映画専門家レビュー一覧

  • 日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      「日本人は世界で唯一の単一民族である」などと主張して、声高に他国人を蔑視している人たちが令和のこの日本にまだいるらしい。中国残留孤児は中国に置き去りにはしたが日本の父と母から生まれたから日本人だが、フィリピン残留孤児は日本の父とフィリピンの母から生まれた混血だから日本人ではないと言いたいらしい。待遇に著しい格差がある。国民を守らずして何の国家なのか。この恥ずかしさを日本は世界にさらけ出しているのだ。ああ、やるせない。

    • 映画評論家

      吉田広明

      中国残留孤児は知っていたが、フィリピンについては不勉強で知らなかった。敗戦後孤児を救わず、帰国させる措置を取らず、帰ってきても生活支援せず、の三重の「棄民」への孤児たちの戦い。特にフィリピンでは日本人と分かると報復されるので証明書を焼き、国籍回復が困難。フィリピン政府は彼らを無国籍認定して日本政府に行動を促すが、日本政府はそれに応えようとせず、亡くなるのを待って問題消滅を図っている。弱い民などいつでも捨てる「美しい国」への「政策形成映画」。

  • 恋する男

    • 映画評論家

      川口敦子

      スコリモフスキにゲリンと、一筋縄ではいかない面々の配給を手がけてきた村田信男監督のこの長篇デビューに合わせて「愛した女に振り回され、人生を狂わされようとも、ひたすらわが道を往く男」の映画が特集上映されるという。例えばジェルミ「イタリア式離婚狂騒曲」、あるいはトリュフォー「恋愛日記」。お子ちゃまにはもひとつ理解できない世界があったなと思い当たって、改めて村田監督作を思うと「でも」と「確かに」がとぐろを巻く。間違いなくいいのは出口亜梨沙。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      中年男のドン・ファン妄想を具現化したファンタジーと思いきや、そうした妄想のうしろめたさ、根幹にある孤独を戯画的に笑いのめしたコメディ。戯画的ではあるが自虐的ではないところもミソ。この映画にスコリモフスキまで?ませてくる厚顔……いや、器のデカさには呆れ返るが、「早春」を思わせるプールが出てきたところで、なるほどこれは男の妄想をいたずらに美化してはならないというダメ押し的な布陣だったのかとさらに納得した次第。主題歌がまた無駄に名曲で笑う。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      画づくり、ショットの飛び方、シンプルで鮮度ありそうだが、話がつまらなくて八四分が苦痛。恋愛喜劇にもエロスファンタジーにもなってない。でも、こういう主人公を「なにか憎めない」と思う女性と、こういう話に身につまされる男性がいるのだろう。この世界、倒すべきものがまだたくさんあると評者は戦意をかきたてた。女性たちがしたたかなのがせめてもの救い。村田監督、これでシャレてるつもりなのが痛々しい。編集監修のスコリモフスキ、名前を貸しただけとしても大失策。

  • ブラック アンド ブルー

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      ハリケーン・カトリーナによってコミュニティが破壊されたニューオリンズに、アフガニスタンから帰還して警官になった主人公が戻ってくる。彼女が聴くのはクリスチャンラッパーのレクレイ、〈ウェルカム・トゥ・アメリカ〉。なるほど、背景にあるものも問題意識も焦点が定まった行儀のいい作品だが、もはや古典的な「警官の内部告発もの」という枠組そのものがアメリカでは無効なのではないか。ジョージ・フロイド氏の事件以前に公開された作品であることを踏まえても。

    • ライター

      石村加奈

      故郷ニューオリンズに、警官として帰ってきたヒロイン・アリシアが、警察組織にも、昔の仲間にも頼れず、孤軍奮闘する。意に反して巻き込まれてゆく旧友マウスが、遂にヒロインの名前を叫ぶクリアな声、その直後、マウスが拉致される瞬間を目撃したヒロインの届かぬ絶叫、巧みな音響設計が物語を盛り上げる。ハリケーン・カトリーナの被害を含め、母の死後、天涯孤独となったヒロインの半生を、もう少し丁寧に描けていれば、彼女の屈強な精神が無謀ではなく、迫真に見えたのではないか。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      腐敗した警察内部の者たちによる犯罪に巻き込まれ、仲間と対立してでも正義を貫く警官の孤軍奮闘を描く作品、というと「16ブロック」「トレーニング・デイ」なんかを思い出したが、この2作同様、本作も“限定された地域での約一日の物語”だ。中盤以降、ギャングの間抜けな行動など「?」な展開も多々あるが、最後まで一定の緊張感が続くのは、そのある種ジャンル化された設定、そしてハリスの緩急をつけたリアリティのある演技によるところが大きい。

  • クシナ

    • 映画評論家

      川口敦子

      一足先に海外で注目された監督、そのインタビューに画家フレデリック・レイトンのタブローに触発されたとあって、体を丸めた少女のアンニュイな官能性をはじめとする視覚面での映画の魅力をなるほどと?みしめた。ただ、そんな少女をめぐる隔離された世界、その芯となる筈の母と娘とその娘の関係、フェミニズムの部分があやふやで鼻じらむ。「エコール」「エヴォリューション」のアザリロヴィックの“感覚する世界”を裏打ちしている確かな志向と嗜好と思考の均衡を懐かしんだ。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      中川龍太郎監督の作品で美術・衣裳スタッフを務めていたという速水監督。隅々まで目配りの行き届いた画面づくり、村松良の美しい撮影も手伝って見応えがある。女性共同体、自然信仰、性的抑圧からの解放……どこか河瀨直美監督の作品に通じる感触も。だがあまりにスタイリッシュに決まりすぎた画面に詩的なモノローグとヒーリング的な音楽がかぶさることで、自身と母親との関係性を重ね合わせたという監督の情動が洗練のうちにぼやけてしまった気がする。もっと無造作でいい。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      今日、集団が山奥に人知れず存在できるのか。興味を抱いたが、社会との連絡、さほど人知れずというものじゃないとわかる。小野みゆきの演じる長は、姿のくどさに比して平凡な、ただつよい女性。秘めたものがある感じではない。女性の集団だが、社会への抗議の共有が曖昧。たどりついた人類学者と妖精的少女クシナ。クシナと母親。関係の物語は深刻だが、それが衣装からドリス・デイの歌までの趣味的な遊びにどうつながるか。簡単には説明できないところに速水監督の個性は感じた。

  • STAND STRONG

    • 映画評論家

      川口敦子

      スケートボードで結ばれた4人組、とりわけその技を光らせるふたりをめぐる友情の行方、親との葛藤、青春の光と影――と、かいつまんでしまえばいかにも手垢に塗れた青春映画のパターン、百万遍繰り返された物語に違いない。それを違わせるのがスケートボードそのものの映像的な力というわけで、切り取られるテクニック、競われるその精度、それそのものをみつめる“実写映画精神”、演技はいらない――といった清水宏的アプローチがもう少し徹底されてもよかったかもしれない。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      〈スケートボード文化圏〉とでも呼ぶべき若者たちのモラトリアムを、それを成立せしめる内部要素だけで描き切ろうとする映画で、これを自己完結的ととるか、表現衝動の素直な発露ととるかで評価が分かれそうだが、ボードを手入れするタイトルバックから、SNSを通じた拡散の光景、つけめんへの執着、そしてこのカルチュアが都市の現在と有機的にかかわっていること等が示され、ブルース&デイナ・ブラウンのサーフィン映画を思わせる「生き方」映画として侮り難いと感じた。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      待望のスケボー映画登場と拍手したいが、滑りの醍醐味も、滑る若い肢体の魅力も、たっぷり見せたとは言いがたい。成長過程にある四人の若者。ちょっと幼稚すぎないかって感じのキャラクター分けで、それなりに楽しく見せていくが、ひとりだけ家庭が描かれる。父親に殴られている。そしてダメなやつになっていく。父親の罵詈がラップ的だったり、ただのそういうドラマじゃない見せ方もするが中途半端。人のよさを感じさせる菊池監督、もっとカッコよく撮るべきものがあったはず。

  • プラド美術館 驚異のコレクション

    • 映画評論家

      小野寺系

      今回が初めての長篇映画だという監督は、テレビ業界で働いていたらしく、本作は演出や構成含め、教育的なテレビ番組をそのまま映画として提出したようなものになっている。それ自体は否定することではないものの、飽きさせないよう次々に短い場面が移り変わるテレビ演出は、暗闇でスクリーンを見つめる観客にとって過剰なショーアップだと感じられる。情報量は多いためスペイン美術に興味を持つ入口になるかもしれないが、美術史にとってとくに新しい知見があるわけではない。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      美しい風景描写とジェレミー・アイアンズの口跡の整った語りに導かれて館内へ入れば、スペインの歴史がぎっしり。ナビゲーターが実力俳優であることと相まって、さながら重厚な「語り芝居」のような、ドラマ性に彩られている。カメラワークも、例えば展示作品を適切な画角で定点から撮るのではなく、動きのある近接撮影で細部までを捉える。これがドラマ性に寄与。せっかく素晴らしい画を撮っているので、作品に日本語字幕が被るのがもったいない。重箱の隅をつつくようですが。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      もともとは王族が自分たちの趣味、あるいは権力やセンスの良さを誇示するため金にあかせてコレクションした絵画であるがゆえにナショナリズムが介在しない多様性が生まれ、それらが長い年月を経て万人のものになった、というプラド美術館の皮肉めいた歴史を数々のバロック絵画と共に語ってゆくこの映画、吹き替え版で観たことも相まってNHKスペシャルのような雰囲気であり、カタログ的な観やすさと引き換えに映画としての色気を失っている印象も受けるが、大変勉強になる内容だ。

  • 17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      17歳フランツと老齢フロイトの友情は、社会的な役割や職種、年齢を超えた関係。フロイトは知の巨人でありながら少年を導き、対等に語り合い、ときには忠告にも従う。戦争の足音が忍び寄ってはくるが、青年の社会への参加や反抗、恋愛や友情、決別はどの時代にでも起こることだ。ゼーターラーは大文字の国家の大袈裟な歴史としてではなく、等身大の誰にでも降りかかる戦争をも描いた。遺作であるガンツのフロイト像は、知識人でありながら迷い続ける人間味溢れる解釈だった。

    • フリーライター

      藤木TDC

      お行儀よい美少年ファンタジーは中年男の私に難癖を多くさせる。たとえば開戦前の話なのに戦後史観にもとづき一面的にナチスを悪とする脚本は安直ではないか。ナチス・ドイツのオーストリア併合は当初は墺国民の支持もあり、まして主人公のような若く貧しい地方出身者は出自の似たヒトラーに憧れておかしくない。また何度も性夢を描きながら朝に夢精したパンツを洗う場面がないのは大きな欠落でフロイト登場の意味が褪せる。17歳男子の青春はもっと無知で野蛮でなくては絵空事だ。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      夢想的なシーンの独特さ、なまめかしさが秀でていて心惹かれるゆえ、逆に通常のドラマパートが平凡に見えるバランスの悪さがある。フロイトの導きもどうってことのない青春期の過ごし方なので、心理学の面で期待すると肩透かし。ナチスによる軍靴の響きが聞こえるウィーンの鬱屈やきな臭い描写は、反戦映画であるのを強烈に打ち立てているが、ウィーンとナチの関係を描いた作品として突出しているわけではない。青春と戦争がうまく?み合わず別問題として展開してしまう。

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