映画専門家レビュー一覧

  • ジェイド・ダイナスティ 破壊王、降臨。

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」から32年。中国映画界を取り巻く環境(とそこに集まる資金のケタの数)はドラスティックに変わり、チン・シウトン監督自身も100%の中国資本で映画を撮るようになったわけだが、本作に流れているのは良くも悪くも香港時代から変わらないカンフー映画&アイドル映画の伝統の血だ。世界最大のマーケットに見合う中国発のエンターテインメント大作の新しい文体の確立と洗練は、次世代の監督やスタッフに課せられた役割となっていくのだろう。

    • ライター

      石村加奈

      「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」(87)のレスリー・チャンを彷彿とさせる主人公・小凡を、甘いマスクのシャオ・ジャンが好演。最初から最後まで、3人の美女を相手に空を舞う優男ぶり(犬や猿にまでモテる!)を、いやみなく見せつける。チン・シウトン監督お得意のワイヤーワークを活かした空中アクションシーンは優雅で目にも楽しい。功力を奪い合うバトルは、やや説得力に欠けるが、七尾ムカデやかゆみ虫等の小ネタ効果は絶大。神獣・霊尊にはもう少し活躍してほしかった。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      VFXとワイヤーアクションで構築される神話的世界観、登場人物たちが自分で投げた剣に飛び乗って移動するなど描写がいちいちマンガっぽく、どこを取っても既視感しかないが、クオリティを重視して突き抜けているので楽しめる。中盤までギャグ展開、終盤シリアスになるのもこのジャンルのお約束だが、最後に出てきたデルトロ作品のクリーチャーを彷彿させる異形の物たちの襲撃は、そこだけ映画のテイストが全く違う残酷描写でちょっと引くぐらい怖い。

  • LETO レト

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      序盤の海辺のシーンをはじめとするモノクロの美しいショットの数々、突然ミュージカルのように歌い出すシーンの喧しいエフェクト。主要なレファレンスがヌーヴェルヴァーグの諸作品にあることは疑いようがないが、それが上手くいってるところと調子っぱずれなところの落差も含め、抗しがたい魅力を湛えた一作。監督にとって切実な「ソビエト連邦時代のバンドシーン」という題材は、元“洋楽”先進国の恩恵をたっぷり受けてきた世代としてはナイーブ過ぎて共感を抱きようがないが。

    • ライター

      石村加奈

      80年代前半、ロシアン・ロックスターの世代交代を鮮烈に描いた青春映画。冒頭の海辺で流れるズーパークの〈LETO〉とキノのエンドロール曲を聴き比べるだけでも新しい波を感じずにはいられない、洗練されたセットリストだ。愛する妻の、かわいい後輩ヴィクトルへの恋心を知り、家に帰れなくなった(三角関係的にはいちばん分の悪い)マイクが音楽仲間と新しい朝を迎えるシーンで流れるのがキノの〈My Mood〉とは憎い演出である。T・レックスやイギー・ポップらの選曲も面白い。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      80年代前半、後に伝説となる「キノ」のボーカル、ツォイと仲間の関係性を中心に、当時のソ連で“ロックをやる”ことのリアルを描き出す。全篇モノクロだが、劇中カメラで撮られた彼らの姿は、実際にそれぞれが見た風景かのようにカラーで映し出されたり、リアルなシーンに落書きを加えたような非現実的な描写、展開が挿入されるなど(必ず「これはフィクション」と注釈が入る実直さ)、彼らの内なる熱狂を巧みに表現。関係性の終わりと始まりが交差するラストシーンも秀逸。

  • アルプススタンドのはしの方

    • フリーライター

      須永貴子

      タイトル通り、舞台となるのは甲子園の観客席の端の方。ど真ん中に当たるグラウンドや選手は一度も映されることなく、強制的に応援に駆り出された高校3年生の会話劇が繰り広げられ、ピラミッド型ではなく、真ん中と端っこという構図のスクールカーストが浮かび上がる。端っことはいえ、微妙に立ち位置の異なる彼らのベクトルが重なるクライマックスの爽やかな感動を、画面に一度も登場しないある人物が、伊坂幸太郎的なミラクルで軽々と超えていくシナリオの妙。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      野球を観客席からのみの視点で描くということだけでも優れていると思ったら、舞台の映画化だという。全国高等学校演劇大会の最優秀作。キャストは舞台の時のままの俳優陣だという。甲子園の第一回戦の試合はまったく見せず、観客のリアクションだけで試合の模様を伝えているが、余計に緊迫感を感じさせる。応援に来たスタンドの少年少女たちのキャラクターが、実際のモデルでもいたのか、きめ細かく瑞々しく描き込まれている。胸のすく思いを抱かせる映画である。

    • 映画評論家

      吉田広明

      アルプススタンドのはしの方で、試合に対しそれぞれの距離感で試合を見ている四人の会話から、それぞれに抱えている屈託が明らかになってくる。はしの方だけでなく、応援席メインの吹奏楽部の三人、応援席を縦横に動き回る教師など、次第に空間、人間関係が広がってきて、最終的にオフの空間(フィールド)のエース・ピッチャー=ソノダや万年補欠ヤノの存在感がにわかに際立ってくる展開が意外性に満ちていて見事。原作脚本の出来がいいのは間違いないが俳優の顔がみんないい。

  • 追龍 ついりゅう

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      香港が揺れている。中国の国家安全法の導入に向けて、いま世界中が中国と対立。ジャッキー・チェンなどは中国支持を表明。香港の映画界でも真っ二つに。本作は欲望と正義、善と悪、謀叛と忠誠といった単純なアクションエンターテインメントである。九龍城砦の上空を旅客機がかすめ、これを懐古趣味を含んだ娯楽作品に昇華してしまう生命力。「豪華二大俳優スターの共演」という謳い文句は、この現代の社会背景への想いを隠蔽してしまうのか、もしくは決別か諦念なのだろうか。

    • フリーライター

      藤木TDC

      監督のひとりがバリー・ウォンなので実録作品の現代的更新は期待せず、90年代の香港映画に対するような寛大さで見るべき。香港では有名な60年代の悪徳警察幹部と麻薬王の癒着から失墜までを描くが、A・ラウは過去に何度も同じ役を演じた十八番で、この人本当に悪人? と戸惑うほど悪びれず影のない芝居。彼の美貌にウットリしたい向きには不満はなかろうが。麻薬王のドニーは口髭をたくわえ片足の不自由な役、新境地の演技だがアクションは抑え目でカタルシスに不足する。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      香港二大スター共演の、悪行に手を染めた人物をモデルにした犯罪映画らしい、良い話にするか悪い話にするかの選択で、どちらにも振った揺らぎのある作品だ。でもそこが香港スター映画らしい。ドニー・イェンは当然アクションも素晴らしいが、芝居が上手いので様々な場面を「スカーフェイス」のアル・パチーノのごとく切り回す。建物の撮影の仕方がシューティングゲームの画面のようなのも目新しい。ラストのショットガンと香港の上下が入り組んだ街並みでの立ち回りには興奮した。

  • ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間

    • フリーライター

      須永貴子

      性同一性障害と診断された主人公を撮影し始めたとき、制作陣はまさかこんな結末を予想していなかっただろうな、という驚きのあるエンディング。主人公を15歳の頃から9年にわたって追いかけた本作は、その9年間におけるセクシャリティの細分化とそれを取り巻く環境の記録にもなっている。「何が嫌なのかわからなかったけれど、性同一性障害を知ってすべてがしっくりきた」と主人公が言うように、人は知識によって救われる。すべての中学生に観てほしい教材ではある。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      イランの前大統領は、イランでの同性愛者への迫害を批判された時、「イランに同性愛など存在しない」と言い切った。珍妙である。多様性こそ人間のアイデンティティなのにね。性同一性障害は同性愛とは違うものではあるが、生きづらいことには違いない。心は男、体は女。この若者を15歳から9年間も追った監督の執念と若者への愛情に感銘を受ける。様々に生き方を模索する若者が愛おしいし、それを受け止めている母も素晴らしい。だが、純に映画として観ると何かが足りない。

    • 映画評論家

      吉田広明

      性同一障害と分かって以来、その解消に突き進む前向きな主人公、その性格の強さが映画を牽引するだけに、手術を終え、戸籍も変えて「男」になったその後に、いや「男」でもないなと気付くのは衝撃で、性別にはグラデーションがあるという主題が説得力を持つ。XジェンダーというのはLGBTQのQに当たるものか。性同一障害に関しては個人レベル、社会レベルのアプローチがあり、前者の方を選択したこと自体は是とするが、主人公に肩入れしすぎてプロモ的に見えるのは少し辛い。

  • 海底47m古代マヤの死の迷宮

    • 映画評論家

      小野寺系

      海洋パニック映画というジャンルものとしての質を堅持しつつ、さらに意外な展開を用意した前作。今回の続篇では、マヤ文明やギリシャ神話の迷宮伝説を要素に加え、閉塞感と不気味な暗闇を美的に描くというアーティスティックな内容へと、さらに飛躍的な変貌を遂げていて驚かされた。前作を大きく上回った独創性と先進性を、ジャンル映画のなかでまとめあげた手腕や実験性については称賛するほかないが、生存するための戦略性の描写や、クライマックスの衝撃は前作に及ばなかった。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      ガラス底の観光船でサメの見学ツアーに出る予定の姉妹が、突然、友達と4人でダイビングをすることに。ここまでの展開は、学校でヒロインが苛められっ子であること、姉妹の仲が良くないこと等を手際よく紹介して、ドラマの入り方としては合格点。が、その後となると、オマケ的なエピローグに至るまで、一度も外のシーンはなくすべて水中。危険にさらされて姉妹に絆が芽生えるというストーリーは一応あるが、酸素の残量を気にしながら薄暗い水中でもがく彼女たちの映像に息苦しくなる。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      主人公の家庭環境に問題アリというサメ映画あるあるな冒頭で話の流れとオチがおおかた予想できてしまう親切設計なうえ、目が白くて体中傷だらけな盲目深海ザメの不気味なヴィジュアルは最高で、マヤ遺跡とかあんま関係ないけど終盤のしつこいくらいの盛り上がりは素晴らしく、頭が5つあるサメや空飛ぶサメが出てくるトンチキサメ映画と違い(海だけど)地に足の着いた清く正しいサメ映画である本作が語り掛けてくるのは劇中の父親が娘に言う台詞そのものだ――「サメはいいぞ!」。

  • グランド・ジャーニー

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      映画芸術を豊かにし、その可能性を広げる作品ではないが、明瞭単純な展開の感動物語。脚本・演技・演出に嫌みはない。絶滅寸前の渡り鳥を救出という正義的な目的と父親を乗り越えるという成長物語。息子トマ役のルイ・バスケスの好感度が高い。ダメな父親には、妻と事務員と記者と三人の女性がおり、いつも彼女たちが救出する。野鳥がケージから自然へと放たれる引き換えに、父親は拘留という檻に入る。鳥たちが故郷ノルウェーに戻るように、「少年」へ戻った自分を見つけた。

    • フリーライター

      藤木TDC

      ハリウッド製「グース」(96年)と同題材のフランス+ノルウェー合作。夏休みにひきこもりの子供をスマホやゲーム機から引き離したい親の願いに寄せた家族アドベンチャー映画だ。主人公少年の冒険と成長は私でもウルウルする愛撫上手な演出だが、はたしてこの悠長な映像テンポでゲーム慣れした10代観客に魅力が届くか。また離婚した両親もスマホを手放せない依存性や、息子の成長を目にし夫婦のヨリが戻る様子は気持ち悪くもあり、オッサン目には商業主義的欺瞞を感じてしまう。

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