映画専門家レビュー一覧
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よりそう花ゝ
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米文学・文化研究
冨塚亮平
資本の論理に従うのか、採算を度外視しても尊厳を守ろうとするのか。葬儀屋という仕事を軸に、階級問題をはじめとして障害やDVのテーマまで盛り込みつつ、困難な時代にあって人間らしい生き方を模索する姿勢は買いたいが、いかんせん演出が稚拙すぎる。特に設定上最も重要なのが明らかな野外の葬列場面での露骨に雨に頼った安直な撮り方は、もう少しなんとかならなかったのか。「太陽は光り輝く」のレベルとまでは言わずとも、もっと大事に撮るための工夫はあって然るべきでは。
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日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
生きる希望を失いかけている息子と父の家族が、わけありだが明るく前向きに生きる母と娘の家族と、貧困者たちで支え合いながら生きる疑似家族という2組の家族と接し、次第に希望を取り戻していく。絶望の淵にある男性へ生きる希望を与える女性のマニックな描き方に疑問も持ちつつも、3組の異なる家族を一挙に描き、そこに社会問題も入れ込んでいく様は意欲的にも見える。しかし最終盤は、さまざまな事柄をオフの説明セリフによって、性急に結び付け、片付けた印象を持った。
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文筆業
八幡橙
アン・ソンギが語る。顔で。肉体で。あるいは、気を含めた存在として。韓国の葬儀で古くから使われている花喪輿を飾る「紙の花」(原題)を手慣れた様子で作り出す、熟練を感じさせる手。黙したまま現実の理不尽を浴びる、眉間の皺。貧しく、弱き者同士の心の交流を描く本作は、ベタと言えばベタな映画だ。それでも、わけありでありつつ天真爛漫な母を演じるユジンや主人公の息子役のキム・ヘソンなど、演者の力で静かに魅せる。闘病を明かしたアン・ソンギの復帰を強く願いつつ。
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モリコーネ 映画が恋した音楽家
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
監督のモリコーネに対する愛情が過剰すぎて笑ってしまう。ストレッチをするモリコーネの顔のどアップ。何やねんこれ。モリコーネの生まれてから死ぬまでをもの凄い情報量で描く。何十人にもわたるインタビュー。どこから見つけてきたのかわからないぐらい大量の映像や写真が挿入される。数々の名作の裏側を覗き見る。モリコーネが今まで作った曲を手振りと発音で再現する。子供みたいに没頭する姿がイカレてる。アカデミー賞が取れなくて悔しいとか俗だけど実にキュート。
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文筆家/俳優
睡蓮みどり
映画音楽の素晴らしさを実感し、堪能することのできる優雅で豪華な一作。そうか、これもモリコーネだったな、などと思い出したり発見したりしながら、わずかなシーンを見るだけなのに思わず何度か涙ぐむ。映画に愛されることは間違いなく才能だ。映画音楽家という存在になることがモリコーネの「夢」ではなかったとしても、その存在に感謝せずにはいられない。本作の監督であるジュゼッペ・トルナトーレ自身がインタビューに登場するのも微笑ましい。映画がもっと好きになる映画。
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映画批評家、都立大助教
須藤健太郎
2001年の9・11に関する記録映像の引用の仕方に、しばし戸惑う。こんなに次から次へと痛ましいものを見せる必要がはたしてあるのかどうか。WTCに突っ込む飛行機。ビルから飛び降りる人。路上で粉塵にまみれ、慌てふためく群衆の姿。そして、崩れ落ちるタワー。観客にショックを与えるための、派手な効果を狙った「恐怖のスペクタクル化」? トルナトーレの品のなさが図らずも露呈している。彼はモリコーネ音楽のある種の雄弁性をこういうふうに理解しているわけである。
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とべない風船
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
娘のキャリーケースを和室の居間に運び込んだ父親がキャスターの汚れを拭き取るところだけで、細部の描写にどれだけ神経を研ぎ澄ませているかがわかる。軽トラが画面を横切る日中の何気ないシーンだけで、カメラをどこに置いて何を映せばいいのか会得していることがわかる。本作が初長篇の宮川博至監督は間違いなく「撮れる」監督で、その作風もふまえるなら、国内メジャー作品での抜擢も時間の問題なのではないか。設定やストーリーの展開にはもう少し新味が欲しかった。
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映画評論家
北川れい子
2018年の西日本豪雨の被災地を舞台に、ひとりの男の喪失感や孤独を淡々と描き、演じる東出昌大の笑いを忘れたような硬い表情とどこか重い足どりも悪くない。瀬戸内海の小さな島。彼の周辺や地域の人々のエピソードもリアリティがある。けれども疎遠だったという父親に会いにくる、挫折感を抱えた三浦透子の話はいかにも取って付けたよう。人にはそれぞれ悩みや事情があるのは分かるけれども、どうもわざとらしい。気どったというか、気張ったタイトルも何やら頭でっかち。
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映画文筆系フリーライター。退役映写技師
千浦僚
現在の日本映画界で拗ねた男をやらせるなら完全に東出昌大氏、みたいになってるがまだ飽きない、嫌いになれない。本作でも「天上の花」同様、生肉食材を持ち込む男。服部文祥のもとで狩猟修行するような俗世からの離れかたと再生の計りかたは憧れでもあるし、いつか自分が有害な男として転ぶときの参考にする。本作でついに風船を飛ばそうとして少女の手と並ぶ彼の手は花を投げるフランケンシュタインの巨大さ魁偉さだった。良き孤独。ヒロイン三浦透子と馴れぬ設定も良い。
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嘘八百 なにわ夢の陣
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脚本家、映画監督
井上淳一
前作は未見。だから贋作陶芸家としての佐々木蔵之介の腕が分からないのだが、贋作で必ず騙せるというお約束に乗れなかった。そんな簡単でいいのかと。それは劇中、霊感商法に騙される人も同じ。いや、本物も偽物もない、所詮人間の価値観が生み出すものでしかないというテーマは分かるのだ。ただ旧統一教会問題の前に作られたとしても、やはり霊感商法を扱う最低限の礼儀みたいなものは見たかった。テレビのスペシャルドラマなら拾い物。だが前二作を観たいとはついぞ思わなかった。
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日本経済新聞編集委員
古賀重樹
うさんくさい霊感商法で繁盛する財団と、バブリーな博覧会実行委。それぞれから持ち上げられて調子に乗っていた古美術商・中井貴一と陶芸家・佐々木蔵之介が、ポイ捨てされるや一転して大嘘で逆転を図る。うだつのあがらない中年コンビが「夢なんて儚いものよ」とうそぶきながらコンゲームに挑む姿に、武・今井・足立のシリーズ3作目のゆとりを感じる。財団の姉弟の成り上がり話に秀吉と大阪の夢を重ねるのはやりすぎという気がするが、そんなおめでたさも正月映画らしい。
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映画評論家
服部香穂里
シリーズも3作目を迎えて試行錯誤の末なのかもしれないが、ある幻の名品をめぐり別々にオファーを受けた迷コンビが、それぞれ欲望や思惑に駆られてニアミスを繰り返す前半は、さすがに軽すぎる霊感商法のドタバタ描写も災いし、幾分もたつく。需要と供給のバランス次第で価値が変動する美術界へのシニカルな鋭い視点と、そんな業界の盲点を逆手に夢を掴もうと奮闘する男女にまつわる甘めの人情話が乖離した印象を与えるためか、幾重にも仕掛けを施す結末の切れ味まで鈍った感も。
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恋のいばら
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脚本家、映画監督
井上淳一
前々号で本作を面白いと書いたが、批評前提で観返して、評価を改めたい。元カノと今カノが共闘して彼氏をやっつける話なのだが、なぜ共闘するかが描かれていない。しかも元が今に近づいたのは、あなたみたいになりたかったからだとキスをするに至っては意味不明。もちろん人間は多面的だし、理に適った行動だけをするワケではないが、それに甘えてドラマを作ってはいけないと思う。城定の演出力と役者の魅力に一度は騙されたが、基本は脚本だと改めて。映画は作るのも観るのも難しい。
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日本経済新聞編集委員
古賀重樹
前カノと今カノがひそかに協力して、女性関係にだらしない彼氏をやっつける。物語の面白さはオリジナルのパン・ホーチョン監督「ビヨンド・アワ・ケン」の面白さにほぼ尽きる。ただ松本穂香と玉城ティナという対照的なキャラクターが際立っていて、飽きずに楽しめる。松本のストーカーぶりは恐怖さえ感じさせるし、玉城はドキッとするほど妖艶。城定秀夫の演出が冴えている。シスターフッドに目覚めた二人の女性の来し方行く末が「恋のいばら」というのも塩が効いている。
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映画評論家
服部香穂里
SNSの浸透などで、何でも曖昧なまま既成事実化されてしまう昨今の世情の異様さを、ひねったラブコメディのかたちで、ブラックユーモア満載に炙り出す意欲作とは思う。いびつな共闘関係を育むシスターフッドものとしての妙味は光るものの、ふたりを結ぶ彼氏にまつわる描写が、狙いとは思いつつあまりに表面的であるがゆえに、カタルシスが期待値を下回る。相変わらず絶妙に薄っぺらい中島歩と、衰え知らずの乙女心を軽妙かつリアルに体現する白川和子が、チャーミングに場をさらう。
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ファミリア
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脚本家、映画監督
井上淳一
浅い。ブラジル人を守るため、役所広司は自ら半グレに刺される。「グラン・トリノ」と同じじゃないか。半グレのボスは街の有力者の息子。「野性の証明」か。息子を失い、他人の子と擬似家族になるラスト。「グエムル」じゃん。いつかどこかで見た設定。しかも10年以上前にやられている。在日ブラジル人、海外テロ、社会問題も人間もすべて深掘りされることはない。この時代に敢えてファミリアと家族を謳うなら、新しい価値観を見せないと。浅いだけじゃなく、安い。どうした、成島出?
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日本経済新聞編集委員
古賀重樹
いわば日本版「グラン・トリノ」。いながききよたかの野心的な脚本と映画化を実現したスタッフ・キャストに拍手を送りたい。赴任先のアルジェリアで国際結婚した息子をもつ陶工と、排他的な半グレの暴力に苦しめられる在日ブラジル人たちの出会いと共感。そんな大胆な設定の物語を豊田市の団地を舞台にリアルに描き出す。役所広司が主人公の心の軌跡を繊細かつダイナミックに表現している。成島出監督も団地と土地の匂いを逃さずとらえ、硬質なドラマに血を通わせている。
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映画評論家
服部香穂里
何の罪もない人間が呆気なく生命を落としてしまう、不穏な現代社会への憤怒が全篇に漲ってはいるが、その象徴のごとき半グレ集団のリーダーにも、単なる逆恨みに留まらない行動原理を与えないと、大切な存在を亡くした者同士の齟齬から生まれる暴力の悲劇性が、いまひとつ際立たたないように思われる。「グラン・トリノ」を彷彿とさせる終盤の展開も、まだ枯れるには早すぎる現役バリバリの役所広司ゆえ、本作ならではの着地点を、とことん追究してみてもよかったのではないか。
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ドリーム・ホース
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映画評論家
上島春彦
英国ウェールズ地方、谷あいの僻村の清涼な空気感がいい。組合組織の共同馬主というシステムは実話に基づくとのこと。競馬映画というのはフランク・キャプラの「其の夜の真心」が典型だが、走らせる側の経済事情をリアルに描き出して初めて面白くなる。本作ではそこに加えて馬主代表の主婦とその夫のぎくしゃくした関係が抜群。もちろん関係改善の過程がいいのだ。多幸感あふれるエンディング・クレジット、〈デライラ〉の大合唱も楽しい。歌手トム・ジョーンズはウェールズの誇り。
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映画執筆家
児玉美月
ムラ社会における「主婦」の鬱屈とした人生を、無関心な夫の態度、やり過ごすだけのパートタイムの仕事、親のケア労働などの描写の連なりによって開巻から伝えてゆくが、フェミニズム的な主題はそこまで広がりを見せない。あまりにトントン拍子にことが運んでゆく説話構造には、「実話である」というエクスキューズが予め用意されている。嫌味がなくウェルメイドな本作は観客に好かれるかもしれないが、ゆえに多くの類型の映画に埋没しやすく深く心に突き刺さるような作品ではない。
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