映画専門家レビュー一覧

  • イップ・マン 完結

    • フリーライター

      藤木TDC

      ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナタウン。1964年、サンフランシスコに道場を開くブルース・リー24歳が70歳のイップ・マンを招く魅惑の架空設定。序盤は前作「~継承」から登場の陳國坤演ずるブルース・リーが大活躍しオオーッと燃えたり爆笑したり。中盤以降はシリーズ通例、人種差別が背景の異種格闘技対決に。今回は米海兵隊に採用された日本式「極天空手」を撃破するもネタ切れ感強く、主人公が70歳の高齢設定のせいか袁和平の動作導演も新味なく工夫に乏しい。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      ドニー・イェンの老けなさ加減に驚きつつも、映画としてはシリーズを追うごとに衰えてきていて、本作は過去の格闘技映画のストーリーをつなぎ合わせたような凡作になっている。「ドラゴン怒りの鉄拳」が持っていた反日的感情は歴史の流れとして、生まれても至極当然だと思うが、現在において民族に根差す対立は、いかにも短絡的で嫌な現象だ。1作目の民族を超えて個人に帰する設定が感動的であったのを思い出す。家族間の揉め事なども初期の複雑さに比べて平凡すぎる。

  • 一度も撃ってません

    • 映画評論家

      川口敦子

      映画史上に刻まれるような大傑作ではないけれど、なんだか退け切れない磁力を発するお愉しみ作。毎日つきあいたくはないけれど、たまに会うと朝までついついのりのりでいってしまうというような、そんな腐れ縁の悪友みたいに愛でたい一作だ。日本映画のひとつの時代を共有した俳優たちと脚本丸山の、腐臭に堕す一歩手前の遊びっぷりを、賢明な弟を思わせる阪本監督がそつなく束ねてみせる。ハードボイルドをめぐる新旧世代の温度差に爆笑しつつ、身につまされる。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      ハードボイルド受難の時代にハードボイルドを復興させようとする試みがここ数年のあいだに散見されたが、ジャンルの要諦を知り尽くした作り手たちによるこの映画は、ハードボイルドが「ハードボイルド風ノベル」に取って代わられる時代の趨勢を見据えつつ、「かっこよさ」の自明性に疑義を呈し、それでもかっこつけざるをえない者たちを優しく包み込む。タイトルといい、新宿文化の名残を宿した俳優たちといい、若松孝二「われに撃つ用意あり」の20年ごしの返歌といった趣も。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      丸山脚本の作品で内面や世代を感じさせるもの、あっただろうか。本作も、過去からの必然もそれへの抵抗もあまり関係ない道具立て。ただ脚本家の経験からの疲労感が、冗談のように、主人公の小説家石橋蓮司の道の踏み外しを思いつかせた気がする。見どころは桃井かおりと大楠道代の対決。ともに意地を感じさせるが、「後輩たち」は芸能界的につきあっているだけだ。阪本監督、このくらい撮って当たり前とやっぱりなにかありそうとの間を往復するうちに、彼らしさを曖昧にしている。

  • カセットテープ・ダイアリーズ

    • ライター

      石村加奈

      ブルース・スプリングスティーンの音楽を聴くことで、自分の世界が広がっていくジャヴェド少年の変化を、隣に住むエバンズ老人や幼なじみのマットらとの、身近な関わり方を通して見せるさりげなさに好感。特にモリッシー好きのマットとの率直な仲直りは、羨ましくなるくらい爽やかだ。ジャヴェドの父も、わからずやの頑固親父と見せかけて、妻を愛し、子供を思う大人物であることを、じんわりとわからせていく展開もいい。「ベッカムに恋して」(02)のチャーダ監督が、大いに腕を振るう。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      パキスタン移民の少年ジャヴェドはB・スプリングスティーンの曲に救われ、彼の大ファンになるが、同級生にバカにされる。私は登場人物たちと同世代だが、確かに80年代末、彼の曲はすでにおっさんが聴くものだった。それでもジャヴェドの高揚は、自分にはじめて好きなミュージシャンができた時の感覚を蘇らせた。そして“死ぬまで生きろ”というスプリングスティーンが放つリアルなメッセージは、厭世的な空気の中にいる今、直球で突き刺さった。血が通っている詩は普遍だ、とあらためて。

  • さらばわが愛、北朝鮮

      • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

        ヴィヴィアン佐藤

        8名のうち生存している2名にインタビューをしていく間に、まるで死者たちが生き生きと雄弁に語り出す瞬間がある。いや寧ろ生きている2名が死者の世界へと泳ぎだす。映像とは死と寄り添うことだ。そして政治イデオロギーがいつのまにか情念によって溶解していき、亡命者の魂は故郷に恋い焦がれ昇華する奇跡。しかし、現代では生まれたときと全く同じ故郷へ帰ることは不可能で、すべての人間が故郷喪失者である。8人を追った映像ではあるが、これは監督自身が描かれている。

      • フリーライター

        藤木TDC

        50年代の北朝鮮とソ連の政治動揺に翻弄された映画留学生が人生の波乱を回顧する証言映画だが、パイロット版を見せられているような未完成品の印象。登場する証言者が少ないうえ、モスクワの映画学校の教程や学んだ知見を語らないのはテーマからして決定的な欠落だ。その後彼らが定住したカザフスタンで映画界に貢献する経緯は刮目だが、同国の政治体制や映画産業の像が不明瞭だし、ソ連解体時の激動や北朝鮮の現在に言及がない点も作り手の取材不足や問題意識の薄さと感じる。

      • 映画評論家

        真魚八重子

        モスクワ国立映画大学に留学した北朝鮮の青年8人。取り上げられる彼らが異能の才人ばかりで、どんな悪環境に流転しても悲劇性は際立つだろうという印象がまず強い。最近の、テーマにインパクトがあるドキュメンタリーにありがちな、題材の発見でほとんど作業が終了してしまって、映画的な演出の面白みは後回しにされているタイプの作品だ。インタビューと写真や記録映像をつないだものがメインでは、登場人物が興味深くて80分という短めの尺でもいささか飽きてくる。

    • 東京の恋人(2019)

      • 映画評論家

        川口敦子

        度を越して長い引用をご容赦いただけるなら「もちろんホームに戻ったからと言って何かが元通りになるわけではないし新しい人生が始まるわけではない。ただ単に葬り去られたものとしての彼ら自身による不在の営みがそこから始まるだけである。しかし死んだものはもう死なないのだとジム・ジャームッシュが言うようにわれわれは単にそれを繰り返せばいいのだ」(boidマガジン妄想映画日記)と「心の指紋」について書かれた樋口泰人さんの美しい言葉をそのままこの映画に重ねたい。

      • 編集者、ライター

        佐野亨

        今泉力哉の諸作品にも通じる「搾取恋愛」の?末を描いた、きわどい関係性映画。ただし、今泉作品の根底にカサヴェテス的な重さが宿っているのに対し、下社敦郎にはジャームッシュ的なスノッブとセックスに対するあっけらかんとした諦観があり、それが奇妙な口当たりのわるさ(欠点ではない)につながっている。いかにも撮影のために用意しました、といった感じの漫然とした空間の切り取り方はマイナス。川上奈々美の表情が終始素晴らしく、なるほどこのラストしかないと思わせる。

      • 詩人、映画監督

        福間健二

        いいと思った。下社監督、甘いかな、となるところでも心を感じさせる。映画、どういう夢か。なぜこだわるのか。真剣に考えたことのある者の心だ。映画を学び、音楽もやってきた。最後のラジオの伊藤清美の声まで、音の入り方に楽しさがある。男性陣の演技はなんとなく抑えが足りないが、森岡龍には、映画から逃げても現実に対してスキありの男のリアルさが、いちおうある。魅力的なのは、過去と現在の変化に応じた輝きと抗議を全身的に表現する川上奈々美。彼女に感謝したい。

    • タイムリミット 見知らぬ影

      • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

        ヴィヴィアン佐藤

        「スピード」を髣髴させる畳み掛けアクション。ドイツが今更ハリウッド映画に追随する必要性が最大の謎。旧東西を縦横無尽に均一に滑走する自動車。物語はすべて車中で展開。主人公は都市の再生や成長を理想とするが、地上げ的建設会社のエリート。住居とは投機目的の金融商品。交渉も銀行業務(=バンキング=土木建設)もすべて携帯電話。そこに肉体性や人間関係が希薄化し、見えない都市化の加速が見える。犯罪に巻き込まれはじめて、親子の会話が実現。配信に適した映画。

      • フリーライター

        藤木TDC

        スペイン製カーアクションの佳作「暴走車 ランナウェイ・カー」(15年)のドイツ版リメイク。車のシート下へ密かに爆弾を仕掛けた犯人からスマホに身代金要求があり、走行しながら切迫する設定は案外新味なく、横軸に家族の再生を置くのも既視感。ジャーマン・アクションのエース監督の生真面目な演出で緊張は持続するが、ストレス発散で劇場へ来る観客はもっとブッ壊れた要素がないと淡泊に感じそう。前戯なしでラストまで爆走するオリジナルに較べると上品でやや緩慢な印象。

      • 映画評論家

        真魚八重子

        最近はワンシチュエーションで押し通すサスペンス映画も多いのに、途中でメインキャラ以外の重要な脇役に、主眼を移していく手法は潔いというかイマドキらしくないというか。警察の組織のあり方や発言権、家族が崩壊している事実、あまりに万能すぎる犯人と前置きが十分でない動機、後半で突然登場するキャラなど、設定として諸々に破綻はある。ハラハラする作品が観たい層は軽い気持ちで挑めば良いかも。もう少し犯人像と、主人公が警察に詰められる展開に自然さが欲しかった。

    • あなたの顔

        • 映画評論家

          小野寺系

          ドキュメンタリー映画というより、どちらかというと現代美術におけるビデオ・インスタレーションの形態に合いそうな内容で、席に座ってじっくり観る作品としては万人向けではないと思える。だが、そういった枠組みを壊していく目的も、試みの内にあるのだろう。最も近いと思えるのは、延々と尻を映し続けるといった、過激なコンセプトのオノ・ヨーコの実験作「ナンバー・4」(66)で、コンセプトの面白さの点ではツァイ・ミンリャンが遅れをとっているように思える。

        • 映画評論家

          きさらぎ尚

          生身の人間が固定されたカメラという機械と向かい合い、クローズアップで撮影されている。これだけでもかなり興味をそそられる。寄りもせず引きもしないで、ひたすら瞳の動きやまばたき(すうっと眠りに落ちる人もいたが)、シワの動きから肌理までを捉えたカメラは、効果音のような音楽の使い方と相まって、映される人物の来し方を想像させる。今更ながら、人間の顔がこんなにも面白いとは……。画面に順次映る13人の顔に魅入られながら、インスタレーションの会場にいる気分に。

        • 映画監督、脚本家

          城定秀夫

          ひたすら映されるジジババたちとにらめっこするだけの映画と思いきや、たまに喋る奴もいて、その話もパチンコで200箱出したぜウェーイとか、どうでもいい自慢話だし、襲いくる睡魔と闘っているこっちの気も知らず、ただ写されることに退屈して居眠りこいてる被写体のジイさんに「お前が寝るなー!」と叫びたくなったりもしたわけで、商業監督を引退した敬愛するツァイ・ミンリャン監督が今後この方向に突っ走らないよう切なる願いをこめて自身初の一つ星を謹んで進呈致します。

      • ワイルド・ローズ

        • 映画評論家

          小野寺系

          口元のシワに反骨精神がにじむ、ジェシー・バックリー演じる主人公の魅力が炸裂! 彼女が人間的成長を遂げる描写が柱となっていて、善き人間へのステップを段階的に踏む丁寧さが良い。一方で、スコットランドのカントリーシンガーという設定が、かろうじて作品の社会的意義を成立させながらも、音楽への具体的見解が希薄なため、他の文化でも代替可能に見えてしまう。カントリーという題材が映し出すはずの英国の移民問題については消極的表現にとどまった。

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