映画専門家レビュー一覧
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クワイエット・プレイス
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翻訳家
篠儀直子
シンプルな発想とごく限られた場だけで、これほどの世界が描き出せるのかという驚き。この題材だから当然だけど、音響設計の丁寧さ。屋外撮影の美しさ。冒頭の悲劇がその後の家族に影を落とすという物語構造の力強さ。エミリー・ブラントの凄さにあらためて圧倒される。「ワンダーストラック」と「サバービコン」でそれぞれ注目された子役ふたりが存在感を発揮するのも見逃せない。特に、耳の聞こえない聡明な姉を演じたミリセント・シモンズが、思春期の鬱屈もにじませて素晴らしい。
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映画監督
内藤誠
ホラー映画の表面に子どもが出てくるのはイヤだという人もいるが、ファミリーの人間関係をテーマにしている作品で、子どもの感情など、うまくとらえている。音をたてたら、何かが襲ってくるという恐怖の正体も段階を踏んで怖くなるように仕組まれ、一家が住んでいる場所の荒らされ方が映像として説得力があった。生理的にいたたまれないシーンも、監督とヒロインが夫婦だということで自然に見ていられた。ホラーというジャンルは次々に工夫をこらして、新手を提供してくれるのが楽しい。
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ライター
平田裕介
“音鬼”とでもいうべきか。鬼ごっこ的なルール性はホラーやスリラーを盛り上げる大事な要素。本作のルールは実に単純でわかりやすいだけでなく、どんなに恐ろしくても声を出せないという超絶望的状況までも作り出して巧い。また家族だけの狭い物語ながらも、世界が滅亡状態になっていることをしっかり感じさせる点、ダレなしの90分にまとめた点も見事。短尺ゆえに肝心の出産をめぐるシーンが薄くなっているが。なにかしら声を上げると叩かれる世相を反映した作品と捉えるのも一考。
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かごの中の瞳
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批評家、映像作家
金子遊
映画の前半では「もしや傑作なのでは?」と胸が高鳴った。視力を失ったヒロインの知覚を映像的に表現するために、監督はわざとピントを外したイメージをCGで加工し、いくつもの不可思議な形象や色彩を生みだして目を楽しませてくれたから。しかし、彼女が角膜移植を受けたあとの俗なストーリー展開には意気消沈。そもそも白人の夫婦、白人の医師、白人の愛人や友人たちしか登場せず、しかも新婚旅行はバルセロナ。何のために舞台をバンコクにしたのか、必然性が感じられない。
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映画評論家
きさらぎ尚
確かに[恋は盲目]である。それまで見えなかったものが見えた場合はどうなるか。夫は想像していたほどではなかったケースでは[見ぬもの清し]となる。視力を取り戻した妻がメイクにファッションが派手に、行動も活発になり、その結果夫婦関係も変わるといった話に納得。輝きを増す妻に対して、気持ちが沈んでいく夫という図式は常道だが、エスカレートする夫の嫉妬がミステリーをより不気味にする。彼女の視力に合わせた心理テストのような映像やサウンドもそれなりに効果を発揮。
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映画系文筆業
奈々村久生
地味な髪色に服装で、冴えないけれど優しそうな夫と、慎ましく暮らすブレイク・ライヴリー。かつてのゴシップガールも結婚して二児の母になり落ち着いたかと思いきや、そうは問屋が卸さない。視力が戻るとともにブロンドにカラーチェンジして華やかなドレスを身にまとえば『ゴシップガール』のセリーナ節が全開。ささやかな幸せが危うい格差の上に成り立っているのはチャップリンの「街の灯」から変わらぬ人間の悲しい性だ。恋愛の本質がパワーバランスであることの残酷な証明。
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純平、考え直せ
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映画評論家
北川れい子
1にタイトル、2に歌舞伎町、3、4がなくて5がSNS。ホント「純平、考え直せ」というタイトル、私としては流行語大賞ふうに当分使い回したいくらい気に入っているのだ。“純平”の代わりに、どんな固有名詞を入れてもサマになるのだから。それはともかく作品の方は、かつての東映Vシネマふうで、どうも古くさい。その古くさい話に、SNSによる野次馬のメッセージが重なっていくのだが、当のチンピラ純平には届かないというのがミソで、SNSの正体見たり、ムダなやりとり!?
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
野村周平が古風な感じのチンピラを演じていてそれがなかなか似合ってる。古風といえばチンピラ青年の恋人になるヒロインの柳ゆり菜についてもそう感じるが、それらはイヤな感じではないし、要は非情なるこの平成ラストイヤーにちゃんと対面式のエモーションを持っていてそれを発動できる人間がいると絶滅種に遭遇したような気持ちになることをそうも言う、というか。SNSとやくざ、「鉄砲玉の美学」プラス「電車男」、も面白い。本当ならもっと邪悪な書き込みばかりだろうが。
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映画評論家
松崎健夫
ロケを多用することは、その時代を記録することにも繋がる。本作で描かれる〈新宿〉は、まさに“いま”を記録したものとして、のちの評者が何かを見出すに違いない。それは限られた“いま”を切り取っているからでもある。限定商品の争奪戦が行われるように、人は“限定”に弱い。その“限られた時間”を主人公と共にするヒロインを演じた、柳ゆり菜の眼力。彼女の眼差しは“強さ”を導き、作品全体の空気感をも構築させているだけでなく、終幕の儚さをも際立たせているのである。
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バッド・ジーニアス 危険な天才たち
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批評家、映像作家
金子遊
2年前、バンコクのシーナカリンウィロート大学で講義をした。大学生も制服姿なので高校生みたいに見えるのだが、タイに本格的な学歴社会と受験戦争が迫っているのを感じた。中国で起きた実話がモティーフとのことだが、カンニングの手口が推理小説のトリックのようで見事。銀行強盗ものでは、観客は犯人の視点に同一化して一緒にハラハラするが、本作のクライマックスも同様で「何とか逃げ切って」とカンニング大作戦を応援してしまう。学歴社会なんかカンニングでぶち壊せばいい!
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映画評論家
きさらぎ尚
生徒に正気を失わせるまでにタイでも受験は熾烈だったのだ。でも貧しいヒロイン=天才的頭脳の持ち主、金持ち=頭の良くない生徒たちという設定に加え、持てる側が持たざる者を利用するといった筋立てが、何だかなあ……。受験に血眼になる高校生の軽さが面白いので、いっそこのノリで入試制度をぶち壊す方向に展開するとか、もうひとひねりあってもよかったかも。時差を利用したカンニング・ビジネスは、飛躍し過ぎてリアリティが不足。見どころは、ヒロインの高校生らしい動揺ぶり。
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映画系文筆業
奈々村久生
今月引退した安室奈美恵も、かつて「That's カンニング! 史上最大の作戦?」で女子大生を演じていたが、フランスの「ザ・カンニングIQ=0」に代表されるカンニング大作戦ものはこの度タイで再ブレイク。現代ならではのIT技術と昔ながらのアナログ戦法の合わせ技を、的確なカット割りと編集で操り、やや飛躍した展開もエンタメにひとまとめ。ヒロインは並外れたスタイルの良さと、愛嬌をかなぐり捨てた苦虫フェイスの豊かなバリエーションで、じわじわと惹きつける味がある。
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世界が愛した料理人
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ライター
石村加奈
素材はいいのに、調理法を間違えたような残念な印象だ。史上最年少でミシュランの三ツ星を獲得したスペイン・バスク地方の料理人・エネコの「(料理における)魂とは何か」というロマンティックな問いと、世界最年長の三ツ星シェフ・小野二郎の達観した答え(感動的な人生訓!)がうまく呼応していない。同じ日本料理人でも、山本征治や石田廣義夫婦の方が、エネコの疑問に率直に答えてくれたのではないか? と思う。斬新な編集も、それぞれの哲学を活かしきれず消化不良。もったいない。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
バスク自治州の若きシェフ、エネコ・アチャのポジティブなオーラは見ていて気持ちがいい。彼の料理を食べたことはないが、彼の先輩ベラサテギの料理はバスクで食べたことがあり、素晴らしかった。2人で海中ワインセラーから引き揚げたチャコリ(バスクの微発泡白ワイン)を船上で試飲するシーンには同志的交感が満ちる。翻って日本ロケ分は平凡。「龍吟」を削ってでも「壬生」をもっと掘るべきだった。「すきやばし次郎」のパートは「二郎は鮨の夢を見る」の同工異曲の感が拭えない。
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脚本家
北里宇一郎
すきやばし次郎の映画は5年前に「二郎は鮨の夢を見る」があって。今回もその繰り返し的で、あまり新味はない。スペインの三ツ星レストランのシェフが登場して、そのワインや野菜づくりの取り組み方、料理に対する哲学などが語られる。なるほどと思う。だけど料理は見るものじゃなく口にするもの。いくら語っても、その味は届かない。そこを工夫するのが演出なのでは。なんだかカタログ映画というかBSの番組に見えてきて。スクリーンで観るにはもうひとつ奥深さが必要なのでは。
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コーヒーが冷めないうちに
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評論家
上野昻志
原作は未読だが、脚本が奥寺佐渡子と知って期待して見たのだが……いや、マイッタね。最初に、過去に戻れる椅子に座りたいという波瑠の、演技にしても過剰に高飛車な態度に引いたのが始まりで、あとに続く、心温まるエピソードも、なかば白けた感じで見ることになった。極めつけは、最後の、数(有村架純)が亡母に逢いに過去に戻る話だ。彼女は、娘が煎れたコーヒーを飲んで過去に戻ったというのだが、生まれていない娘を未来から呼び出すためのコーヒーは、誰が煎れたのか!?
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映画評論家
上島春彦
喫茶店の、ある席に座ると過去に戻れるという設定。挿話をつないでいくオムニバスっぽい作りだが、やがて喫茶店の娘さんの側の事情が前面に現れ、話が深まる。細かい規則のせいで、ファンタジーというよりゲーム的な感触が強い。最初、味気ない印象だったが喜劇的な趣向を組み込んであり、設定自体を笑う雰囲気が強調される。問題の規則にがんじがらめになり、主人公は動きが取れなくなるものの、そこを起死回生のプランが救う。悪魔の契約じゃないので安心して見られるのが特徴。
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映画評論家
吉田伊知郎
あざとそうな挿話が並び、〈4回泣けます〉なる直球の惹句にも鼻白み、タイムスリップのルールも細かすぎて、小説ならまだしも映画では不自由にしかならないと思っていると、巧みな語り口に引き込まれる。奥寺佐渡子の脚本だけに「時かけ」同様、寓話と現実との配分も申し分なく、泣きを過剰に見せない塚原演出とも調和。吉田羊が縦横無尽に動き、主舞台となる喫茶店の狭い空間を制するのも良い。とはいえ、この脚本でアニメ化した方が相応しかったのではと思ってしまったのだが。
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パパはわるものチャンピオン
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評論家
上野昻志
父親の仕事を知ろうと、後をつけてみたら、なんと、その名もイヤなゴキブリという悪役レスラーだった……と知った息子の落胆と、ヒールという役柄を理解してもらえない父親の悲しみが自然に伝わる。だから、なんとか息子の信頼を取り戻そうとした父親が、Z-1クライマックスにチャンスが巡ってきたとき、仮面を捨てて戦うものの敗れるという展開が効いており、それがあるから、トップレスラーとの対決では、敢えてゴキブリとして戦うというのも生きる。それぞれの試合シーンがいい。
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映画評論家
上島春彦
お父さんが悪役プロレスラーだと知った少年、祥太の物語。基本たわいないし想像した通りの終わり方だが、それでいいのだ。そこにたどり着くまで、盛り込まれたアイデアの豊富さに驚かされる。特にいいキャラが、将来プロレスおたくとなるのは間違いない小学生の女の子(祥太の同級生)マナちゃんと、れっきとしたプロレスおたく編集者ミチコさん。二人が祥太を鼓舞したり叱ったりすることで話が進む構成である。祥太がクラスの机に上って、お父さんのように吠える場面が素晴らしい。
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