映画専門家レビュー一覧

  • 劇場

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      又吉直樹の小説のことばを映画のダイアローグに昇華させた脚本・蓬莱竜太がいい仕事をしている。下北沢の町をとらえた槇憲治の撮影もわるくない。しかし、今泉力哉の諸作品などを観たあとでは、人物の動かし方にいかにも「こう感じてほしい」というたくらみが透けて見えてしまう。松岡茉優は今回も「名演」だが、彼女の涙顔と舞台上の山﨑賢人の切り返しでカタルシスを生じさせようとするラストシーンでは、ぎりぎりあった抑制も決壊してしまった。その後の無音もあざとい。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      落ち着きを欠くアヴァンタイトルのあと、一〇〇分ほど、松岡茉優と山﨑賢人の演技は認めたいと思いながらも腹立たしい中身に疲れきり、最後の一〇分で、ああそうやるのかとなった。行定監督、辛抱づよい。めちゃ性格のいい天使的女性と救いがたくダメな男の話。古い。つまらない文学をありがたがっているつまらない映画。そう片付けたいが、いい画もときにあり、かつ成瀬巳喜男「浮雲」やフェリーニ「道」に通じそうな悔恨と感傷を最初から滲ませるナレーション付き。始末がわるい。

  • ステップ

    • フリーライター

      須永貴子

      市井の人の小さな話なのに、台詞が偉人伝に出てくるような名言だらけ。娘の台詞も年齢の割にキザ。芸達者な役者陣による、「ここの台詞、テストに出るぞ!」的なハイライトを施した芝居も、父親が亡き妻に語りかけると、中盤から死者の声が聞こえてくる手法も、わかりやすさの極み。つまり、全体的に台詞に頼りすぎている。「家事をするのは母親の役目」「学校は平日の昼間にPTAを開くので片親が参加しづらい」といった問題は、さりげなく盛り込まれているのに。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      たまたま原作を読んでいた。人を泣かせるためにあるような小説だ。妻に死なれた男が、遺された幼い娘を懸命に育てていく。その健気な奮闘! 泣けるのは重松清の文体のせいなのか。映画はほぼ原作通りに展開するが、泣けないのはなぜなのか。キャストだって名優揃い。が、なぜか精彩を欠いている。映画は泣かせればいいというものではないが、そんな題材だったら、ちゃんと泣かせてほしい。映画は原作通りにやっても、時々失敗をする。原作を映画の文体で描き直さないといけないのだ。

    • 映画評論家

      吉田広明

      妻=母を失った父娘が様々な過程を経て、父の再婚に至るというありふれた話ではあるが、義理の父が、家族もリフォームすべき、死んだ者は柱の一本にでも残ればいい、という家族概念の更新を提起する点、新しい。ただ、失ったものの重みが感じられないので、それを超える飛躍が飛躍として感じられない恨みがある。冒頭からいないのだからしょうがないわけでは決してない、不在を在と感じさせる(妻の死後も残る癖とか仕草とか何か表現はあるだろう)のが映画の強みではないか。

  • 河童の女

    • 映画評論家

      川口敦子

      「トラウマを抱えながらも懸命に生きる人々の姿や、田舎が抱える問題を描き、クスッと笑えるエピソードと共に最後にはホッと温かい気持ちに包まれる作品」(プレス)といったあぶはちとらずの企画の安易さ、この映画に限らずほぼ一年、本欄で出会った日本映画の多くに見られる残念な傾向だと痛感した。笑いも涙もほのぼのもなんとも生煮えだ。と、またしてものうんざり感に苛まれていたら幕切れ部分だけアメリカン・ニューシネマ然と弾けたショット、全篇これでいって欲しかった。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      主演の青野竜平と郷田明希に愛嬌があり、観ているうちにこの二人の行く末に幸福の光がさしてほしいと願わずにいられなくなる。人間にさわることをおろそかにしたくないという辻野監督の視線のあたたかさ、素晴らしい。ただ、その人間の体温をじっくりと感じさせるために、一つひとつのセリフをもっとはっきり言わせない場面があってもよかったのではと思う。すべてがお膳立ての上にまとまりすぎ。スローモーションの使用も、なにかつくりものめいた手ざわりを映画に与えてしまう。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      観光地の民宿が舞台。東京からそんなに遠くなさそうだが、人物たちの意識では東京が遠くにある感じで、時代錯誤的。現代ダメ人間図鑑小物篇とでも言いたくなる、薄っぺらな人間たちをワキにおき、青野竜平と郷田明希の、真ん中にいる二人には、過去と病気、トラウマと罪を背負わせる。それで起こる緩めのサスペンスからドタバタに持ち込んで二人を逃げ切らせるまでというもの。脚本も、辻野監督。人物と画に息の吹き込み方が足りない。ラスト近くで青野が見せる足技はよかった。

  • プラネティスト(2020)

      • 映画評論家

        川口敦子

        「夜をくぐりぬけていくしかない」島、そこにある海、夕陽、原初の地球の風景に魅せられて4年をかけて撮り続けた監督豊田。その彼に招かれた“アーティスト”たちの言葉は時に上滑りの軽さや薄さ、気恥かしさをも放り出すが、そんな島と人との“セッション”をさえ拒まず受け容れ、自身の歩調で帰り着いた海で、島で、自らの旅を続けるひとりが朗らかに語る覚悟はするりとこちらの胸底へと染み入っていく。来訪者たちの部分なしでもよかったなんて意地悪な感想も呑み込ませる。

      • 編集者、ライター

        佐野亨

        4年がかりで撮られたという作品。自然回帰への切望、アーティストたちへの敬愛と友情があふれ、映画作家としての自己の存在を問いつづける豊田監督にとって、この時間がかけがえのないものであったことがうかがえる。であるからして、この作品じたいがそれらの寵愛を受け同化する人物たちのなかだけでみごとに完結しており、結果として小笠原諸島の美しい自然までもがその閉じた世界のなかに収斂してしまうのも致し方ないことなのかもしれない。「破壊の日」への期待をこめて。

      • 詩人、映画監督

        福間健二

        住民票を移してまで肩入れして小笠原を撮りまくったという豊田監督。まず、映像の美しさを味わうべきなのだろうが、そういうのもありすぎると、そんなものかと慣れてくる。ミュージシャンや俳優を招いて風景のなかでなにかやってもらうというやり方も、どうだったか。中村達也のドラムなど、やってくれているとは思ったが、作りに行っている感がつよく、監督の素手が感じられない。宮川典継さんの話だけでもっと押せたし、自然そのものにもっと語らせることもできたはずだ。

    • 横須賀綺譚

      • フリーライター

        須永貴子

        東日本大震災の風化に、ユニークなアプローチで警鐘を鳴らすシナリオは、「綺譚」というタイトルにふさわしい工夫がなされている。しかし、戦争体験者と被災者に共通する「誰かの命を犠牲にして生き延びてしまったことへの自責の念」や、「生きるためにつらい記憶を忘却することの是非」というシリアスなテーマを、登場人物からセリフで訴えられて胃もたれが。主人公の「薄情」な性格も、タイトルに謳った「横須賀」というロケーションも、活かしきれておらず、いろいろと消化不良。

      • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

        山田耕大

        東日本大震災をモチーフに選んでいるが、そうはなり切っていない気がする。ヒロインのキャラクターを補足するためだけに使われている。それにしても、出てくる人物、人物、よくわからない人ばかり。主人公の春樹は狂言回しでしかないし、ヒロイン・知華子に至っては、ほとんど意味不明女である。それもすべて夢ということで落とされ、何か行き場を失くした気にさせられた。唯一共感できそうだったのが元闇金屋役の川瀬だが、知華子への執着で厭らしさを露呈してしまうのだ。つらい。

      • 映画評論家

        吉田広明

        震災で死んだはずの女性が働いている介護施設を手伝うことになるが、その女性は震災の記憶を持っていない。またそこには戦争で妹の死を目の前にして、その記憶に苛まれつつ、それを忘れることは妹を殺すことと記憶し続けようとする老女、一人を救うため一人を見殺しにしたことを忘れようとする男がいる。記憶すべきなのか忘れるべきなのか。確かに難しい問題だが、綺譚と称して宙づりで終結するのは疑問だ。作り手自身が一つの選択を引き受けるのが作品を作るということではないか。

    • 銃2020

      • 映画評論家

        川口敦子

        これもまた母娘の物語、その先に父の禍々しい残像も浮かび、日記をつけるヒロインについD・リンチ父娘を思いローラ・パーマー、ツイン・ピークスと連想するうちにヘンタイなストーカーが悪夢と現実の際に出没するこの閉ざされた世界の淡緑色の闇と点在する赤にふむふむと勝手な既視感を耕した。いっぽうで石井隆「甘い鞭」に連なる母娘のメロドラマの先の女の解放の物語をも夢見て、でもしかしそんな観客の勝手な妄想に映画が付いてきてくれないなんて理不尽な欲求不満が燻った。惜しい。

      • 編集者、ライター

        佐野亨

        「銃」の世界に取り憑かれた奥山和由、90年代の「RAMPO」で見せた、いささか空回りと思えるほどの執念は依然衰えていない。そうした先走った熱情に、きっちり「物語」を与えた武正晴演出、日南響子の身体性と呼応し、75分という短尺のなかで負の共鳴というべきドラマを一気に見せきる。もう一寸、石井隆作品のような妄執への踏み込みがあればと思った。佐藤浩市が「トカレフ」「GONIN」の頃の野放図な狂気をにじませていて嬉しくなる。銃サーガ、まだまだ続くか。

      • 詩人、映画監督

        福間健二

        どこまで行っても初心。作家中村文則の魅力のひとつはそれだ。ヒロイン東子の幼い日々の回想を見ながらそう思った。それは悪への初心でもある。日南響子演じる成長した東子が生きる世界は、蓄積された怯えからの悪夢であると同時に人が心の奥で映画に求める「解き放つ力」を顕現させる。拳銃を拾う。その拳銃が愛しい異性のようになる。銃とともに何をするか。何が現れるか。前作「銃」とはまったく異なる質を感じた。武監督、職人的効率から外れる撮り方がいままでになく刺激的。

    • ミは未来のミ

      • フリーライター

        須永貴子

        交通事故で亡くなった仲間の名誉を守るために、男子高校生4人が挑むミッションがくだらないからこそ、証明される友情の純度が高い。大人が用意した葬儀ではなく、彼らなりの弔いの儀として、故人のタバコを回し飲みしていちいちむせる4人に胸が熱くなる。喧嘩も反抗もクサいセリフもなく、優しい男子5人の誰も傷つけないやりとりで魅了する、令和時代の青春映画。それを支えるのは、演出、役者の演技、撮影と録音など、各部の高いクオリティだ。ヒロインも可愛い!

      • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

        山田耕大

        主人公は変な髪型の高校生。変な奴なんだろうと思ったら、しごくまっとうで平凡そのものだ。ただ、何かが足りないと自分でも思っている。クラスで唯一人進路を決められないでいるが、気のいい友達も数人いる。その友達もみんな彼と似たり寄ったりだ。偉業を成し遂げそうな気配は微塵もなく、暇にあかして自分たちの形見は何だろうなどと考えたりしていると、中の一人が本当に死んでしまう。だが、主人公の呼びかけで、彼らは彼らなりの「偉業」を成し遂げるのだ。中々の映画ですぞ。

      • 映画評論家

        吉田広明

        世界や宇宙の終わりは容易にイメージできるのに、今の時間が無限に続くように思えて、自分の将来とか身近な未来は想像しにくいといういかにも思春期的な逆説の中にいる高3生が、親友の死によって直近の未来を考えさせられる。その年代らしいリアルを捉えていて好感は持てるのだが、では主人公が自身の未来という厄介なものをどう受け止め、どう変わったのか変わらなかったのか、という難しい描写をオミットしているのが残念である。真に描くべきはそこだったのではないか。

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