映画専門家レビュー一覧
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ドヴラートフ レニングラードの作家たち
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映画評論家
小野寺系
自由な精神を持っているからこそ、誠実だからこそ失墜していく。セルゲイ・ドヴラートフは亡命し成功を収めたが、その一方、祖国で腐っていった才能がどれほどいたのかをうったえかけている熱い作品だ。空気遠近法によるショットが主人公を取り巻く凍てついた環境を表現。破棄された原稿が無残にばらまかれた中を歩く象徴的なシーンは、テオ・アンゲロプロス作品を想起させる深刻な美しさを放つ。同じように閉塞的な社会で、ものを書いている端くれとしても共感させられる。
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映画評論家
きさらぎ尚
“そこ、大事”的に言えば、主人公のドヴラートフは、例えばソルジェニーツィンやサハロフらの反体制知識人ではないということ。政治的な主張をもって国の体制を批判する訳ではなく、作家同盟の会員でもない彼が、自分の書きたいものを書いて作家になる道を模索する物語は、よってすっと入ってくる。ほんの少し主義を曲げて体制が求めているものを書けばいいのに、それができないドヴラートフの不器用さに共感する。主人公の姿は私たちかも……、が頭をかすめる。映像が美しい。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
「ロシアの伝説的作家ドヴラートフの希望と共に生きた6日間を切り取る」と、チラシにあるが、この6日間というのが、なぜにそこを切り取るんだ……と言いたくなるほど地味で、ドヴラートフとその仲間たちがウダウダ愚痴を言うばかりのほとんど何も起こらない物語が寒々としたロシアの空気を見事に捉えた絶品の画の中で粛々と進んでゆき、この枯淡の味わいが終盤にはクセになってくるとはいえ、ドヴラートフの偉大さは最後までまったく伝わってこないという、なんかヘンな伝記映画。
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HERO 2020
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映画評論家
川口敦子
西条みつとしが書いた「blank13」にあった父と息子の挿話、ハイライトとライターの授受といった忘れ難い細部は原作者はしもとこうじの実人生から掬われたものだそうだが、今回の西条監督・脚本作でも他人事でないモチーフとして活用されている。そこに見て取れる物語する力と意志がバラバラに見えた枝葉を鮮やかに一つに束ねこむ。病室での死神と看護師をめぐる騒動、間合いで醸すその笑いはルビッチは言い過ぎでも「メル・ブルックスの大脱走」級にはおかしい。欲しいのは深み……。
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編集者、ライター
佐野亨
ショートコント的な設定を引き延ばし、これみよがしの伏線を律儀に回収していくだけの100分。集団ヒーローもの、仮面ライダー、アメコミヒーローと型のバリエーションをなぞってはいるが、本気で思い入れがないのか、いずれもディテイルへのこだわりは感じられず、その差異や背景への無配慮がもっとも切実であるべき登場人物の動機づけにさえ及んでいる。これならべつにヒーローを素材にする必要もなかろう。他作品では好演を見せている役者も型におされて個性を発揮できず。
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詩人、映画監督
福間健二
まず、筋立てへの疑問。小細工と芝居による超常現象を人が簡単に信じるだろうか。演劇をやってきた西条監督、「もっと演劇にきびしく」という姿勢があるべきでは。組み込まれた演劇的なものが、薄っぺらな効果に甘んじていて、寒々しい。嘘だろうという話に、実写感のない画。これでは、映画が現在の現実に過去も本当の超現実もつなぎうることへの興奮が行き場を失う。考えてみるとみんないい人たち。なかでも手品師、マンガ的にいいやつだが、出すべき芸が用意されていない。
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ペイン・アンド・グローリー
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映画評論家
小野寺系
世界的映画監督が、肉体の衰えや病気、心の傷にさいなまれながら、モチベーションを維持して活動を続けようとするという、アルモドバル自身の実感や課題が題材となっただろう、直截さとリアリティが素晴らしい。アントニオ・バンデラスが監督を演じ、劇中でそれをさらに役者に演じさせるという入れ子構造の狂気も興味深く、マノエル・ド・オリヴェイラ亡き後、このように大人や老いを迎えた年代の観客のためのアーティスティックな作品が、ますます貴重になっていると感じる。
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映画評論家
きさらぎ尚
記憶と創造でつづるある映画監督の告白的人生論だ。少年時代の性の目覚め、恋人との情熱的な恋愛や仕事上の諍い、母との思い出など、歳月に熟成された記憶の時間軸を巧みに交錯させながら、新作映画の製作につなげる――。達意の表現、お馴染みに加え、達者な俳優たちの演技、そしてアルモドバルの特徴のひとつでもある色彩。特に主人公の住まいは、劇中の30余年ぶりに再会した元恋人の台詞ではないが、まるで美術館。創造の原点となった記憶を集成しつつ次なる段階へ進む作品とみた。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
どこまでがアルモドバル監督のパーソナルなのかは定かではないが、自伝的要素の強い作品と思われ、少年期のごく短い期間と映画監督としてのピークを過ぎた現在の日常が毎度おなじみアルモドバルのちょっと変な感じで描かれており、劇的なことはさほど起きないにもかかわらず主人公の人生のすべてを覗き見た感覚になる豊潤さや、これぞアルモドバルともいえる幾何学的な構図と家具や壁紙、衣装に至るまでこだわり抜くことで実現されている色彩配置の素晴らしさは相変わらずの名人芸。
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サンダーロード
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
ふたつの「死」に挟まれている物語は、「欠落」というより人間関係の「反射」を映し出す。まるでスタンドアップコメディのステージを見ているように、我々は全シーンに映り込むジムの一人劇場に付き合わされる。現代のSNS文化を彷彿させるこの精神構造とは、神か超越的存在に見守られたいとする欲望である。個人が個人を描けば描くほど、鏡像関係の世界が描かれる。滑稽で悲惨な孤独な男の空回り人生から、その男を演じ作り出しているジム・カミングスの世界の見え方が露出する。
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フリーライター
藤木TDC
善良に生きつつ破綻してゆく警官の日常を微苦笑を交え無慈悲に描く。ポリスストーリーでありながらヒーロー映画とは対極を物語り現代の男性性の変容が浮き彫りになる。離婚調停場面は「マリッジ・ストーリー」に似ていて、妻と別居後に恋人を作らない貞潔(オタク?)な男性像は昨今のアメリカ映画のトレンドかと気になった。私は加齢のせいか不定愁訴めいた気分になる時があり、監督兼主演俳優の感情失禁演技は身につまされた。とはいえ男性が無条件に惹かれる映画とは言いにくい。
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映画評論家
真魚八重子
惹句に「切なくも心温まる」と書いてあるのに気づいて、自身が抱いた印象との違いから不安になった。確かに優しさもあるが、全体的には「歯止めがきく/きかない」「正気/狂気」の境界線に存在する男の、現実における生きづらさが生々しく描かれている映画だ。まともな人間のやりとりを擬態しつつ、実際の本性が現れた瞬間に周囲の人が引いていく、危さを抱えて生きる男の些末が積み上げられた不安定なストーリー。主人公の周囲で起こる斜め上からの出来事も主軸に寄り添う。
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ラブ・アゲイン 2度目のプロポーズ
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
韓流ドラマ的というよりも、この牧歌的で弛緩した作品の空気感は韓流ドラマにも少なからず影響を与えてきた日本の90年代トレンディドラマ的と言うべきか。演出も脚本も、間違えてテレビの世界から映画の世界に迷い込んでしまったかのような緊張感のなさで、冒頭のシーンの時点で誰もがラストシーンを予想できてしまう。おそらくはクォン・サンウのファンムービーとして消費されるであろう本作だが、かつて日本でも活躍していたイ・ジョンヒョンは相変わらずチャーミング。
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ライター
石村加奈
制服姿(!)のクォン・サンウとイ・ジョンヒョクが、高校の屋上で殴り合う回想シーンのデジャヴ感は、「マルチュク青春通り」(04)から来ていたのか! なつかしの小ネタも含め、俳優陣のプロ意識の高さが、冒頭の離婚式のコント感を薄めて、大人のラブ・コメディへと舵を切る。サンウから「キレ子」と名づけられる元妻が憎めないのは、偏にイ・ジョンヒョンのチャームに因る。素晴らしい酔演を披露する。いただけない犬ネタも「夫婦喧嘩は犬も~」というオチを導く意味ではお見事。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
最初から最後までなぜ主人公カップルが結婚し、離婚し、また恋愛していくのかよくわからなかった。それが「恋愛して結婚する」ことの本質を描いているのかもしれない。そういう意味ではコメディ版「ブルーバレンタイン」と言っても良い。とにかくサンウが楽しい。おなじみの肉体美を披露しつつ、42歳にして高校時代も自分で演じ、まさかの排便シーンまで。それでも下品にならず、全て笑いに変える彼の可愛げだけが本作を恋愛コメディたらしめている。
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ワンダーウォール 劇場版
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フリーライター
須永貴子
路線バスが京都の繁華街を出て、車窓の風景が変化していく。そこに「だんだん夜が夜らしくなる」というモノローグが重なる冒頭でノックアウトされた。現在も裁判が続いている、某大学対寮生との対立はあくまでもモチーフ。巨大な力にねじ伏せられてしまいそうな小さな力はどうすればいいのか、ヒントと勇気をもらった。大学にとって用済みのこの古い寮は、エリートにとっての理想郷ではなく、我々の生活にとっての映画館やライブハウス、書店、居酒屋なのだ。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
今や映画へのハードル(壁)は恐ろしく低い。スマホで撮りパソコンで編集すれば、小学生だって乗り越えられる。学生が作った未熟なものもかけてくれる小屋はあるし、ダメでもユーチューブがあるのだ。未見だが、元々のテレビドラマは中々のものだっただろう。それを未公開カットを加えて、手早く映画にしてしまう。お手軽感は拭えず、観ていて違和感がつきまとった。映画がそんなに軽いものだったとは!? やるべきものは山ほどあるのに、こんな形で肩透かしを食らった気がした。
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映画評論家
吉田広明
自治的に運営されてきた大学学生寮の存続を巡るドラマだが、兵糧攻めによって大学に「無駄」を排除し、その跡地に「有益な」医学部研究棟を建てるよう誘導する経済至上主義、また「壁」を作って討議に応じず、決定事項と数の力で問答無用に事を推し進める権威主義など、この数年間見続けてきた政治権力の横暴が凝縮的に表現されている。とは言え政治映画というだけでなく、もっと見ていたい愛おしい空間と人物が織り上げる青春ドラマでもあり、脚本、演出の手腕も称えられるべき。
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今宵、212号室で
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
ひとりの人間のたった数時間のなかに、過去や未来、通り過ぎた人々や会ったことのない人物、更にその人の未来が折り畳まれ、彼らの人生が彼ら主体で生き生きと繰り広げられる。なんというアイディア。自宅のアパルトマンに散乱しているたくさんの書籍の星座は、一冊の本を開けばたちまちそれぞれの世界や宇宙が蠢きだす。もはや新しい手法ではないがミュージカルのように使用される数々の名曲は、それぞれ独自の世界を持ち、観客もその名曲に対して個人的体験や記憶が想起される。
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フリーライター
藤木TDC
キアラ・マストロヤンニ47歳が実によく脱ぐのがどうにも気恥ずかしい。妻の浮気発覚で危機にある夫婦の目の前に、時空を超えて過去に関係した異性が現れ干渉を始める不条理劇で、女が奔放多情、男が純情貞淑の設定がいかにも現代的。舞台劇として小劇場で観たら魅力的だったろうが、リアリティを伴う映画で観ると脚本の未整理が気になり、終盤、収拾つかずグダグダの印象も。男性がひとり観る類いの物語ではなく、観賞後に結婚観や謎解きを語りあうお喋り相手を同伴しないと虚しい。
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