映画専門家レビュー一覧
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ともしび(2017)
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映画系文筆業
奈々村久生
劇中でほとんど言葉を発しないシャーロット・ランプリング。その胸の内を探るため、彼女の一挙手一投足を見守る、息を詰めるようなスリリングな時間が至福。静かな彼女の生活をじわじわととらえる孤独と喪失を表現した音の演出がすごい。演劇ワークショップでの発声練習は奇声レベルだし、普段乗り降りする地下鉄の扉の開閉や水音など、ちょっとした生活音が人生を脅かす暴力のように響く。そこに投げ出されたランプリングの裸体が、かろうじて彼女の存在を現実に刻み付けるのだ。
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赤い雪 Red Snow
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映画評論家
北川れい子
寒々しく、ものものしく、いかがわしく、謎めいているが、映画が始まってすぐに“当たり”をつけたら、まさにドンピシャで、騙されるまでもなかった。被害者が結果として加害者だったというのはミステリーでは珍しくないし、記憶の一部欠落も防衛本能としてよく使われる手法で、そういう意味でこの脚本、底が割れている。但しこれが長篇デビューの甲斐監督、脚本はともかく演出はかなり達者。力のある俳優をカムフラージュ役に使うとか、度胸もある。それと別人のような夏川結衣!!
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
先日この欄のために観たオーガニック的な映画に関して興味深かったことはそれに出てくる農家酪農家漁師の役の俳優が一人を除いていわゆるイケメンではなかったこと。第一次産業顔とか第三次産業顔というものがあるのか。どうやらある。その点本作の役者は全員持続可能な存在感を湛えている。吉澤健、坂本長利をはじめ誰だかわからず味のある老人だなーと見ていて途中で気づいて納得。生の暗い面、思い出したくもない忌まわしいものをこそ映画は描いてほしい。それは叶っていた。
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映画評論家
松崎健夫
作品の舞台はいくつかの理由によって〈冬〉でなければならないと思わせる。例えば、降り積もる〈雪〉。重要な何かを覆い隠しながら、季節の変化によってその姿を消してゆくことで、時の経過により薄れゆく〈記憶〉のメタファーになっている。同時に〈雪〉は、血を想起させる〈赤〉を印象付けるためのモチーフでもある。また厳しい寒さは、人を屋内へと追いやる作劇上の装置として機能。そしてエンドロールの書体は、登場人物たちと同様に何かが“欠けている”ことをも表現している。
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七つの会議
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映画評論家
北川れい子
娯楽映画としての後味が微妙。主人公兼任で狂言回しを演じている野村萬斎の、歌舞伎仕立ての大仰な表情や口調が周囲の空気を乱していて、まるで独りパロディのよう。札付きのグータラ社員という役どころ。そんな彼が引き金となって、芋蔓式に会社の、そして親会社の悪事や欺瞞が露呈するというのだが、このくだりもまんまパロディ。しかもキャラクターも安っぽい。営業と経理部の子どもじみた確執や、ドーナツの無人販売騒ぎも観ていてこっ恥ずかしい。豪華な男優人も無駄使い。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
欠陥品とリコールについてチャック・パラニューク『ファイト・クラブ』によれば、流通する製品数(A)に推定される欠陥発生率(B)をかけ、さらに一件あたりの平均示談額(C)をかけたA×B×C=X、の、このXがリコールをしない場合のコストでXがリコールのコストを上回ればリコールがされ、下回ればされない、とある。これに日本的な肉付け(隠蔽など)をしたものが池井戸小説の世界であり、あともう少し世か人に事あらばこれは恐るべきリアル社会派として立ち上がる。
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映画評論家
松崎健夫
企業という巨大な組織の中でいち社員ができることは限られている。それでも不正に対して抗い“千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰ゆ”と信じることが重要であると描きながら、本作は厳しい現実をあえて提示する。「この世から不正はなくならない」という諦念は、日本の企業体質の伝統であるが、この諦念を良しとしない“鈍感なる不屈”のあり方を野村萬斎が池井戸節をもって体現。原作のエッセンスを凝縮させたスピード感ある展開、そして社会性とエンタテインメント性のバランスが絶妙。
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ナディアの誓い On Her Shoulders
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ライター
石村加奈
少年たちが海ではしゃぐシーンの後に、哀しい歌を切々とうたう少年のシーンが続く。光と影の二面性をまだ薄い肩に背負わされた、あの年頃の子供の苦しみに思いを馳せれば、ナディアの覚悟はまさに“決死”だろう。彼女のそばにムラド氏がいてくれてよかったと心底思う。ドキュメンタリーゆえに如何ともしがたいが、気になったのはアマル弁護士のファッション(リアルとはそういうものか、とも)。しかしそれ以上に、冒頭のナディアを囲んで写真を撮る男たちの異様な画の意図が知りたい。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
ISによる虐殺と女性の性奴隷化を告発する、すさまじい訴求力を持ったドキュメンタリーだ。構成は簡単で、被害者代表として起ち上がった女性が国連への働きかけに至るひと夏を追うだけだが、この短いスパンにしてこの密度に、見る者は粛然とさせられるだろう。「難民救済基金を起ち上げて援助活動をしよう」という者の提案を、元国際司法検事が「未来を見据えよ」と当座の救済策を否定するシーンは、作品の最も緊迫した局面だ。親密な食事を囲みながらそんな会話がある。
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脚本家
北里宇一郎
「バハールの涙」の女たちの武器は銃。ナディアの武器は言葉。ISISの迫害を受けたヤジディ教徒。その虐殺と性被害の実状を訴え続ける。が、事態はなかなか変わらない。人々の反応も様々で。キャメラは失望、焦燥、疲労した彼女の表情も捉えていく。その心の内に入るように。数年ぶりに故郷に帰ったナディア。泣き叫ぶ彼女の顔をちらり見せただけで、そこをクライマックスにしなかった。ここに監督の意志を感じて。闘いは続く。現実の記録を重ねて、一人の女性の不屈の精神を刻み込む。
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フロントランナー
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翻訳家
篠儀直子
ハンサムで聡明で論理的なゲイリー・ハートの魅力と欠点(それもまた魅力だが)をヒュー・ジャックマンがきっちり体現。でもこの映画は彼の物語というよりは、彼を中心とした群像劇。お仕事ドラマとして観るのも可能。ハートの活躍の裏で女たちが踏みつけにされていたことを示唆しているのがイマっぽい。スクープをものにしたマイアミ・ヘラルドの政治記者の複雑な表情も、ポスト紙の若い黒人記者が抱える行き場のない思いも心に残る。ピアノをフィーチャーした音楽もなかなかいい。
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映画監督
内藤誠
ヒュー・ジャックマンの演技からゲイリー・ハートがアメリカを良くすることに熱意を燃やす政治家であることは伝わってくる。だが、現代のわれわれからすると、とるに足りないと思える女性関係の質問について、彼がなぜ、もっと丁寧に答えてやらないのかと、いらいらする。政策とは別問題だと、上から目線で応じないのだ。一方、いまでは珍しくもないマスコミがどっと押し掛ける事態にはそれなりに慌てる。ライトマン監督はそんな時代の移り変わりをクールな演出で見せてくれた。
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ライター
平田裕介
公人として優秀ならば、私人としてのスキャンダルは許されるのか?政治家に対する過剰報道は、公人の適正ジャッジとして機能するのか?ゲイリー・ハートの失墜劇を息詰まるタッチで描きつつ、そのあたりもしっかりと考えさせるのはさすがジェイソン・ライトマンといったところ。彼と長く組んでいるE・スティーバーグによる撮影も素晴らしく、弁解しようがない醜聞を捉えた写真を携えた記者の来訪を機に、ゲイリーがすべての終わりを悟るまでを追いかけた終盤の長回しはお見事。
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メリー・ポピンズ・リターンズ
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翻訳家
篠儀直子
古典ミュージカル映画の感じをこれだけ踏襲している映画は随分久しぶりで、嬉しくなってつい星の数を奮発。その「感じ」に最も貢献しているのが素晴らしい楽曲群なのは言うまでもない。64年版を踏まえてどーんとバージョンアップしたアニメ合成シーンが楽しく、本物のミュージカルスター(ミランダ)と互角にわたり合うE・ブラントにまたもや瞠目。おまけにディック・ヴァン・ダイクが、64年版でバート役の傍らカメオで演じた役の息子に扮し、しかも踊るのだからもうどうしましょう。
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映画監督
内藤誠
ジュリー・アンドリュースの「メリー・ポピンズ」をロブ・マーシャル監督やヒロインのエミリー・ブラントが大好きだったことで、55年後の映画化も巧くいっている。街灯点灯夫リン=マニュエル・ミランダが歌と踊りと人柄のよさを感じさせる演技で冒頭から作品を引っ張り、傘を手に空から登場するブラントは堂々としてツンとすました顔。「クワイエット・プレイス」とはまた別の面を見せる。点灯夫たちの自転車部隊や風船の乱舞など、さすがディズニーらしい贅沢さで、楽しめた。
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ライター
平田裕介
VFXバリバリだが、前作の世界観を壊さないクラシカルな画作りを目指した仕上がり。伝説のアニメーター集団ナイン・オールドメンが手掛けたかのようなアニメーションと実写の融合はやはり楽しくて夢うつつの状態に。メリーが混迷の世を生き抜く術を子供たちに教える展開はいま風だが、主人公一家の窮地を救うのが投資だったというのは夢がなさすぎ。そのわりに夢と希望を持とうと訴える矛盾には、スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャスと唱えたくなる。
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雪の華
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評論家
上野昻志
難病ものから余命ものへ、という最近の恋愛映画の流れに乗った一作。余命1年のヒロインの恋愛、というのはお約束だが、彼女が幼時から病弱で、少女漫画の恋愛しか知らないとした点がミソ。そんな彼女は、偶然出会った男に、自身の病気を隠したまま契約恋愛を申し込む。いわば、恋愛ごっこの始まり。それが、いつ本物になるか、というのが物語を牽引していくのだが、そこでヒロインの少女漫画仕込みの「恋愛」と実際のそれとのズレがもっと出ていたら面白いのだが、そこまでは到らず。
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映画評論家
上島春彦
星は少ないが大いに楽しめる。病身の美少女が期間限定の恋人をお金で調達する、というコンセプトが抜群。と言っても汚らしい物語ではなく、あくまで純愛として成立させようとするのがミソである。そこにオーロラ観光もからめてムードは満点。でも三回もチャレンジしなかったら、もっと短い上映時間で済んだのではないか、と思わないでもない。そもそもなけなしの貯金が彼女にとってどういう意味を担っているのかがよく分からない設定なのだ。生活費と治療費はどうしているのだろう。
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映画評論家
吉田伊知郎
余命1年のヒロインが100万円を払って期間限定の彼氏を作るという設定は良く、最後に高らかに主題歌が流れる歌謡映画としては悪くない。彼氏とやりたいことに性交が入らないのは解せないが、病名も伏せられた余命は便利に使われるだけで、ヒロインに貯金が幾らあり、100万が痛い出費なのかぐらいは示して欲しい。中条は魅力的に映されているが、スローテンポな動きと喋りだからと映画の進行まで遅いのは困る。冒頭の2人の出会いを登坂が思い出す場面は盛り上げて欲しかった。
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バーニング 劇場版
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ライター
石村加奈
正真正銘イ・チャンドン映画(根幹は村上春樹の原作小説に通じる)。だんだんと見やすくなっていくミステリ映画に逆行したい監督の目論見通り、いろいろな読み解き方ができる。「華麗なるギャツビー」「死刑台のエレベーター」などの題材を含め、映画的面白さの詰まった連続的時空間の中、青っぽい闇のトーンに映える夕暮れ、焼かれたビニールハウスの赤。焼けおちる納屋ではなく、激しく燃え上がるビニールハウスが暗喩する正体に思いを馳せれば、ミステリというより青春群像現代劇、か。
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