映画専門家レビュー一覧

  • 私の奴隷になりなさい第2章 ご主人様と呼ばせてください

    • 映画評論家

      上島春彦

      映画を見終わって、改めて題名を読むとやたらとおかしい。事前に考えていたことと完全に逆の意味になっているからだ。そもそも神父による冒頭の結婚の誓いのリハーサルからして妙だ。主人公も思わず聞き返すのだが、悪魔の誓いみたいに取れる文言なのだ。この映画の特徴は、簡単な言葉の意味のはらむ罠的構造に脚本家が鋭敏なところである。主人と奴隷が誰と誰だったのか、観客はやがて分からなくなってしまう。調教される女がセックス中、監視カメラに送ってよこす視線が効果的。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      待たされすぎた感もある城定のメジャー進出は、ロマンもポルノもある上質なエロスへの昇華が精彩を放つ。SM・調教が男目線の古めかしい価値観でしか描けないのは作り手の怠慢にすぎないとばかりに、現代に相応しい性の解放を繊細に描いてみせる。若松プロの新作で小水一男を演じた毎熊が、寺島まゆみの娘と交わるとはポルノ映画の悦楽交差点である。「聖なるもの」で映画音楽と抜群の相性を見せたボンジュール鈴木のカバー曲も際立ち、城定映画第2章の始まりを祝すかのようだ。

  • 太陽の塔

    • 映画評論家

      北川れい子

      わっ、わっ、解説と解釈と考察と推察などetc.、岡本太郎と“太陽の塔”について語る錚々たる方々28人のことばの洪水に押し流され、結局、気が付けば、このドキュメンタリーを観る前と同じ状態に戻っていて。ことばによる情報は次のことばによる情報にすぐとって代わり、また次のことばが……。土偶や土器に関する情報も鮮度不足で、そもそも映像クリエイターだという関根監督の太郎観が見えてこない。他人のことばにおんぶにだっこ、ちょっとヤラセ映像を入れたドキュでした。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      比較するのもおかしいが本作は先頃公開されたドキュメンタリー(PR映画?)「ピース・ニッポン」(監督中野裕之)の五万倍は良く、観甲斐がある。だがそれだけに本作の編集しすぎ、話者の発言の刻み方は気になった。また、本作と企画のパルコは、岡本太郎が表現し、赤坂憲雄、関野吉晴、Chim↑Pom、西谷修らが語った認識や世界への批判を受け止められているのか。……もっとも本当に爆発してしまえばまとまらないが。切り下げて成立した? と疑い続ける。しかし観られてほしい作品だ。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      太陽の塔は「20世紀少年」でもモチーフにされていたが、設計者・岡本太郎は誰も想像できなかった未来を“よげん”している。〈人類の進歩と調和〉という大阪万博のテーマにあえて異を唱え、やがて科学の進歩が導くであろう未来の危機に対して警鐘を鳴らしていたのだ。彼の創作意図を、本作は21世紀の日本社会と対比させながら考察してみせている。つまり、太陽の塔を描いたドキュメンタリーの姿を借りながら、物言えぬ傾向にある現代の日本社会を批評してみせているのである。

  • 黙ってピアノを弾いてくれ

    • ライター

      石村加奈

      初めてピアノ曲『ジェントル・スレット』を聴いた時、シンプルかつピュアなメロディに驚かされたが、本作中でゴンザレスが語る「僕の中のサティ」という言葉で腑に落ちた。キリストより父親が絶対的存在の家で育った音楽少年は、カナダの大豪邸を飛び出して音楽の道を突き進む中、自分の居場所を見つけ、子供の頃の夢を叶える。自分の人生に代役など立てられぬという美しい人生哲学も彼らしくユニークに表現。ウィーン放送交響楽団とのライブでのクラウド・サーフィンにわくわくした。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      ミュージシャンのドキュメンタリー世に多しといえど、錯乱した本作にひそむ美を見落としてはなるまい。フェイクとリアル、混濁と飛躍、喧噪と静寂、引き延ばされた興奮状態と、秘かにこぼれる悲しみが、リレー式に交代していく。ウィーン放送響の指揮者が「彼はドイツやオーストリアの音楽学校に合格しまい」と述べるが、その前後でウィーンの聴衆にむけた攻撃的なピアノの一打は誰にも出せない超絶音だ。9月にリリースされたばかりの新譜『Solo Piano Ⅲ』も必聴の1枚。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      ご本人は自分はアーティストではないと言う。エンターテイナーだと。でも、ただの目立ちたがり屋のパフォーマーにしか見えない。チリー・ゴンザレスの演奏をじっくり聴きたいと思った。断片的なライヴ映像の連なりじゃなくて。そちらはCDで間に合うとでも考えたのだろうか。音楽家の記録映画なのにその魅力が伝わってこない気がする。作り手が彼の言動に合わせすぎだと感じた。一緒になって面白がって、批評の眼を忘れたような。それとも最初からこれ、プロモーション映画だった?

  • 運命は踊る

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      イスラエルを訪問したとき、政府の人種隔離と入植の政策に怒りを覚えたが、実は最も傷ついているのは現場に送りこまれる兵士や国民なのだろう。本作で重要なのは物語ではなく、ブラックな笑いで政治や社会を皮肉る寓意的な仕かけだ。国境の検問所に置かれた宿舎であるコンテナは、日に日に傾いて沈んでいく。軍もラビも兵士の遺体を取りちがえるほど、無気力で能力を欠いている。国民はフォックストロットのステップを踏むのだが、必ず同じ場所にもどってくるしかないあり様なのだ。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      単なる偶然と片付けてしまえばそれまでだが、そうと割り切れないのが運命の厄介なところ。主人公は軍から届いた息子の戦死と誤報の知らせを運命と受け止めている。それを3章からなる物語にしたこの映画は、S・マオズ監督の構成が優れてユニーク。イスラエルの現実をエピソードに取り込みながら、第3章に至ってストーリーの全貌が読め、エンディングで運命の正体が明かされるので、理解力・想像力が途切れると未消化になるかもしれないが、読み解き作業は映画をみる醍醐味でもある。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      寓話的なストーリーテリングとヴィジュアル的に作り込まれた構図、シニカルな世界観に「ザ・スクエア 思いやりの聖域」を思い出す。映像に込められた意図や、モチーフであるフォックストロットの形式に縛られて、完成度の高さが逆に頭でっかちな印象。ただ、息子の戦死をめぐる両親の感情的なドラマが語られる第1部から一転、当の戦場でのぬるい光景が描かれる第2部では、その退屈さがいい仕事をしている。被害者が他人だったら関係ないという、幸運の裏に宿る利己的な側面が生々しい。

  • 愛と法

    • 評論家

      上野昻志

      なんといっても、カズとフミという同性カップルの弁護士二人組が面白い。彼らの柔らかさというか、自然体で外に開く姿勢が、カズマという少年の寛ぎにも現れている。彼らが関わる裁判が、いずれも表現の自由やマイノリティーの権利に関わる事案であるのも、この二人ならではと思う。そこでは現在の裁判官の質も問題にされるが、無戸籍者についての裁判は、些かわかりにくい。どうせなら、『日本の無戸籍者』の著者である井戸まさえさんにもっと語ってほしかった。選挙運動もいいが。

    • 映画評論家

      上島春彦

      しょっぱな日本人の悪口が字幕で語られ、保守な私はかちんときたのだが、偏狭な制度の犠牲者に手を差しのべる弁護士カップルの話だから文句は言えない。このカップルが同性愛者、というのがミソ。裁判の事例同様、彼らのパーソナリティと生活も面白い。二人の同棲生活に一人の孤児が転がり込んできて、という展開はドキュメンタリーというより劇映画になりそう。現在の婚姻制度の偏狭性を冷静に批判する弁護士に食ってかかるバカが現れ、私も字幕の正当性を認めざるをえなかった。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      息の合った弁護士の〈夫夫善哉〉だ。大阪人らしい能弁な2人の会話が心地いい。戸籍、思想信条、わいせつなど彼らが手がけるのは根源的な自由を揺るがす案件ばかりだ。同性婚を行った自分たちの境遇から、扱う事件にも感情的になりそうだが、柔和な姿勢を崩さずに当たり前の権利を手にしようと軽やかに動き続ける姿が胸を打つ。少年犯罪の被害者の母親から電話口で国籍を詰問された時の一瞬見せる憤りとやるせない表情、だが直後にそれを口にしてしまう相手を慮る姿も忘れ難い。

  • 散り椿

    • 映画評論家

      北川れい子

      オールロケーションの美しい映像と、映りのいい人物配置や動きを先行させた画面設計が、逆に物語を小粒化しているのがもったいない。とにかくすべてが映像優先、人物やドラマは映像の引き立て役のような扱いで、いくつかある斬り合いの場面も舞踊の振付のよう。どこかにはみ出したような躍動感がほしかった。小泉尭史の脚本も説明台詞が目立ち、固有名詞の連続も誰が誰やら。登場人物が多いわけでもないのに。奥田瑛二の一人悪役も実に安易。あ、でも岡田准一と黒木華の姿勢はいい。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      もう何度かある種の映画好きどうしでその話はしてる。谷垣健治あるいは下村勇二コーディネートの岡田准一VS佐藤健。それが二十一世紀版「無敵のゴッドファーザー ドラゴン世界を征く」の倉田保昭VSブルース・リャン、「殺破狼」のウー・ジンVSドニー・イェン的な達成をしないか、と。本作の岡田氏の動きが久世竜=三船の“三十郎”殺陣より「将軍家光の乱心 激突」における千葉ちゃんに近かったのは大きな一歩だ。いや、そもそも女性の描写とか、トータルにいい映画だ、本作。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      正しい行いが、必ずしも人を幸せにするとは限らないという不条理。そんな厳しい現実に左右されることなく四季は巡る。雪が舞い、風が吹き、陽炎燃え、紅葉する山々。そして、冬から春にかけて花期を迎える椿の花。本作は、現代人が何処かに置き忘れてきた「己のためではない美徳」が描かれている。その美意識は、構図における人物配置によって視覚的にも訴求。流布された噂を信じがちな傾向を「今も昔も同じだ」と描くことで、時代劇の体を借りながら現代社会を批判してみせている。

  • クレイジー・リッチ!

    • 翻訳家

      篠儀直子

      アジア系といえばエキゾチシズムをけばけばしく強調された女性や、セックスアピールをまるで持たないものとして扱われる男性を見せられることが、ハリウッド映画では多かったわけだけれど、この映画に登場する男女優は、アジア人観客も憧れるナチュラルなゴージャスさ。「オーシャンズ8」では活躍を抑えられていた感のあるオークワフィナが、本領を発揮して強烈な印象を残す。エンドロールで流れる彼女のラップのほか、劇中で流れる中国語のジャズやポップスも癖になるかっこよさ。

    • 映画監督

      内藤誠

      シングルマザーに育てられ、苦労してニューヨーク大学教授になったレイチェル(コンスタンス・ウー)は恋人のニック(ヘンリー・ゴールディング)と彼の故郷シンガポールにやってくるのだが、実はニックが不動産王の御曹司だったというところから、大騒動になる。観光的に美しく撮影されてはいるのだけれど、製作者たちはこの国にシニカルだ。ロケ地もファッションも豪華に見せがら、登場するセレブたちがみんな拝金主義者で、同じアジアの者として、笑いが凍りつく場面もあった。

    • ライター

      平田裕介

      オール・アジア系スタッフとキャストの本作がアメリカで大ヒットしたことは快挙だし、意義があるし、相当な事件だとも思う。ただし、中身自体は格差愛(その差が途方もないレベルだが)を描いたウェルメイドなラブロマンス。そうした華やかな聖林的作品をアジア人でやってのけたことが痛快なのもわかってはいるが。主人公男女の対比的存在として登場する格差婚夫婦をめぐるドラマもなんだか中途半端。親子役で登場するオークワフィナとケン・チョンは持っていきっぱなしで◎。

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