーは「いるだけで」怖いよ。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      ラストシーンにすべてが賭けられた映画。甘酸っぱい青春ムービーをやりたいのか、カニバリズムのホラームービーをやりたいのか、どちらにも振り切らず中間地点で彷徨っているともとれるが、ルカ・グァダニーノの非の打ち所がない独創的な映像美で綴られる青春映画に、後者の狂気が時折凶暴なまでに牙を剥く様をみればいいのかもしれない。グァダニーノの過去作「君の名前で僕を呼んで」のホモエロティックなムードをそのまま援用したようなティモシー・シャラメの人喰い描写が白眉。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      とにかく出演者全員の顔がいい。そしてカメラマンのアルセニ・カチャトゥランによるショットの切れ味が抜群で、映っているモメンタムのみずみずしさはガス・ヴァン・サントも顔負けだ。それだけでもいつまでもこの映画と同じ時間を過ごしていたくなるが、そこに差し込まれるトレント・レズナーの動く低音ノイズの破壊力たるや。カニバリズムを描いた本作が80年代を舞台にしているのは、同じころ世界的にはびこりはじめ、今やわれわれに共食いをうながすあのシステムを意識してか。

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