映画専門家レビュー一覧
-
バビロン(2022)
-
映画監督
宮崎大祐
いやはや実におぞましいものを見たというのが率直な感想だ。くすりとも笑えないユーモア、とめどなく滑りつづける3時間。タイトルが出てくるまで象のクソのように浴びせかけられる優等生による想定内の「やさしい」享楽や狂気には思わずギブアップしたくなる。そこにはなんびとの人生も映っていない。製作者の適度な映画愛と行儀の良い配慮以外は。映画自体がタイトル通りに空虚なバビロンと化しているというアイロニーは買うが、残念ながら映画史は本作に固く門を閉ざすだろう。
-
-
バンバン!
-
映画監督/脚本家
いまおかしんじ
宝石泥棒の男が無敵すぎて最高。男もそうだが敵もなかなか死なない。どこまでも追ってくる。彼らの周りのものがバンバン壊れる。爽快。絶対アクションで楽しませてやろうという意地を感じる。ヒロインの女の人はすごい美女。出会い系のことをイジられてキレるのが可笑しい。薬を打たれて本音がダダ漏れになってしまう彼女が本当にキュート。二人の踊りがセクシー&エロい。そんなアホな!という展開が次々続いて、もう何でも来い!という気持ちになる。時間を忘れて楽しめる。
-
文筆家/俳優
睡蓮みどり
文句を言わせないほどこれでもかと畳み掛けてくるのはさすがボリウッド流。水上からサーキットカーを使った派手なアクションまで、とにかくてんこ盛り。もう食べきれないほどに料理が出てくる感じ。ヒロインの願望通りに世界中を旅するロードムービーとして捉えれば楽しい気もする。しかし日本版の謳い文句が「インド究極の美男美女! ド派手な怪盗&地味めOLが世界を救う?」はちょっと古めかしい気がするが、ボリウッドの世界観にマッチしているといえばしているのか。
-
映画批評家、都立大助教
須藤健太郎
「ナイト&デイ」(10)のリメイクで、14年の製作。いつもリメイクする側のハリウッドをリメイクされる側にしたというだけで痛快であり、キャメロン・ディアスとトム・クルーズの主演でなければ成立しようのない企画に挑戦した点でも脱帽もの。マンゴールド版があくまでコメディを主軸にアクションシーンを配したのと異なり、本作ではコメディ(作劇)はほぼ用なしとされ、スペクタクル(アクション+ミュージカル)を披露するための状況だけが必要とされる。インド映画の面白さ。
-
-
BLOWBACK
-
映画監督/脚本家
いまおかしんじ
導入は見事。男がパンクした車を運転している。血を流し息も絶え絶え。何があった?いろいろ想像させる。娘は難病。治療に金がいる。で銀行強盗って流れになる。その中で男のこれまでの生き方が見えてくる。そうそううまく行くわけもない。裏切りにあって殺されかける。誰が裏切ったのか?男は一人ずつ追い詰めていく。途中合流する相棒が変なキャラで面白い。「こいつは俺がやりましょうか」って嬉々として拷問を始める。敵のやつらが割とあっさりやられちゃうのが物足りない。
-
文筆家/俳優
睡蓮みどり
全篇において想像以上に派手さがなく、抑えめなトーンが続く。愛する難病の娘を助けたいという動機から銀行強盗する主人公ニックに待ち構えている裏切り、と物語はあくまでシンプルであり、撮影も音楽もこのタイプの映画のフォーマットに則って着実に作られたという感じがした。私がアクションに疎いせいからかもしれないが、これといって印象に残るシーンがなかったのが残念。元UFC世界王者のランディ・クートゥアが自撮りした本作宣伝動画が嬉しそうで愛嬌があり憎めない。
-
映画批評家、都立大助教
須藤健太郎
この映画のどこに惹かれるか。身も蓋もない言い方をすると、単に教訓を垂れないからだと思う。多くのアクション映画がどこかで説教垂れがちで、その結果か、活劇の魅力がないがしろにされている。犯罪者は犯罪に手を染め、警察は犯人を追う。裏切り者は裏切り、悪人は悪事を犯し、殺し屋は殺す。マフィアのボスの用心棒は長身である。主人公には元恋人と闇医者の友達がいる。もったいぶった見せ場もドラマもいらない。付加価値のない同語反復。たかが映画、されど映画の心意気。
-
-
対峙
-
映画評論家
上島春彦
原題「マス」がカトリックのミサのことだとこの作品で初めて知った。終わり方の意味がそれで分かる。壁にかかっている絵がシスティーナ礼拝堂天井画の〈デルフォイの巫女〉だというのも悪くない趣向。とはいえトリッキーな仕掛けはない。予備知識なしで見るほうがいい。後半佳境に入ると突然シネスコになるのは、本来なら画面が横に広がってこそなのだろうがメディアの限界で惜しい。ジョン・カサヴェテスが「アメリカの影」で試みた演技セッション映画の現在進行形と言える傑作。
-
映画執筆家
児玉美月
教会の小さな部屋に集まった銃乱射事件の犯人の少年の両親と、彼に殺害された少年の両親。彼らが「対峙」すると、ほぼワンシチュエーションの会話劇が展開されてゆくが、意匠の凝らされた編集とカメラワークで緊張感は決して途切れない。切り返しの単独ショットが続いてゆく末に、同一フレームのなか妻同士が抱きしめ合う終盤に唸る。サスペンスフルな演出に着地をどう迎えるのが最後の最後までわからなかったが、難しいテーマでありながら正攻法で赦しと癒やしの物語に挑んでいる。
-
映画監督
宮崎大祐
重大事件を起こした少年の家族と遺族が教会の一室で語らう。「ブレックファスト・クラブ」の暗黒面とでも言うべきか。ワンシチュエーションの設定ながらもシナリオは良く練られており、俳優の熱演も響く。とくに前半の探り合いの会話が核心の事件に至るまでの細やかな演出と展開は実に繊細でスリリングであった。となると、今さらやり直しがきかない過去の出来事に関して嘆くのは「無意味」であるという「論理」を覆す決定的な何かを期待しながら見てしまうわけだが、そこはあと一歩か。
-
-
崖上のスパイ
-
映画監督/脚本家
いまおかしんじ
スパイの女の子がかわいすぎる。手とか小さくて子供のようだ。こんなスパイいる??彼女は暗号担当。チームの頭脳。ちゃんと設定があって納得する。列車の中で男の首を締めるとき、クルクル宙を回って相手をやっつける。重苦しい題材の中にちゃんとエンタメアクションがある。敵方のおっさんは冴えないオヤジなのにやたら機転が利く。ひたひたとスパイたちを追い込んでいく。騙し騙されの応酬。嘘がいつバレるかのドキドキがずっと続く。何発撃たれても死なないのはご愛嬌。
-
文筆家/俳優
睡蓮みどり
生々しい拷問シーンが多くついつい薄目がちになってしまう。革命には血が流れる。大勢の人が死ぬ。星取りでも繰り返し言ってきたことだが、それを新作として作られることに対して、手放しに賛美することはできない。中国映画第6世代の映画作家ロウ・イエと第5世代の本作監督チャン・イーモウの作品をほぼ同じタイミングで観ることで考えさせられることは多い。完成度の高い映画ではあるものの疑問も残る。中国という国が何を見せたいのかは「崖上のスパイ」からよく伝わってくる。
-
映画批評家、都立大助教
須藤健太郎
緊張感に欠けるサスペンスの演出においては拙いスパイ映画であり、覇気のないアクションにおいては活劇のなり損ないであり、主題の政治性を骨抜きにしている点ではシリアスな映画としても通じない。おそらく多くの観客がこの映画を目にして落胆することだろう。しかし、これは「失敗作」ではないのだ。失敗は傑作を目指すという野心があってはじめて成り立つものだが、この映画にはそもそも野心が欠けているからである。野心のなさはときに美徳というけれど、それはまた別の話。
-
-
コンパートメントNo.6
-
映画監督/脚本家
いまおかしんじ
主人公の女の人が全然楽しそうじゃないのがいい。寝台列車の同室になったスキンヘッドの若い男。挙動不審で酔っ払って卑猥な言葉を投げかける。最悪だ。男は物陰から飛び出して女の人をびっくりさせたりと、全然空気が読めないやつ。女の人が少しずつ男に心を開いていくのが可愛い。騙されたりうまくいかなかったりで最低の旅が、男の不器用な努力によって徐々に変わっていく。女の人がこっそり男の寝顔をノートに描いていて、それを渡すくだりが本当に可愛くて好き。
-
文筆家/俳優
睡蓮みどり
完全に心を?まれた。気が付いたら目が熱くなり涙がボロボロ溢れ出ていた。ラウラが続ける、不快で不穏で孤独な旅が、まさかこんな結末を迎えるとは。この旅にはまるで終わりがないかのようで、始終死の匂いが漂っているように感じられた。ふたりが死に場所を探して彷徨っているようにさえ感じられた。感情のちょっとした動きが表情や会話の中から色濃く鮮やかに伝わってくる。二人の間に芽生えたかすかな感情はとても温かく、冷たい氷を溶かしてゆく。いい意味で裏切られた。
-
映画批評家、都立大助教
須藤健太郎
受け入れられることが前提になっているから、知識人層のひとりよがりなファンタジーの域を出ないように思う。フィンランドからモスクワに留学しているラウラは大学教授のイリーナと付き合っている。だが、インテリに対して憧れる彼女が長距離列車のコンパートメントで同室になったのは炭鉱夫リョーハ。ウォッカに煙草、そしてセクハラ。はじめは粗野な彼に嫌悪感を覚えるも……、という物語。あとは予想通りの展開である。映画はストーリーではないというけれど、それはまた別の話。
-
-
小さき麦の花
-
映画監督/脚本家
いまおかしんじ
周囲からバカにされている貧しい農民の男と小便を漏らしてばかりいる変な女が結婚する。とにかく不器用な二人。人間と向き合うと極度に緊張した顔になる。ロバといるときとかツバメの巣を見ているときはいい顔になる。夜。土砂降りの雨。粘土のレンガが濡れないように二人でビニールをかける。強い風。なかなかうまくいかない。びしょ濡れで転げまわる二人。ヤケっぱちの泣き笑い。初めて女は笑顔を見せる。二人で川の中に入り女の背中を掻いてやるシーンが妙にセクシーだった。
-
文筆家/俳優
睡蓮みどり
ささやかな生活のなかから他者を思いやる気持ちがじんわりと温かな熱をもって伝わってくる。突然決められた結婚、突如奪われた家、ある日いなくなってしまう妻――とても静かで穏やかな時間のなかで唐突に目まぐるしい変化がやってくる。それでも確実に変わらないものがあるということは、せっかく作った日干しレンガが嵐によって壊されても笑っていられるふたりのあのシーンに象徴されるだろう。新世代のリー・ルイジュンが本作を撮ったということに中国映画界の希望を感じる。
-
映画批評家、都立大助教
須藤健太郎
この映画の原理は前半で示される。「ショットはフレームによって作られる」と「ショットは単一で完結しない」の2点である。前者は確かなフレーミングに明らかであり、開口部や窓や鏡を使って画面分割を配した巧緻なコンポジションに極まる。後者はパンや切り返しが必ず「発見」を伴う点に顕著であり、編集に存在意義をもたらしている。そして、後半では、このフレームという概念に「家」という実体が与えられるわけである。夜半、夫を迎える妻が抱えるランプの揺れの美しさ。
-
-
君に幸あれよ
-
脚本家、映画監督
井上淳一
雰囲気だけの映画というか。弟分を地震で亡くし、その喪失から立ち直れない半グレが、弟分に似た相棒と出会い、立ち直っていく話だと思うが、亡くしたのが弟分なのかも地震が原因なのかも半グレ組織もよく分からない。致命的なのは主人公がなぜ相棒を受け入れるか分からないところ。ここがすべての起点なのに。せっかく名のない役者だけで映画を作るなら、「竜二」のような一発逆転を目指さないと。これじゃ埋もれてしまうだけ。クドいようだが、まず脚本をちゃんと。髙橋雄祐がいい。
-