映画専門家レビュー一覧

  • 家族のレシピ

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      日本とシンガポールのハーフの青年が、家庭の味のルーツを求めてシンガポールにくる。ストーリーは多少無理のある家族ドラマだが、シンガポールの国民食になった海南鶏飯や伝統料理バクテー(肉骨茶)の背景にある、深い歴史や洗練された料理法に感心するばかり。そう、これこそ書き手としてのわたしが、アジア映画に活路を見いだした理由のひとつなのだろう。ラーメンという中華や和食が混淆した料理に、主人公が自分のアイデンティティを見いだすラストシーンにも心動かされる。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      まず食が題材の映画は、大好きなジャンル。ほとんどの場合、食・人・場所が分かち難く絡まりあい、ドラマに人情味があふれているから。この映画がまさに好例。ルーツをたどる過程で、日本とシンガポールの両国に刻まれた不幸な歴史が浮かび上がり、それぞれの国のソウルフードを融合させた新しい料理に着地。ストーリーと展開、そしてキャスト (特に斎藤工とビートリス・チャン)の、三者間の調和でドラマが豊かに。ただフードブロガーの存在が浮いて、それに水を差しているのは残念。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      昨秋パリで観たときは「ラーメンの味」という仏題で公開されていた本作。合作国でもあるフランスでは「お茶漬の味」的なイメージだったのだろうか。実際、原題の「Ramen Teh」の「Teh」はマレー語でお茶を意味し、劇中ではラーメンとバクテー(Bak Kut Teh=肉骨茶。バクテー自体にお茶は使われていないが)をはかることで、家族再建ドラマへと展開していくため、小津の連想はあながち的外れでもない……かも。グルメ描写や日本・シンガポールの国交プロジェクトとしてはなかなか。

  • マイ・ブックショップ

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      イギリス映画が苦手なのは、必ず主人公の前に田舎の保守的な空気が立ちはだかるからだ。これまでの人生、どれだけ保守派や伝統主義を名乗る人たちのせいで、迷惑をこうむってきたことか。彼らは立派な御託をならべるが、結局のところ本作に登場するガマート夫人のように、他人が自由に楽しく生きることを邪魔したいだけなのだ。若いときは「さまざまな考え方の異なる人とも交流して……」と考えたが、残りの人生の方が短くなった現在では、保守的な人間とつき合っているヒマなどない。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      保守的な田舎に他所者が本屋を開店しても、必ずしも周囲の賛同が得られない。それを承知の上で実行するヒロインの勇気と努力に監督コイシェの気質が重なる。劇中に登場する原作にない本『火星年代記』『たんぽぽのお酒』には彼女のこだわりも。特に読書が禁止されて本が燃やされる『華氏451』。トリュフォーによる映画に主演したジュリー・クリスティが今回ナレーション!? さらに映画の仰天の結末は、勇気のバトンの継承と理解した。力強く、本好きにはたまらなく愛しい映画。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      海沿いの田舎町は風が強く、空模様は常に曇りがち。ドラマは終始不穏な気配に支配される。本好きのヒロインを演じたエミリー・モーティマーは自分の好きなものややりたいことは正しいと信じて疑わない(実際それが間違っているとは言えないゆえに厄介な)潔癖さを絶妙に醸し出し、そういう頑なな姿勢がある種の人たちの反感を招くだろうなと思わせるところがリアル。一つのシーン内で同ロケーション、同アングルのショットがもたつくくだりも多く、映像としてはやや辛いところも。

  • イップ・マン外伝 マスターZ

    • 翻訳家

      篠儀直子

      「イップ・マン 継承」でとても魅力的だった敵役、チョン・ティンチのその後を描くスピンオフ。戦時中に各国で製作されたナショナリズム高揚映画みたいな匂いも多少するけれど、アクションシーンでこれほど興奮させられたのは久しぶりだ。振付けも素晴らしいが、動きに合わせてのまめなカット割りもキャメラの動きも、アクションを最も美しく見せることにひたすら奉仕しているのが素晴らしい。主人公が守ろうとしていた「普通の暮らし」を、的確に描写している冒頭部分も何気によい。

    • 映画監督

      内藤誠

      イップ・マンとの闘いに敗北し、武術を捨て、小さな食料品店を営みながら、息子を育てている主人公チョン・ティンチをどこか影のあるマックス・チャンが演じているのが適役。1960年代の英国植民地下で、必死に生きようとする家族の物語にしたことで、ベテランのユエン・ウーピン監督はパターンになりがちな香港アクションを活性化している。街並みはいささか嘘っぽいが、闇の世界から足を洗おうとするミシェル・ヨーの姉と悪に徹する弟ケヴィン・チェンのサブストーリーもあって派手。

    • ライター

      平田裕介

      香港&中国を蹂躙する外国人を倒すという話は本線シリーズと変わらないが、やはりM・チャンが演じた張天志を消すのは惜しいし、彼のアクションも観たいのでそのあたりは気にならず。しかも相手はT・ジャー筆頭に腕に覚えのある者ばかり、戦いも袖看板を跳躍するものから数十人をぶちのめす大立ち回り、そしてパワー重視の巨?西洋人との激突と多種多彩なのも◎。といっても、そこも本線と変わらないが……。武術家を引退した張天志が、木人椿を洋服掛けにしているのには笑った。

  • ウトヤ島、7月22日

    • ライター

      石村加奈

      11年7月22日、ノルウェー・ウトヤ島で起きた無差別銃乱射事件を、テロ行為発生から終息までに実際にかかった時間と同じ72分間ワンカットで映像化するという、大胆な手法で挑んだ本作。大胆な挑戦を支えるのは、監督の真摯な想いと事件被害者への緻密な配慮だ。ウトヤ島とは別の場所で撮影し、犯人の姿はほとんど映さず、銃撃パニックに陥った若者の姿にフォーカスすることで、突然犯罪に遭遇した人間の圧倒的な恐怖や絶望を観客に体感させる。ある意味フィクションの極地である。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      はっきり言うと北欧版「カメラを止めるな!」だ。夥しい数の犠牲者を出した現実の銃乱射事件の映画化だけに、ゾンビ映画に喩えるのは不謹慎の誹りを免れないかもしれない。しかし実話の厳粛さを「ワンカット長回し」という映画的な冒険で相対化したのは、本作の作り手側の方である。アクロバット的手法でテロ体験の恐怖に主観性をまとわせようとするのだが、その果てしなく持続するワンカットを眺める観客は、いつしかゲーム性の只中に置かれている自分を発見する。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      孤島に銃を持った男が乱入。キャンプ中の若者を無差別に殺害していく。72分間、ワンカット。逃げ惑う一人の娘にキャメラはぴたり寄り添う。凄い臨場感。限定されたアングルなので、状況がよく見えない。それが怖さを増幅させる。ただし映画自体もどこか窮屈で。犯人の背景とか心理が分からない苛立ちが。男が主張する移民排斥の思想。言うことを聞かぬと、こんな目に遭うぞという脅し。むろん映画はそれに対し抗議しているのだが、逆宣伝の危惧も。これ、少しリアルに溺れてる印象。

  • シンプル・フェイバー

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      見事に個性的なシナリオ。幼稚園のお迎えで知り合ったママ友が謎めいた美女のキャリアウーマンで、そこからプロタゴニストとアンタゴニストを対照的に描き、最後には主人公が成長して対立者を乗り越える。ハリウッドのエンタメ映画内でも、特筆に値するウェルメイドな作品だ。とはいえ、96歳で亡くなったジョナス・メカスが非商業的でオルタナティヴの、アンダーグラウンドな映画を擁護したのは、このような完成度の高さが非人間的な商品を生みだすだけだと知っていたからだろう。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      人妻の失踪から「ゴーン・ガール」を思い出したが、しつらえに時代の違いがくっきり。ママ友からのちょっとした頼みごとを引き受けたことがきっかけのこのミステリーは、フレンチポップスのBGMで始まり、A・ケンドリックのキャラ設定もブロガーなので、動画サイトを閲覧している気分に。SNS時代ならではのスピーディな、誰を信じたらいいか混乱させられる展開は面白い。それでも、彼女がB・ライブリーを探しに行くあたりからは、やっぱりそうなるか……の、限界も感じる。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      いくらなんでもミステリーとしてこのトリックはあまりに強引でトンデモに近い。女性同士のバトルや共犯関係をサイコパスVSサイコパスの応酬として描く視点は悪くないけれど、それとコメディとのマッチングが上手く成立しているとは言い難い。この監督は「ブライズメイズ」でも女の友情をいじり倒していたが、女性のイメージを無責任に笑いものにされているようで気分はよくなかった。現代のステップフォード・ワイフ的なアナ・ケンドリックの顔に貼りついたスマイルがひたすら怖い。

  • 運び屋

    • 翻訳家

      篠儀直子

      主人公にはイーストウッドがこれまで演じたすべてのキャラクターが重なり、「父と子」の主題が次々とずらされつつ変奏され、やがて「贖罪」の主題が浮上する、まさにイーストウッド映画! だが何よりもまず、コメディ、サスペンスとあらゆるジャンルを軽やかに横断し、やがて急転直下で観る者の胸を締めつける、相変わらずのこの手腕は何なのか。撮影が今回トム・スターンではないことと関係しているのか、90年代のイーストウッド(「パーフェクト・ワールド」等)もちょっと想起。

    • 映画監督

      内藤誠

      イーストウッドの映画を見続けてきたものには、全篇、思い当たる所が多く、画面にひきつけられた。園芸にうつつをぬかして家族をかえりみなかった老人を主演にすえるとは、脚本からして素晴らしいアイデアだ。彼が麻薬の運び人に利用されているとどこで気づき、また、悪事を反省しているのかどうかなど、はっきりさせない展開も、この主人公らしい。劇中の娘を実の娘アリソンが演じ、いろいろなエピソードもイーストウッドの私生活を反映しているようで、よくぞここまでやってくれたと思う。

    • ライター

      平田裕介

      ラストベルトとなったデトロイトや再び壁で騒がれる国境沿いが舞台と、アメリカについていろいろと考えてしまう要素がちりばめられている。だが、「ハドソン川の奇跡」同様に“お仕事映画”として鑑賞。稼ぎ方の選択やそれに伴う責任といったものだけでなく、年長者として父親としての本分といった意味での“仕事”も描かれる。もちろん、人たらしによる人情劇、クライム・ロードムービー、そして実娘と父娘役で共演することで醸されるイーストウッドの私映画としても見入ってしまう。

  • サッドヒルを掘り返せ

    • ライター

      石村加奈

      「続・夕陽のガンマン」(66)の伝説のシーンが撮影されたサッドヒル墓地が50年の時を超えて、映画ファンの手で掘り返されるというビッグ・プロジェクトの全貌に迫った本作。世界中からスペインの荒野に集まったファンと、彼らにビデオ・メッセージで、率直に感謝を伝えるエンニオ・モリコーネやクリント・イーストウッド、世界的ファン代表として『メタリカ』のジェイムズ・ヘットフィールドらの心の交流に、映画ひいては芸術の素晴らしさを感じて、観ているだけで胸が熱くなる。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      浦崎浩實氏のキネ旬連載『映画人、逝く』をまとめた美しい2巻の書『歿』を持ち出すまでもなく、墓参りは映画史にとってきわめて神経過敏な領域である。S・レオーネ監督「続・夕陽のガンマン」(66)ラストの有名な墓場の決闘が撮られたスペイン中部の渓谷をファンが再発見し、墓参りし、聖地として整備する。しかし当時のスペインはファシスト独裁。政権にとって兵士の有効活用が急務だったからこそ、壮観なロケが実現した。この皮肉へのより徹底的な追究こそ肝要ではなかったか。

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