映画専門家レビュー一覧
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サッドヒルを掘り返せ
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脚本家
北里宇一郎
「続・夕陽のガンマン」の熱烈ファンが集結して、クライマックスに登場の巨大な墓場を復元する。いやもうマニアがハマると何をしでかすか分からないと、こちらはアキレつつ感嘆! 作品自体はちとファンクラブの会に乱入した異端者の居心地の悪さが。けれど、当時のスタッフやエキストラが語る撮影現場のエピソードはやっぱり面白い。モリコーネとかイーストウッドの証言も貴重。特に橋爆破の話は抱腹。個人的にはあの映画にさほど思い入れがないが、愛好家には感激の一作だろうなあ。
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福島は語る
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評論家
上野昻志
福島の原発事故から8年経っても、仮設住宅で暮らす人がいることや、遠方に避難したまま帰れない人がいることは、情報としては知っていても、それ以上ではない。だが、この映画が問いかけるのは、そのような情報ではない。真正面から相対するカメラによって、こちらも直に、生活の基盤を根こそぎ奪われた人たちと向き合うことになるのだ。それは自問を促す。お前だったら、どうなのかと。それに応える言葉はない。ただ想像するしかない、地に足がつかぬ暮らしを強いられている苦しみを。
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映画評論家
上島春彦
ただただ圧倒された。5時間半版をここまで切ったそうだ。語りを撮るという方法は失敗することも多々あるが、これは大正解。被取材者には言葉が武器であり、ジャーナリストは彼らのやむにやまれぬ心情を率直にカメラに収めるのみ。現政権の欺瞞に満ちた復興支援に対する糾弾、というより、ここに聴かれるのは住人同士の絆のもろさだったり、時には夫婦間の気持ちのすれ違いだったりする。空疎な五輪フィーヴァーが福島の現実を押し殺そうとしている、という監督の言葉は鋭くも重い。
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映画評論家
吉田伊知郎
最初は特定の感情が強く迫ってくるので押し付けがましくも感じるが、その後に続く証言は個々の価値観での決断と迷いが言葉に集約され、それぞれの表情と共に見入ってしまう。海外の原発事故を忌避した自身が逆の立場になったことを率直に語る人、繊細で力強い女性教師の言葉が印象深い。中でも原発事故で全てを失い、やがて息子も亡くした男性の語りには圧倒。訥々と息子が蝕まれていく過程を語る様は息が詰まる。上手く語っているのではなく、キャメラの前に宿る語りの力を実感。
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歯まん
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評論家
上野昻志
面白いこと考えるね。もっとも、男のセックス妄想のうちには、女性器に喰い千切られるという恐怖があるのかもしれない。それを裏返せば、本作のヒロインになるわけだが、物語の本道でいけば、歯まんである孤独を抱えて、女一人どう生きるかという方向に行きそうだが、そこはファンタジーというか、変態八百屋の死体を引きずっているのを、変だとも思わずに手伝ってくれる男が出てくるといった次第で、まことに都合がいいのだが、それは、全てが彼女の妄想だったからかもしれない。
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映画評論家
上島春彦
あまりにまんまなタイトル。初めてのセックスで恋人を死なせた少女の二週間強、という明快なコンセプトである。ワンアイデアで長篇はきついのではないか、と最初思ったが見事な仕上がりだ。ネタバレなので書けないが、少女に接近してきた風俗嬢の扱いが上手かった。じわっとサスペンスが盛り上がる仕組みになっている。少女があくまでも普通な性格で、それ故、彼女に降りかかる災難に観客も感情移入できる。この感覚に矛盾するが、ラストの血しぶきは彼女の聖性のサインなのである。
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映画評論家
吉田伊知郎
「椿三十郎」を思わせる男性器切断によって噴出する鮮血は「愛のコリーダ」→「愛のむきだし」を更新した感。身にまとった刃物で男たちの性器が切り落とされていくが、異形の喜劇ではなく、悲哀を軸にしつつ見世物性への目配せも怠らない作劇が良い。「マッドマックス」の女性たちが装着させられていた貞操帯の描写以降に作られる映画としては、自然に出現した貞操帯への視点をもう少し描いてほしかったと思うのはないものねだりか。脇の宇野祥平も川谷拓三的演技を見せてくれる。
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九月の恋と出会うまで
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映画評論家
北川れい子
何でこんなにヤヤコシいラブストーリーを作るんだか。壁の穴から聞こえてくる未来を知る男の声だと。その声に言われるまま、アパートの隣人・高橋一生を尾行して写真を撮るヒロイン。いくら“運命の人”絡みのタイムパラドックスものだといっても、アホらしくて付いていけない。その時間の逆行も何が何やら。家主が趣味で建てたようなアパートや住人たちも浮世離れしていて、一事が万事、ホンキになれない。もっと言えば、いつも遠くを見ているような高橋一生の二枚目演技にも食傷。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
想いびとの命の恩人である謎の未来人をシラノと名指すのは、“シラノ・ド・ベルジュラック”か。なるほど高橋一生のけなげさ、自分はその人物ではないと言う愛想づかしの場面などは非常にロマンチック。常に寝癖のアタマ、おたく的な早口&挙動不審、でありながら高橋一生以外の何者でもないあたりがファンに喜ばれそう。「一週間フレンズ。」と同様また川口春奈が受動的なヒロインをやってるという既視感も。タイムSF恋愛ものつながりで「君と100回目の恋」と二本立て希望。
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映画評論家
松崎健夫
噴水に落ちたボールを拾う川口春奈。その刹那、彼女の背後で水が噴出するショットは、映画の中の或る登場人物は勿論、観客も彼女に魅了されなければならない。それは、高橋一生演じる平野が“シラノ”となり、観客からも「彼女を見守らねば」という感情を引き出すためである。ボールを持つ手に注視すると、長い指で?むフォルムの美しさが強調されていることも窺える。また人生を前に進めるため、殻を破ることを卵に暗喩させるなど、劇中に様々なメタファーをちりばめた筆致も一興。
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天国でまた会おう
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ライター
石村加奈
原作者ピエール・ルメートルとアルベール・デュポンテル監督が共同脚本にあたり、華麗なる脚色を施すことで、原作ファンも映画ファンも楽しめる、幸せな映画に仕上がった。ラストシーンも秀逸だが、軽やかに戦争の責任者を糾弾するパーティーシーンが白眉。デュポンテル監督の冷徹な眼差しが冴える。美術、衣裳等趣向を凝らした作品世界の中でも、エドゥアールの心を表現する、美しい仮面が印象的だ。最後の青い鳥の仮面は、エドゥアールの涙がちりばめられ、光っているようにも見えて。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
ゴンクール賞小説の映画化で、セザール賞5部門受賞という非の打ち所なき栄光。ヌーヴェルヴァーグなんてこの地上に存在しなかったかのごとき「フランス映画の良質な伝統」を地で行く作りだ。顔面を破損した復員兵のために用意されるマスクを担当したのは、仏演劇界の著名な仮面制作者C・クレッチマー。全体として古色蒼然とした映画作法に停頓する本作にあって、最も精彩を放つのが彼女の手になる仮面で、それは仮面の主が死ぬまで脱がれることがない。「赤い靴」のように。
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脚本家
北里宇一郎
伝奇小説の味。それも絢爛な挿絵で彩られた。顔を半分失った青年。その美しさと醜さが並んだ容貌。仮面が、彼の心の裡を隠し、強調する。人間の魂を呼びこむようなそのデザインに、こちらも魅了されて。この青年の心を理解するのが少女というところに、ちらり「オペラ座の怪人」も匂う。狂言回しを務める戦友、その道化風キャラ。戦後も堂々と生き残る元上官の悪役ぶり。そんな大衆ロマン的装いを絞りに絞りこんだら、父と息子の愛憎譚が残った。青年の痛みと哀しみが胸に刺さった。
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君の結婚式
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批評家、映像作家
金子遊
何ごとも食わず嫌いが一番いけない。高校、大学、社会人になっても、ひとりの初恋の女性を想いつづける男の姿は絵空事だが、信じてみたいとも思わせる。高校のときの彼女と結婚し、二子をもうけている同級生がいるが、本人たちからすれば本作のような劇的なできごとのくり返しがあったのかもしれない。と書いたところで、言葉が尽きてしまった。2時間近く最後まで楽しめた娯楽作だが、この作品を評するための言葉がわたしには欠如している。今までいったい何をしてきたのだろう?
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映画評論家
きさらぎ尚
恋愛映画の王道、すれ違いでつづる長すぎる春の話なのだが、邦題から結末は割れている。ヒロインが母と二人で父親のDVから転々と逃げ回っている設定も、すれ違いを支える必要な要素になるにはなる。であっても内容にこれといった新しさはなく、就活の失敗など、ここ一番の大事を人のせいにしてうじうじする男に対して、利発で行動的な女の恋愛を、「タイミングの合わない恋」というだけのエピソードで引っ張るのは物足りない。尺も長い。でも主演の二人の感じの良さに★一つ進呈。
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映画系文筆業
奈々村久生
腐れ縁の男女のラブストーリーかと思いきや、現代の韓国に生きる平均的な男と女の半生を長い目で見つめたほろ苦い人生賛歌で、いい意味で期待を裏切られる。進学、就職とコマを進めて行くにあたり、若者が直面する問題や挫折がさりげなく盛り込まれていて、いわゆる「普通」とカテゴライズされるであろう人の身に起こるドラマを過不足なく再現している腕はあなどれない。初恋が成就したからといって幸せになれるとは限らないし、ほんの一言が命取りになるのもまた人間の定めなのだろう。
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移動都市/モータル・エンジン
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翻訳家
篠儀直子
この奇想天外な世界を説得的に視覚化するのは相当な困難だと思えたがまあまあクリア。スター不在のキャスト(余計なお世話じゃ)でこれだけの製作費を回収するのは果てしなく難しそうだが、続篇のほうが面白くなりそうなので、できれば続けてほしいところ。いちいち機械的に回想シーンを入れる凡庸さは何とかしてほしいが、宮崎駿の活劇を思い出させられるところもあり、意外なことに正統派恋愛映画でもある。ヒロインを追う人造人間のキャラクターが、哀しみがあってなかなかいい。
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映画監督
内藤誠
最終戦争で荒廃した地球が舞台。生き残った人類は移動型の都市で、より弱い都市を喰いながら存在しているのだが、移動する設備のデザインがなぜかノスタルジックなイメージなのがおかしい。移動都市ロンドンが遠景に見えて動きだしたときは、誰しもそのディテールに過大な期待をもつ。世界はやはり弱肉強食で、富裕層は高い所に住み、低地の労働者は難民のように描かれる。銃器をもって戦う場面になると、人間の物語なので、P・ジャクソン製作でも、普通のアクションものになっていく。
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ライター
平田裕介
ロンドンが小都市を捕食する冒頭は見入るが、都市や建物が疾走するアイデアはモンティ・パイソンの「人生狂騒曲」や「ハウルの動く城」「鋼殻のレギオス」などでお馴染み。また、デス・スター的兵器を抱えたロンドン、そこへ突入する戦闘飛行船群ととどめの刺し方、空中都市の造形とそこに敵が現れて崩壊するさまなど「スター・ウォーズ」をトレースしたような描写が続き、良くも悪くも同作の偉大さを痛感。プレスに載った、ウェイランド湯谷のTシャツを着た監督には親近感を覚えたが。
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グリーンブック
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翻訳家
篠儀直子
映画として特別冴えているわけではないし、これだけの長距離を移動していながら土地ごとの風土が映像にほとんど表われてこないのももったいなさ過ぎるのだけれど、主人公ふたりの魅力がそれらを補って余りある。「誰これ?」と言いたくなるくらい増量してV・モーテンセンが演じたイタリア系(!)のトニーも、一歩間違えばただの偏屈男になるところをM・アリがエレガンスと知性で魅力的に造形したドクも、好きにならずにいられない。車内でフライドチキンを食べるくだりは名シーン。
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