映画専門家レビュー一覧

  • あなたはまだ帰ってこない

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      マルグリット・デュラスの原作を映画化すると、どうしてこの人のカラーで染まるのか。占領下でレジスタンスをしていた女が、逮捕された夫の情報を聞きだすため、ゲシュタポの手先の男と逢瀬を重ねる物語が何ともデュラス的。それ以上に、主人公のマルグリットをフレーム内におさめつつ、彼女の意識の流れのようなモノローグを重ねる映像と音声の構造がまたデュラス的。「雨のしのび逢い」や「愛人 ラマン」、リティ・パンが撮った「太平洋の防波堤」を見直して本作と比較してみたい。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      ゲシュタポに突然連れ去られた夫の安否を気遣いながら帰りを待つ女性。映画と縁浅からぬM・デュラス原作に加え、夫の不在というシチュエイションの共通点で、彼女が脚本を書いた「かくも長き不在」を思い出してしまった。原作者とヒロインとの距離の近さを物語るかのように、待つ苦悩はもちろん、(愛人を)愛する苦悩に(夫を)愛せなくなってしまっている苦悩を、陰影を持って絡み合わせた演出が優雅。欲望に正直で奔放な女性をエレガントさを損なわずに演じたティエリー◯。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      結論から言うと、この小説の映画化はやはり困難だった。待ち続ける女の心理描写を正攻法で撮ろうとすれば映像表現はどうしても抽象的にならざるを得ない。特に後半、ゲシュタポの手先であるラビエとの接触が絶えてからはその色が濃くなり、彼が本作の生命線だったと言ってもいい。そのラビエを演じたブノワ・マジメル、いつの間にやらすっかり恰幅がよくなり……時の流れを感じるとともに、別人になったかのような容貌の変化を遂げても、役を魅力的に見せる俳優としての力量に脱帽。

  • THE GUILTY ギルティ(2018)

    • 翻訳家

      篠儀直子

      この題材ならラジオドラマでもいいのではと言われそうだが、映像ならではの工夫あり。目を引くのは、ほぼ主人公にしかピントが合っていない極端な焦点距離の浅さ。一瞬ディープフォーカスになったと思ったら、主人公がブラインドを下ろして後景を遮ってしまう。不用意な行動を自分ひとりの判断で取ってしまう彼の閉鎖性とこれは呼応していて、彼に自己開放の瞬間が訪れるのかどうかを、事件の推移ともども観客は追うこととなる。べらぼうに面白いが、この図式性が弱点と言えるかも。

    • 映画監督

      内藤誠

      緊急通報指令室のオペレーター、ヤコブ・セーダーグレンがかかってきた電話の相手の声とその周辺の音声を聴くことに神経を集中して事件に立ち向かうワンシチュエーションドラマ。ルメットの「十二人の怒れる男」のように多彩な演技陣の競演があるわけではなく、彼ひとりで、ときには苛立ちをみせながら、狭い空間のなかでひたすら見えない敵と戦う。デンマークの国立映画学校の卒業生たちが議論しながら仕上げたストイックで実験的な映画である。創意工夫で予算のある大作に匹敵。

    • ライター

      平田裕介

      音とセリフだけで構成されていると言い切っていいのだが、それでも携帯電話、スマホ、無線の向こう側の情景が観る者の頭にしっかりと浮かび上がってくるのはたいしたもの。というわけで慌てふためく者たちの会話に聞き入ってしまうわけだが、それゆえにうっかりして事件を俯瞰的に見ることができずにクライマックスでは主人公と一緒に驚いてしまう。感覚を研ぎ澄まさせながらも、その一方で鈍ってしまう部分も出てくる仕掛け。撮影も凝っており、目をおざなりにしていないのも◎。

  • サタデーナイト・チャーチ 夢を歌う場所

    • 翻訳家

      篠儀直子

      黒人男性でクリスチャンであると同時に異性装者でゲイであることの苦しさを、該当しない人間(たとえばわたし)が理解できると考えるのはきっと傲慢なことだ。でも、家出中に主人公が経験する孤独と屈辱の描写には、観る者を切実に揺さぶる普遍性がある。残念なのは、ローズおばさんひとりに悪役を背負わせてしまったせいで、主人公の苦しみの原因が大したことなく見えてしまうこと。キメキメに見せるのではない、ちょっとアマチュアっぽいミュージカルシーンに、独特の味わいあり。

    • 映画監督

      内藤誠

      ブロンクスに暮らす黒人の少年ユリシーズ(ルカ・カイン)は軍人の父の死をきっかけに女装をするようになる。監督自身、トランスジェンダーで、調査は万全であるとのこと。母の留守中、手伝いにきたオバさんはカインがハイヒールをはいている光景を見て、「黒人でゲイじゃ、将来、仕事にもつけないよ」とののしる。学校仲間にも「オカマ野郎!」とからかわれ、孤立無援。サタデーナイト・チャーチでLGBT仲間が歌い、踊り、語り合う場面が出てくるまで、カインを見ているのが辛い。

    • ライター

      平田裕介

      トラヴォルタのディスコ映画やエルトン・ジョンの名曲のせいもあってか、“サタデー・ナイト”というと弾けたイメージ。ミュージカルでもあるので、そうしたノリかと構えたが極めて真摯な姿勢の作品であった。原題をよく見たら“ナイト”が抜けているので仕方ないとは思ったものの、人種的にも性の面でもマイノリティであることの辛さをガツンと描いてはおらず、主人公が自身を解き放つ場となるヴォーグ・ナイトをクライマックスとしてしっかり据えていなかったりと、なにかと甘い。

  • アリータ:バトル・エンジェル

    • 翻訳家

      篠儀直子

      日本の漫画やアニメで見るような「デカ目」が、チコちゃん方式(たぶん)で実現。でもチコちゃんより表情が乏しく思えるのは、サイボーグだからで済ませてしまっていいのかな。語りの視点をいちいち移動させ、事態をあらゆる面から説明しているのが、この映画の場合あだをなしているようで、上映時間が異様に長く感じる。エピソードを削るか、視点を絞るかしたほうがよかったのでは。「アクアマン」のW・デフォーに続き、クリストフ・ヴァルツの演じるおじさんがとてもチャーミング。

    • 映画監督

      内藤誠

      木城ゆきとの原作をジェームズ・キャメロンが製作・脚本したということで大いに期待。サイバー医師のクリストフ・ヴァルツ(好演)が、クズ鉄町アイアン・シティのゴミ捨て場からサイボーグ少女アリータの首を拾い、治療のために持ち帰ったときは、ローサ・サラザールの人形みたいに大きな目を見ながら、この先どうなることかと心配したけれど、奇怪なサイボーグたちを相手にした彼女のアクションが始まると、たちまち感情移入。舞台美術が実にいいので、都市ザレムのディテールも見たい。

    • ライター

      平田裕介

      ピグマリオンコンプレックスを喚起させるようでさせない、ギリギリの妖しさを放つアリータの造形が素晴らしい。ボーイ・ミーツ・ガールとビルドゥングスロマンの王道をゆく内容で、彼女がこれまた天真爛漫なものだからその行方に一喜一憂してしまう。人間ではなくてサイボーグならおとがめなしだろうと、人体破損ならぬ機体破損がいちいちエグいのも素晴らしい。ただ、舞台となるアイアンシティが意外と楽しそうな街として描かれており、物語の核にもなる天空都市の存在が希薄に。

  • あの日のオルガン

    • 評論家

      上野昻志

      小学生(当時は国民学校)の疎開は、身近に知っていたが、保育園児の疎開が実際にあったというのは、初めて知った。国が進めた学童疎開と違って、就学前の子どもを自力で疎開させるということには、親の反対も含めて相当の抵抗があったと思う。それを押し進める戸田恵梨香演じる保母の厳しさと、子どもと一緒になって遊ぶ大原櫻子の無邪気さとの対照が、うまく効いている。総じて保母たちと子どもとの関係も自然でいいが、その裏面にある、親たちが東京で受けた戦争の表現が弱い。

    • 映画評論家

      上島春彦

      初の演出作品でここまで堂々たる大作を任されたら監督冥利に尽きるであろう。太平洋戦争下、保育園児の初の集団疎開という地味な題材。しかしながらキャラクターの描き分けが的確かつユーモラスなおかげで大いに楽しめる。直情径行型の戸田と、あまりに天然な大原のコンビが抜群だ。どっちを欠いても成立しない物語。田舎者の偏狭さのせいで淡い恋情が踏みにじられるエピソードは痛ましいものの、こういう現実は普通にあったに違いない。実話の教訓性を極力抑えた構成も効果的だ。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      過去に何度か企画されながら実現しなかった本作が映画化されたのは、ここ数年疎開やら空襲という言葉が平気で使われるようになった危機感の現れか。従来の学童疎開もののパターンから離れ、保母たちの女性映画になっているところが新基軸。幼児たちと同じ目線の大原と、彼女に厳しい戸田との関係性などは目新しくないが、やはり大原の存在が際立つ。ライブで観客を沸かせて歌う姿が、オルガンを弾いて園児たちと歌う姿にトレースされ、今の娘にしか見えない欠点を補って余りある。

  • 翔んで埼玉

    • 映画評論家

      北川れい子

      それにしても“隠れ埼玉県人”への踏み絵が“草加せんべい”とは、泣けるほどおかしい。こう書きながらも笑いが止まらない。ハロウィンのコスプレごっこのような衣裳も、ぶっとんだギャグコメディのビジュアル化として痛快で、宝塚の舞台から抜け出したようなGACKTのナリフリも似合いすぎて笑える。埼玉県人のこれでもかの自虐ネタが、卑下自慢ふうなのも愉快。関東各県の扱いもマジメにふざけていて、それなりにナルホド感がある。ただ関東圏以外の方がどう観るかチト心配。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      首都圏生活感覚がある人間ならわかるネタに基づく、良い意味でナンセンスで大仰なギャグ映画だが、根底には真実恐ろしいものがある。ボリス・ヴィアン『墓に唾をかけろ』を連想。出自に由来する差別への呪詛は犯し、殺しても足りぬだろうし、その復讐者は吊るされる。観ながらGACKTがそこまでやる・やられることまで一瞬想像した。埼玉を本気で蔑むことの奥にはそれがある。この“埼玉”は人種、国籍、出身地にも置換しうる。しかし観れば楽しく、振り切った、良いコメディ。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      かつて、区でも市でもない〈郡〉と呼ばれる地域に住んでいた頃、郡内のふたつの町は“海側”と“山側”で仲違いしていた。海側の町民が「田んぼばかりで工場もない田舎」とディスれば、山側の町民は「光化学スモッグで息もでけへん」と反論する。実に不毛であったことを思い出す。その点、本作で描かれる「埼玉に対するディス」は、自嘲することで相手を牽制させているというメカニズムが痛快。またセットや衣裳にこだわることで、魔夜峰央の世界を忠実に映像化している点も秀逸。

  • おっさんのケーフェイ

    • 映画評論家

      北川れい子

      山椒は小粒でもピリリと辛い、ということばがぴったりの、ハートフル&ハードボイルドの会心作。手作り風のダッチワイフ相手にプロレスの練習をしているおっさんと、プロレスに目覚めた少年の真向勝負。いや、闘うのは少年ではないが、おっさんの真実を知った少年と仲間たちが仕掛ける終盤のエピソ―ドには思わず拍手。おっさんが母親から貰った小遣いで通う風俗店・JKプロレスのくだりもくすぐったい。敵はリングの外にあり、という台詞も効果的。谷口恒平監督、頼もしい新人だ。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      川瀬陽太はもはや現代において人間存在のエルドラドのような役者になった。その夢見られる秘境の宝はマネーやゴールドではない。臭そうなおっさんが他の登場人物と観客に渡すのは自由とそれぞれの価値観を信ぜよという無形の黄金。本作は誤解による少年からの英雄視→なりすましをさらにひねった後、無用の人間の英雄以上に英雄的な立ち上がりかたを見せたのが良い。それは映る人物全員がいい顔をしてることに繋がる。あとチャラいダンスの五万倍はプロレスがかっこいいのも良い。

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