映画専門家レビュー一覧

  • 天気の子

    • 映画評論家

      上島春彦

      キャッチにある「世界の秘密」だが、それを知ることになるのは普通の子供二人。これがいつでも新海的世界像の鍵で、彼らは選ばれ、もてあそばれている。誰に。今回は「天」に。天の「気」とはよくぞ言ったものだ。もっとも二人には、空が作る光の道しるべに反応する能力がある。能力ではエリートみたいか。誰にでも見えるのだが、たまたまそれを別個に見たせいで二人は巡り合ってしまうのだ。上昇する水滴、水泡の主題は宮崎駿を継承するが、新海映画の子供はそれを操るわけじゃない。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      美点と欠点を弁えたプロデューサーの制御が効いた前作と違って新海誠の自由度が広がった結果、現代の天候や代々木の傷天ビルを取り入れるセンスは突出するが、短篇型の作家が戦略なく長篇を作ることで串団子状の構成に。描写の深まる箇所は全てPV的な処理で誤魔化されてしまう。〈女と銃〉の扱いの悪さは活劇の不感症ぶりを露呈させ、警官を突破する描写も工夫なく繰り返される。実写のトレースでしかないので、東京の風景に変化が生じても想像力が加算されないのもつまらない。

  • アンダー・ユア・ベッド(2019)

    • 映画評論家

      北川れい子

      高良健吾の抑えた緊張感と、ひっそりした息使い――。“R18+”という枠付きの映画だが、安里監督、熱帯魚などの小道具で変化をつけながら、主人公のストーカー行為を観察するように描き出す。けれども、ずっと影が薄い存在だったという孤独な主人公の心理的密室感はともかく、ストーカーされる彼女とその夫の話がいかにもなのがザンネン。どこの家にも窓の奥には秘密があると言えばそれまでだが、いっそ逆に、幸せなカップルにした方が主人公のストーカー行為が宙に浮き、面白いのに。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      画面の遊びとして「恐怖分子」か!「愛情萬歳」か!というところがあって警戒したがそれは枝葉。あくまで全体のモードが本気。俺はやるぜと気合いいれた高良健吾の戦闘モードが成人用オムツ装着、の滑稽さが流れを止める滑稽にならぬあたりの凄み。高良、安部賢一も熱いがなにより西川可奈子の体当たりによって成立している。彼女は壇蜜、佐々木心音のような角川エロスヒロインの星座に列した。変態的で物悲しく狂っていて切実な物語を映像で語られた。映画を観たという充実あり。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      ベッドの下に男が隠れている、それはなぜなのか? という倒置法のような構成が映画に強いインパクトを与えている。そして重要なのは、人物の描き方に対するバランス。ともすれば、異常な行動をとる人間は“単なる異常な人間”にしか見えなくなる。登場人物の間に暴力の均衡や性的衝動の均衡を感じさせるのは、“行動”が絶妙に分散されているからだ。また本作には“スターの力”も感じさせる。別の役者が演じれば全く異なる印象になっているはずで、そこに高良健吾が演じる意味がある。

  • 工作 黒金星(ブラック・ビーナス)と呼ばれた男

    • ライター

      石村加奈

      北京のホテルで、朝鮮半島のニュースを他人事のように倦怠した表情で眺めていた黒金星のもとに、電話がかかる。相手が北朝鮮の外貨獲得責任者、リ所長とわかるや否や、黒金星の表情は笑顔に変わり、声のトーンも一気に上がる。凄腕スパイの人間味が感じられてホッとしたシーンだ。上司に「踊ってこい」と言われたら、上手に踊れる(笑顔ではなく真顔で!)部下の優秀さにわらう一方、国内ネタにこだわらず、孟子や森信三らの名言を使った、エスプリの効いた友情エピソードも鮮やか。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      この手のポリティカルサスペンスを作らせたら、もはや韓国映画人は世界一の手練れ集団だろう。ベルリンの壁はもうないが、38度軍事境界線は健在だ。その不幸と引き換えに彼らは「大人向けの007」を何度でも作るが、それは割に合わぬ苦すぎる代償行為だ。韓国スパイの主人公が任務中に胸襟を開くこととなった北朝鮮高官と、破顔と共に酌み交わすたった一杯の焼酒の、なんという一生涯分の酒悦だろうか。のちに北京の店で一人啜る平壌冷麺の味は? 苦き世にも一片の歓はある。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      民主化運動や南北問題を題材にすると韓国映画は息づくようで。時代背景は90年代。金大中が大統領選に立候補。それを阻止しようと南北国家機関が暗躍。そこが興味津々の面白さ。企業家と偽って秘密を探る韓国スパイの行動もハラハラドキドキ。遂に金正日と対面。いつ態度を変えるやも知れぬ首領様の顔色を窺いながら交渉にあたる場面はスリル満点だ。北の高官を人間的に描き、主人公と同類相憐れむ的精神で結ばせるのも心地いい。実録ネタだけど娯楽精神に溢れて。その分やや甘口。

  • ポラロイド

    • 翻訳家

      篠儀直子

      大衆的想像力における写真と心霊現象との連結を、これだけ中心に据えているのはかつてのJホラー以来か。凄惨な事態が起こるまでのひっぱり具合が、近年のアメリカ映画の基準を超えている感じ(ただし後半はスピードアップするけれど)なのが興味深く、事態そのものよりも、ひっぱり方で怖がらせる趣向。辛い記憶を抱えたベビーフェイスの内気な少女が勇敢に闘うという構図は、「恐怖の根源と向き合わなければ物事は解決しない」という、ホラー映画の普遍的テーマをさらに際立たせる。

    • 映画監督

      内藤誠

      40年以上のヴィンテージ品のポラロイドの外観がよく、カメラ好きの孤独な女子高生バードが事件に引き込まれていく発端は映像的に説得力がある。暗く雪の舞う静かな街の撮影など、クレヴバーグ監督がノルウェー出身だということを思い出させる。配役もキメ細かくて、低予算ながら、サウンドと音楽のセンスもあり、面白いホラーを作ろうという新人らしい意欲は感じられた。だがポラロイド写真に影が映ることから殺人が始まるというパターンの繰り返しは、物語としていささか単調だ。

    • ライター

      平田裕介

      恐怖を喚起する装置にポラロイド・カメラを、しかもSX?70(復刻品もあるし中古品も溢れていて、もはやレアではない)を選ぶあたりはセンスが良い。ただし、ノリに関してはJホラーっぽくもあるし、「ファイナル・デスティネーション」っぽくもあり、真新しさは感じず。本国でのレーティングがPG?13なのでゴア描写も皆無、“人間縦割り”シーンもあるが直接的には見せない。リブート版「チャイルド・プレイ」を任されたラース・クレヴバーグ監督ということで期待したが……。

  • 蟹の惑星

      • 評論家

        上野昻志

        多摩川の河口付近の干潟に生息する蟹と、それを十数年、観察・研究してきた吉田唯義さんを撮ったドキュメンタリーだが、実に楽しい。まず、蟹の種類の多さに目を見張る。また蟹のセンサーが目にあって、ふさがれると動きがとれなくなるとか、種類によって巣穴の形状が違うとか、脱皮や交尾の様子など、まさに蟹の惑星探訪記を見るよう。同時に、最近蟹の種類が減ったのは、干潟の表土が削られたためで、それが東日本大震災時に起きた東京湾の津波によるかもしれぬという話に我に返る。

      • 映画評論家

        上島春彦

        「東京干潟プロジェクト」と名づけられた連作の一本。もう一本の「東京干潟」は多摩川河口にシジミを獲って暮らすあるホームレス老人の半生が主題になっている。こちらは定年後の人生を、干潟に生息する様々な蟹の観察に当てる老人が主役である。色んな人生があろうが、本来これらは合わせ技で一本、という感じじゃないかと思う。要するにこれだけでは弱い。とはいえ、超接写で捉えられた蟹のフォトジェニックな美しさとか、群生が大挙してシオを招く様子の面白さとか貴重な画面。

      • 映画評論

        吉田伊知郎

        多摩川河口の蟹の生態よりも、その研究を続ける在野の吉田氏の生態に魅せられる。柔らかな口ぶりで、好きが高じて今に至るという感じのまま地道にデータ集積を行っている姿がなんとも良い。孫娘が蟹の研究に接近しかけるが、長じて離れていった挿話を淡々と語る姿にも偏執的な研究を続ける人には珍しく穏やかな人柄が見えてくる。それゆえに震災後の異変を語る姿にもトンデモやこじつけではなく、そんなことがあるかも知れないと思わせる。羨ましくも幸福な〈かに道楽〉だ。

    • TOURISM

      • 評論家

        上野昻志

        挨拶に困るね、これ。世界旅行の招待券が当たった二人が行くのがシンガポールというのは、当人ならぬ製作側の懐事情でもあろうから、文句はないが、カメラが、彼の地ではなく、歩き回る二人にばかり向けられるので、観光映画にもなってない。後半に到ってようやく、相棒と行きはぐれたニーナが独り街を彷徨うので、これで映画が始まるのかと期待するが、ただ、街をウロウロ歩き回るだけで発見もなければ緊張もない。最後は都合よく現地の家族に助けられるのだから、気楽なものさ。

      • 映画評論家

        上島春彦

        監督が「大和(カリフォルニア)」の人でキャストもかぶる。期待されて当然だが、褒めるレベルには達していない。プレスにあるように「スマホ動画、SNS、自撮りアプリ」等の異なるメディアを駆使した画面作りには興趣を覚える。それ以外の画質の件も詳細は書かないが実に凄い。またドキュメンタリー映像として現れるシンガポールの幾つかのスポットも画面はいい。もう存在しない場所もあるそうで有意義。だが結果は、それでどうした、という感じ。長く再編集したのが裏目に出たか。

      • 映画評論

        吉田伊知郎

        ロードサイドの画一化された風景から逃れるようにシンガポールへと向かった主人公たちが、そこでも日本と変わらない画一化された風景から逃れられない世界の閉塞性を、風景と人物を見事に溶け込ませた撮影で際立たせる。かつての少女たちが8㎜カメラを互いに撮り合う映画は男性目線の少女幻想に依拠していたことを思えば、自撮り棒と自撮りで愛想を振りまくでもなくカメラを見つめる女性たちの強い眼差しを積み重ねていく本作は〈21世紀の午前中の時間割り〉と思わせる。

    • 東京干潟

        • 映画評論家

          北川れい子

          以前はキロ500円で売れたシジミの価格が、300円になったとシジミ獲りの男。多摩川の河口の干潟にうずくまるようにして素手でのシジミ獲り。しかも収穫量も減っている。川岸の繁みのバラック小屋で十数匹の猫と暮らす。老いたこの男の日々の営みが、変わりつつある周辺の風景と共に丁寧に映し出され、しかもどこか穏やか。男が語るここに至るまでの人生が、日本の戦後史、現代史と直結しているのも驚きで、更に男は未来をも静かに予測する。慎ましくも奥行のある秀作ドキュ。

        • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

          千浦僚

          本作が捉えたシジミ漁ネコ飼い老人の腕の逞しさは、過去本欄で扱った映画群のヒーローたちに勝るものだった。彼らがやはりどこかしら格好つけた表面だけの見世物なのに比してぶっちぎりの渋いジジイを観た。ジムで鍛えたドウェイン・ジョンソンの筋肉よりも、ネコの餌と缶チューハイのために日がな泥をまさぐる河川敷掘っ立て小屋老人の日焼けした上腕二等筋と前腕のほうが強く美しい。無名の個人の生活として小さいものでありながら世界そのものでもあるような大きな映画。必見。

        • 映画評論家

          松崎健夫

          猛威をふるう自然。人間の営みなど気にもしないように、雨が降り、風が吹き、河川は氾濫する。だが同時に、人間の営みも自然に対して影響を与えている。だからだろうか、自然環境と人的開発との対比が望遠によってひとつのフレームに収まる映像は、儚くも美しいのだ。そして、世の中における“目に見える部分と見えない部分”、あるいは“覆い隠された部分と露わになる部分”とを干潟は暗喩しているようにも見える。村上浩康監督の『蟹の惑星』と合わせると更に多角的な視点を得る。

      6461 - 6480件表示/全11455件

      今日は映画何の日?

      注目記事