映画専門家レビュー一覧
-
君に幸あれよ
-
日本経済新聞編集委員
古賀重樹
映像で語る力がある新人監督だと思った。弟分を亡くしたことが心の傷となっているチンピラが、どこか不思議な新しい弟分に少しずつ癒されていく。ところが……。そんないかにもありきたりな筋なのだけど、主人公の感情の振幅を具体的な身振りと風景によって的確にとらえている。抑え込んでいた激情のほとばしりも、忘れていた心の穏やかさを取り戻す瞬間も逃さない。新しい命に一縷の希望を見出すというステレオタイプの物語も許そうと思えるくらいの幸福感がある。
-
映画評論家
服部香穂里
制作本数だけは膨大な業界で闇雲に出演を重ねても、俳優が代表作にめぐり逢うのは至難の業だろうが、三十路を目前に岐路に立つひとりの映画への情熱と執着が、ふたりの役者仲間にも飛び火して、三者にとっての重要作に結実した幸福な作品であるとは思う。ただ、ひとの生死にも関わる因果応報的な悲劇を、かなり強引にファンタジーへと落とし込んだことで、色々と未解決・不確定な要素が棚上げされたまま宙に舞うも、それを無視して唐突な大団円に突き進むのには、違和感を覚える。
-
-
茶飲友達
-
脚本家、映画監督
井上淳一
今年は高齢者の性愛をやろうと思っていたら、こんな映画が出てきてしまった。芝居もでき絡みもやれる高齢の俳優をこれだけ集めるのは大変だったと思う。高齢者による高齢者への売春という目の付けどころもいい。ただどこかスケッチの感が拭えない。高齢者の孤独も若者の空虚も点描としては丁寧に描かれるが、それがドラマになる前に事件が起こり、人間は所詮身勝手という世界観に回収され、問題提起しか残らない。傑作になり得ただけに残念。ずっと気になっていた岡本玲、ついに開花。
-
日本経済新聞編集委員
古賀重樹
高齢者向けの売春クラブを若者たちによるコミュニティビジネスとして描くという大胆な発想に一本取られた。寄る辺ない高齢者たちの孤独も、斡旋する若者たちの閉塞感も実に生々しいのだ。女性起業家役の岡本玲が母親とのねじれた関係まで見事に演じている。老齢のコールガールたち、客たち一人ひとりの造型にも意を尽くしている。どちらの世代もステレオタイプの描写から逃れているから、芝居もスリリングだ。今の日本社会を如実に映し、結末の苦さが希望にも連なる。
-
映画評論家
服部香穂里
老いらくの生と性に肩入れする一方、何かと訳あり風の若者連中のチームにまつわる描写が希薄なため、手のひら返しのごとき仕打ちに遭い、夢見た“家族”が幻想にすぎず、呆気なく崩壊してしまう絶望感に、いまひとつ切実さが乏しい。厳格で威圧的だった母親との確執などを通し、人道的には正しくても必ずしも正義とは限らないと疑問を呈してきたはずなのに、最後に取り調べを担当する婦警の説教まがいの正論が妙に説得力があるのも、作品としてはマイナスに働き、蛇足に思えた。
-
-
彼岸のふたり
-
脚本家、映画監督
井上淳一
児童虐待が本当に赦せない。それを描いた映画も極力観たくないし、その重さを凌駕するだけの覚悟を持った映画もあまり観たことがない。だから本作には驚いた。虐待母と娘と対を成す、地下アイドル娘とシングルマザー。娘もまた未婚の母の道を選ぶ。この置き方には唸った。これによって、家族という枠など最初から必要ない、それでも残る親子という厄介さにどう向き合うかというテーマが明快に浮かび上がる。この脚本家と監督に早く仕事を頼んだ方がいい。あっという間に売れるはず。
-
日本経済新聞編集委員
古賀重樹
この新人監督も非凡な演出力がある。虐待のトラウマをもつ主人公が押し殺している心の声を、幻覚としてつきまとう男に託す。いかれた母親への抑えられない思慕がその声を制する。そんな複雑な心理劇を3人の俳優の演技で見せ切ってしまう。画面も力強い。傷ついた女児が空のバスタブで怯えながら、母親のために誕生日の歌をうたう強烈なショットから始まって、ずっと目が離せない。脇筋の地下アイドルの話がいまひとつ本筋と?み合っておらず、図式的なのが残念。
-
映画評論家
服部香穂里
永田洋子役での怪演が未だ鮮烈な並木愛枝が、“毒親”以前の人間像に肉迫し、親子間の悶着とは、報道されるものは氷山の一角で、誰もが当事者になり得ると痛感させられる。娘の側も、そんな身勝手な母親を信じたい幼さと、おっさん姿だが分身のようでもある幻影が示唆する成熟が混在し、切っても切れない肉親の愛憎のせめぎ合いの行方に真実味をもたらす。二代にわたりシングルマザーの道を選ぶ地下アイドルとの絡みが、楽曲を売り出す以上の意味を成さぬように見えるのが難か。
-
-
すべてうまくいきますように
-
米文学・文化研究
冨塚亮平
各人物の死生観をめぐる背景をさりげなく提示しつつ、当人の葛藤よりも周囲が死をどう受け入れるかに焦点を当てることで、看取りをめぐる通念に揺さぶりをかけながらサスペンスフルなドラマへと落とし込む匙加減が絶妙。安楽死という主題が孕む深刻さ以上に軽やかな笑いを随所で強調しながら、頑固で旧時代的だが憎めない人たらしのダメ男という役柄にこれ以上ない説得力をもたらすアンドレ・デュソリエの演技に惹きこまれるなかで、ゴダールの最期もこんな風だったのかもと想像。
-
日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
尊厳死というセンシティブでセンセーショナルなテーマを扱いながら、非常に穏やかで晴れやかな作品。父親の隠された過去や、父との確執の真実などなど、父親の死を目前にして明るみになる、さまざまな出来事などをいくらでも盛り込めそうなところ、秘密など何もないかのように、死を望む父とそれを受け入れるしかない娘の姿を、ときおりユーモアも交えながら淡々と映していく。穏やかすぎて逆にあやしいハンナ・シグラが、本作唯一サスペンスを身に纏っていて印象的。
-
文筆業
八幡橙
愛する男の墓で踊る10代の少年を描いた前作から、自ら墓に入らんとする父に翻弄される50代の娘の今作へ。オゾンとマルソー、同世代の二人も今まさに置かれているであろう、家族の老いや、そこに重なる自らの老いと先行きへの不安が去来する日々。過去と未来、そして今が一気にのしかかる年頃のやるせなさが、安楽死を超えて普遍的に迫りくる。父が齧ったサンドイッチを捨て切れぬ主人公の心の揺らぎや、彼女の、そしてランプリング演じる母の、皺に刻まれた憂愁の目顔が沁みた。
-
-
生きててごめんなさい
-
映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
出版社勤務経験のある立場からすると、飲みの席とかならまだしも日中のオフィスで同僚から「書いてるんですよね? 小説」と言われるような職場は「こんな出版社は嫌だ」の筆頭だ。そうしたもろもろ雑な出版業界などの背景描写(ペット産業をめぐる社会的視線の欠如も気になった)の一方、小説家になる夢を捨てきれない主人公と、極端に自己評価が低い恋人の人物描写に関しては妙にリアル。主人公の部屋のシーンではほぼすっぴんで通していることも含め、穂志もえかが滅法いい。
-
映画評論家
北川れい子
負け犬ふうなタイトルはどうかと思うが、実にユニークで説得力のあるラブストーリーで、冒頭の居酒屋シーンからこちらの首根っこをガッシリ。他人や社会と上手く付き合えないというキャラクターは映画の定番で、この作品の莉奈もそういう手のかかるキャラなのだが、自分を誤魔化せない莉奈の危うさが、逆に現代人や社会のカラクリを炙り出し、このあたりも小気味いい。莉奈役の穂志もえかと、莉奈をペット扱いしている主役の黒羽麻璃央の、アップを含めた演技にも拍手したい。
-
映画文筆系フリーライター。退役映写技師
千浦僚
テン年代前半、多数のBABEL LABEL作品を観たが私は結構彼らが好きだった。映画史を参照せず、彼らヤングたちが心地よく感じるツルッとした画面で攻めてくるため、シネフィルにスルーされ、批評の援護ゼロだった彼ら。だがその感覚や主題は真摯で良かった。それは藤井道人氏の水面下の部分、予備軍、同じ可能性を持つ作り手らの気配であり、また本作「生きごめ」もそれだ。本作は近代日本を貫く青年の文学への夢(迷妄)や男女関係の腐りをオリジナルに見出し現代性で切開する。良い。
-
-
スクロール
-
映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
ティーンが主人公ならまだしも、表面的には社会に順応している20代の漠然とした「死にたい願望」ほど、それ以外の世代の観客にとってどうでもいいものはない。独りよがりなモノローグから始まる本作は、一度も地に足を着けることなくそのままふわふわとエンドロールまで通り過ぎていく。こんな安っぽいナルシシズムに塗れた話が、監督のオリジナル脚本ではなく原作ものであることにも驚く。作中人物が描いたとされるジャクソン・ポロックそのままの絵は何かの冗談なのだろうか?
-
映画評論家
北川れい子
歩いている男の背中に、死にたい、この絶望が続くならこの世を去ろうと男は心に決めた、という声が被さる。誰の声? 思わせぶりな出だしにゲンナリする。かと思えば職場の上司に理不尽なことを言われ、死にたいと呟く男子が登場、さらにその理不尽上司に、マジ死んで欲しいと叫んで仕事を辞める女子がいたり。おいおい、いくら現代が生きづらいからといって、こう簡単に死を口にするなよ。中盤からは男女の群像劇に移行するが、それもシニカル気どりのポーズ先行、もう手に負えん。
-
映画文筆系フリーライター。退役映写技師
千浦僚
画面もきれいだし題材も面白いし、まあ普通と思ってもよかったが、世代の違いか、本作の作り手がするっと語ることのなかにいくつも引っかかりを感じてそこが非常につらい。死ぬ死ぬ死ねの連発だがあのパワハラ上司の描写だけだと話が小さい。そのくせ同窓生の過労鬱自殺逸話は薄めてくる。本作に限らぬ新しめの映画の多くがそうだが男女関係ですぐ「無理」とか言う。自分が社会に対して何をするかが大事とか。こういう、人間を矮小化するもの、殺しにかかってくるものは認めない。
-
-
バイオレント・ナイト
-
映画評論家
上島春彦
本作の発想が「ホーム・アローン」と「ダイ・ハード」なのは言及があり容易に分かるが、そこにジェームズ・バリー原作「ピーター・パン」(監督ハーバート・ブレノン)が加味されているのがニクい。ダーク・ファンタジー風味で、世にいわゆるバッド・サンタ映画は数あるが、ここまで容赦ないのは珍しい。それが質の悪いジョークでなしに良心のスジの通っているところを評価したい。これを見て「サンタさんてホントにいるんだ」と悪者連中が思ってくれたらこんな嬉しいことはない。
-
映画執筆家
児玉美月
クリスマスの雰囲気を醸す美術の作り込みの美しさを十分堪能させてから一変して、それらの装飾品が質の高いアクションとともに凶暴な武器と化すさまが視覚的に楽しい。「ゴーストバスターズ」(16)では、かつて女性俳優ばかりが担わされていた「セクシーなだけで無能」なポジションをクリス・ヘムズワースが務めていたが、本作のキャム・ギガンデット演じる男性キャラクターもそれと同枠であり、かつ守られる女性が一人も出てこないという点で、従来の性役割が反転されている。
-
映画監督
宮崎大祐
「バッドサンタ」や「ダイ・ハード」など本作がオマージュを捧げたであろう名作クリスマス映画の面白味をほんの少しでも咀嚼出来ていたならば本作も悪くはない映画になっていたであろう。だが結果として出来上がってきたのは、どうやって金を稼いだのかもよくわからない金持ち一家のために理由もなく暴力をふるうまったく魅力的でない怪力サンタクロースである。セットアップすらまともにない脚本と学芸会レベルの猿芝居にはサンタさんを信じている世代でもついていけないのではないか。
-