映画専門家レビュー一覧

  • ベネシアフレニア

    • 映画執筆家

      児玉美月

      終盤のフックで吊られた死体などの残虐描写やヴェネチアの街並み、カーニバルの仮面をつけた排他主義者たちの仮装といった美術をはじめとする視覚的要素は、この映画を一見の価値があるところまで高めているが、特に若者たちが観光でハメを外す姿を描いてゆく導入部分は映画を本格的に楽しむまでの忍耐の時間のよう。この星取りでも最近取り上げたSNSを悪とする「デスNSインフルエンサー監禁事件」然り、作り手側の教訓が透けて見え過ぎてしまう瞬間があるのはどうなのだろう。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      あまりにもしょうもない動機にかられて殺人を繰り返す仮面道化師たちは滑稽ですらなく、12歳以上の観客の恐怖対象にはなりえないだろう。しかし、数々のジャーロ映画への愛に溢れた本気のオマージュはなんとも微笑ましく、ホラー・コメディとして、あるいは幻影のような水都ヴェネツィアのロケーションを隅から隅までとらえたツーリズム映画としてなかなか充実した時間を過ごすことができた。そして改めて手持ち撮影のスペイン映画には意外といけているものが多いことも付記したい。

  • 高速道路家族

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      厳しい社会のリアリティを追求するのか、おとぎ話のような性善説を強調するのか。あまりに中途半端な設定と、家族への自己犠牲や奉仕の精神を過剰に強調する脚本には首を傾げざるを得ない。また、家族がホームレスとなった原因として、申し訳程度に父親が過去に騙された経験を示唆することは、そもそもなぜ彼が働けないかの説明としても説得力に欠けるし、周縁化された人々の苦難に寄り添うどころか、単に可哀想な被害者として記号的に消費しようとする態度の現れでしかない。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      犯罪者や加害者は、より広い視点で見ると、より大きな悪事の被害者でもあるという構図は、それ自体特に創造的な視点ではないにしても、十分にわかる。しかし、その加害者でもあり被害者でもある、というバランスの調整がうまくいっておらず、しばしばキャラクターが豹変し、映画を壊してしまっている印象。いままでは軽いコメディタッチの様相だったのが、急に夫が発狂して暴れ回り観客を置いてけぼりにするシーンなどは、そのバランスの悪さが端的に現れているように見えた。

    • 文筆業

      八幡橙

      明らかに「万引き家族」+「パラサイト」路線を狙ったと思われるが、描かれる貧困から社会的背景や現代の抱える病理はほぼ汲み取れなかった。なぜ父親は働かないのか。なぜ無計画に子供を増やし、妻子に路上生活を余儀なくさせるのか。その理由が最後までわからない。それでは寸借詐欺も笑い飛ばせず、深刻な泣きの演技に涙することもできない。演出以前に、思わせぶりな空気のみで乗り切ろうとした脚本の問題か。子役二人の頑張りと、新たな一面を見せたラ・ミランがもったいない。

  • レッド・ロケット

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      トランプ大統領選出間近のテキサスを舞台に、ホワイト・トラッシュの現在をリアルに切り取ったドキュメントの要素を持ちつつも、登場人物たちの愚かさや欲望をどこか突き放しながら決して否定もしない絶妙な距離感で捉えることで、あたかも「ブギーナイツ」を受け継ぐかのような、優等生的な社会派映画にはない広がりを獲得できている。また、彼らの空虚さともシンクロする空漠としたテキサスの気候や空気感を16ミリフィルムとシネスコで捉えようとする戦略も見事にハマっている。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      一見なにも起きないような、地味で下らないお話でも映画は面白くなることは、みんな知っている。そうは知っていても、なにも起きないようなお話で映画を撮る人はなかなかいない。だから、それだけでもうその映画はすごいと思う。そんな限られた退屈なお話を撮ってしまうすごい人は、退屈であることそのものを撮る。なるほど、その手はあるな、と思う。それらに比べて本作はすごい。退屈でくだらないお話を、めちゃくちゃ楽しそうに撮っている。その手があるのか。驚いた。

    • 文筆業

      八幡橙

      フロリダの次の舞台は、並んだ工場が煙を吐き出すテキサスの田舎町。ショーン・ベイカーは今回もやはり、どん底暮らしの中で日々あがく、どこか滑稽で自分勝手で、なのに憎めぬリアルな人間を活写する。スッカラカンで故郷に戻ってきた元ポルノスターが仕事を求めて、だだっぴろい道をふらふらと自転車で駆け抜けてゆくさまは、まったく環境が違うとはいえ山下敦弘監督の「ばかのハコ船」を思い起こさせた。SNSや街中で新人を発掘することで知られる監督独自のキャストがまた絶妙。

  • 午前4時にパリの夜は明ける

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      不眠症気味の彼女は、朝方までマンションの窓から街を眺める。何かとうまくいかない。失敗しては泣いてばかりいる。ホームレスの女の子と息子が橋で話すシーンがいい。橋から落っこちてびしょびしょの二人。火に当たりながらぎこちないキスを交わす。女の人も図書館で会った誠実そうな男と恋に落ちる。男とのセックス。胸に手術の跡。「気になる?」。彼女にもいろいろあったんだとわかる。家族三人で踊り始め「あなたも入って」とホームレスの女の子も一緒に踊るところが良かった。

    • 文筆家/俳優

      睡蓮みどり

      ミカエル・アース監督の息遣いというものがやはり本作からも伝わってくる。柔らかく、ときに脆く繊細で、それゆえに小さな強さが煌めくようなそんな映画を彼は撮る。見終わった後は少しだけ胸が痛む。個人的にとても大切な「サマーフィーリング」、評判の高かった「アマンダと僕」に続き確実に作家性が強く、新作を見たい監督の一人だ。主演のシャルロット・ゲンスブールがとてもよかった。エマニュエル・ベアールが出演していることも個人的にはすごくツボで嬉しくなった。

    • 映画批評家、都立大助教

      須藤健太郎

      「若くて子供みたい」と形容されるタルラの声に「満月の夜」の引用。パスカル・オジエの声のこだまに気付き、涙した。ただ、作劇の基盤に死を据えてきたミカエル・アースが今回はP・オジエの死に依拠したわけで、疑問は残る。マチアスは3年ぶりにタルラと会い、「北の橋」を一緒に見にいく。しかし、彼はその後に龍の滑り台を目にしても、対岸から一瞥するだけで何の気なしに通り過ぎてしまう。女優の死はそういう目配せの対象にすぎない。あたかもそんな具合の切り返しである。

  • プーチンより愛を込めて

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      恩師である小学校の先生が、今か今かと待っている。取材班はプーチンが来ることをサプライズで仕掛けるが、先にSPが来てバレてしまう。エリツィンが当選したプーチンにお祝いの電話をかける。折り返すと言われて待つが全然かかってこない。笑ってしまう。監督はずっとカメラを回している。もう撮らないと言いながら一向にやめない。娘が風呂に入っているところも延々撮る。奥さんにブチ切れられてもカメラを止めない。そのしつこさがプーチンの怖いところをあぶり出している。

    • 文筆家/俳優

      睡蓮みどり

      監督自身の幼い娘の入浴シーンが本作の比較的最初のほうにある。その映像を使用していることに少々混乱し、引っかかってそのままうまく咀嚼できないままになってしまったきらいがある。ロシアという巨大な国家を我がものにしたプーチンが、いかにしてそうなってしまったのか、そしてなぜ戦争を始めてしまったのか、その本質を若い日の彼の言動から探そうとしてしまう。プーチンを任命した直後のエリツィンと家族たちの様子も興味深い。公開できたということ自体が驚きでもある。

    • 映画批評家、都立大助教

      須藤健太郎

      冒頭のホームビデオがこの映画の換喩だとするなら、監督の認識には大きな誤りがあるのではないか。監督は撮影をいやがる妻や娘にカメラを向け続ける。再三の拒否にもかまわず、入浴中の娘の裸を映す。たぶんプーチンにも同じことをしているつもりなのだ。大統領の活動を間近から追い、官邸や公用車の中で語る私的な姿に迫る。とはいえ、それもまた権力の手のひらの上で踊らされているにすぎない。自分の家族に向けた暴力を大統領には行使できない。むしろその点が露呈している。

  • ヘルメットワルツ

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      五輪会場の建設現場で働く売れない役者の苦闘記。コロナでさらに狂った社会を底辺から撃つ。不勉強で全く知らなかった役者さんがいい。彼らとオーディションで出会って、果たして選べるかと自分に問うた。だから選ばれるのなんて待たなくていい。どうせ大した映画じゃないんだから。貴方たちが作った映画の方がどれだけ素晴らしいか。若い人が作る映画よりどれだけ射程が長く広いか、現代を映しているか。青臭い主張、いいじゃないか。映画を観た。映画俳優を見た。また作って下さい。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      東京五輪とコロナ禍の狂騒の中、時代の流れに違和感を覚える50?60代の男たちのふつふつとした怒りが伝わってくる自主映画。五輪施設の建設現場で働きながら、ささやかな役者の仕事を続けてきたという佐々木和也の実感が滲む。誰もが社会の目を忖度するばかりで、すぐ揚げ足をとりたがる。面倒なことは弱者に押し付けて、自分はわかっていると思い込む。この世代の怒りはなかなか商品にならない。予算がないのは一目瞭然だが、作り手の思いの強さがリアリティとなっている。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      コロナ禍前後の社会の変容を、いささか愚痴っぽく冗舌に感じられる台詞に頼りすぎて映像で捉えきれていないためか、売れない役者の主人公が仕事を失い追いつめられる焦燥も、辛抱強い恋人にまで去られる切なさも、いまひとつ迫るものがない。その辺りをクリアできていれば、世知辛さの増す風潮に呑まれ、何かと要領が悪くひとの好さだけが取り柄の彼の心が荒んでいくのを、口は悪いが意外に優しい仕事仲間のおじさん軍団との他愛のないやり取りが救うドラマも、もっと響いたと思う。

  • マリウポリ 7日間の記録

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      砲撃の音が止まない。ずっと「ドン! ドン!」と嫌な音がする。住人たちは、いつものことよとタバコを吸い冗談を言う。破壊された家の発電機を運び出す。片方の車輪がないから探せと言う。彼らの前には無残な死体が二つ。火をおこしでかい鍋でボルシチを作る。なかなか火がつかない。油を染み込ませた布を突っ込む。ようやく火がついて笑い合う人たち。ただ目の前に起こることを記録しようとする監督の客観的な視線。小さな喜びに一喜一憂する彼らの顔が頭に焼き付いて離れない。

    • 文筆家/俳優

      睡蓮みどり

      人々の暮らし、日々の生活には絶え間なく轟音が響いている。まるで人が誰もいないかのような世界で、ひっそりと生き続ける人々。日本では未公開とのことだが、前作もマリウポリで取材していたという監督。本作を撮影していなければ殺害という最悪な結果にならずに済んだのかもしれない。見ているのがとても辛いが、これが昔話ではなく同時進行形の今であるということを受け止めたい。文字や一瞬のニュース映像からは絶対に伝わってこない映像の力というものをひしひしと感じる。

    • 映画批評家、都立大助教

      須藤健太郎

      製作経緯を抜きに見ることができず、やはり困惑する。撮影に同行し、作品を完成させた助監督によれば、マンタス・クヴェダラヴィチウスは戦禍を伝えるような遺体の撮影を拒み、戦時にあっても笑いとともに営まれる日常生活を撮ると主張したという。そういう監督の趣旨は、この映画に映される人々の様子に記録されている。しかし、結果として、私たちがこの映画に見るのはなにより撮影者の死である。「彼は死んだ」という事実。カメラの背後の現前と不在をどう見ればいいのか。

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