映画専門家レビュー一覧

  • 引っ越し大名!

    • ライター

      須永貴子

      幕府の気まぐれで、国内をあちこち引っ越しさせられる藩。その引っ越しプロジェクトを、藩主に押し付けられた引きこもりの書庫番。この悲哀のマトリョーシカは他人事ではないからか、四百年前の騒動に一喜一憂し、晴れやかな結末に救われる。身体性の強さを発揮して、豪放磊落なキャラクターを演じる高橋一生が新鮮。彼と、巻き込まれ型の主人公の星野源のやりとりを柔軟に連結する、濱田岳がグッジョブ。必然性のある歌唱シーンにより、チャーミングな仕上がりに。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      土橋章宏という作家を尊敬する。「超高速!参勤交代」『幕末まらそん侍』等、やり尽くしたと思われていた時代劇にこんなに豊かな鉱脈を掘り起こしてくれた。類まれな発想力の賜物! それだけに、惜しいし、悔しくもある。映画というよりバラエティのような作りだ。色々なエピソードを笑いをまぶした団子のようにつなげている。引っ越しに立ちはだかる大きな問題であるリストラ、百姓落ち。それにまつわるドラマに何故集中してくれなかったのか。題材が素晴らしいのに、とても悔しい。

    • 映画評論家

      吉田広明

      大役を仰せ付けられる引きこもり、サラリーマンめいて見える侍たち等、現代に引き付けすぎで(主演の選択しかり)時代劇にする意味なし。困難を創意工夫で乗り切る、のかと思いきや、手引書が既にありますという脱力。国の存亡の危機に立ち向かう政治劇としての深みは無論なく、そもそも殿が幕府の偉い人の男色の誘いを断ったのが引っ越し命令の原因というこの設定は、喜劇と受け止めるべきなのか、こんなことに翻弄される一国の悲劇と受け止めるべきなのか、これまた中途半端。

  • プリズン13

    • ライター

      須永貴子

      映画にするにはすでに手垢の付きまくった有名すぎる実験を、人気Vチューバーがコンテンツ配信するという設定で現代風にアップデート。せっかくの非日常的な舞台なのに、囚人役VS看守役の揉め事や、実験により変貌する人間性の描写、密室でのパニック劇、Vチューバーの正体探しなど、すべてにおいて振り切ることなく、おとなしくまとまってしまった。密室に設置した監視カメラや被験者が装着した小型カメラ、配信画面などの映像も活かしきれず。ジャンル映画として物足りない。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      新聞広告で集めた被験者たちを実際の刑務所に近い設備に入れて、看守役と囚人役に分け、それぞれの役割を演じさせたというスタンフォード大学の心理実験。結果、看守役は看守らしい、囚人役は囚人らしい行動を取ったという。実験するまでもない。人はそういうものなのだ。それをユーチューブで再実験をしようとした試みを描いている。何か新しい発見があるのかと期待しながら見たが、やっぱりこうなるんですね。何故人はこうも話を作りたがるんだろう。

    • 映画評論家

      吉田広明

      人気Vチューバーによる、一週間の監禁実験配信。この設定である程度の展開は想像できる。問題なのは、ネット配信という設定が持つ、現場と外という二重性を物語に生かせていない点。そもそも同時中継でなく編集なのは有意味なものとして生かされねばならないはずだし、Vチューバーが内部にいるのではという疑問をもっと早くから明らかにすれば、また彼らをネットで見ている者たちが外で動くことがもっと緊密に物語に絡めば、内と外の関係性の揺らぎが物語を活性化したはず。

  • ガーンジー島の読書会の秘密

    • 映画評論家

      小野寺系

      ナチスドイツの占領下となった英国の島を舞台に、読書に自由を見出した島民の姿が描かれるという物語だけで、かなり感情移入してしまう。それだけに戦争の悲劇や人権蹂躙が映し出されていく深刻な内容と、あわせて描かれるメロドラマの部分がうまく?み合っていないように感じられた。「二十四の瞳」で、主人公が二人の男性の間で揺れる…みたいな要素が中心にあったとしたら、やはり散漫な内容になってしまうのではないだろうか。キャスティングや美術、撮影はリッチで見やすい。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      英国のTVシリーズ『ダウントン・アビー』のキャストが出演しているのは嬉しい。さらにナチス占領下で住民たちが密かに行っていた読書会という、主題に惹かれる。情報から食糧まで、厳しい占領政策によって過酷な生活を強いられても、読書が人の生きる力となる。つまり自由への理不尽な抑圧に対する最強の抵抗を、人の文化を大切にする意志としているのが、本好きの身には心強い。予想通りの結末だが、そこに至るまでにつづられる歴史の出来事には人と人との支え合いがたっぷり。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      リリー・ジェームズがとにかく綺麗で可愛くて、それだけでも相当の満足度が得られる。彼女を愛でる映画であろうからか、かなり衣裳替えが多く、インナーはともかくアウターまで着回しがないのはトランク一つで田舎の島に来たという設定からしてちょっぴりおかしな気がしないではないけど。クラシック恋愛映画が苦手な僕には合わないだろうなあと思って観始めたけど、最後には普通に感動している自分に驚いた。それにしても、お金持ちのあの男は何も悪くないのにかわいそうだなあ。

  • ブラインドスポッティング

    • 映画評論家

      小野寺系

      富裕層が移り住み、高級化が著しいカリフォルニア州オークランドの現在。彼らの移住は、もともとそこで暮らしていた人々の生活を様々な意味で揺るがし、分断すらしていく。そこにあるのは格差問題なのか、それとも人種問題なのか。“ブラインドスポッティング”というタイトルを名乗る本作は、まさにその手法によって、描くべき問題を同時に重ねて映し出そうとする。その試みの複雑さとユニークさが素晴らしく、本作はオークランドを代表する映画になっていくのではないだろうか。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      B-wayミュージカル『ハミルトン』でトニー賞受賞のD・ディグス主演と知り期待が募る。そして映画には米国の現実がぎっしり。黒人居住区を警官から自衛する目的の、ブラックパンサー党結成の地オークランドが舞台という点に意味があり、街に密着して炙り出す生な現実に、脚本・主演の二人の気骨もくっきり。ドラマは切れ味鋭く軽やか。映像・音楽はクール。結末には救われるが、併せて党結成の’60 年代から何ら解決されないままに複雑化した現実も突きつける。期待以上の見応え。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      人種差別への問題提起は咀嚼し切れない部分が残るけど、映画の持つドライヴ感が心地よく、アメリカのリアルを描いた社会派要素と、キレのいいコメディ要素をヒップホップな味付けで均衡を崩さず接着させる手捌きはすごく達者で、スパイク・リーのような暑苦しさがないのも好印象。主人公と友人の間で日常的に交わされるラップが見どころの一つなのだが、字幕は頑張って韻を踏んでたとはいえ、こういうのはやっぱりネイティブな英語を聞き取れないと楽しめないんだろうなあと思った。

  • やっぱり契約破棄していいですか!?

    • 映画評論家

      小野寺系

      ブリティッシュコメディらしい、皮肉なユーモアが全篇に漂う一作。作家を目指す若者と、殺し屋組合に加入している老年期の人物が、ともに困窮した生活をしているのが笑える。金がなければ死に方すらままならないという状況は、ブレグジットによって自由な気風や夢をさらに奪われてしまったイギリス社会の暗さの投影か。映像の質は一定して低くはないし、よく言えばまったりした魅力があるが、サスペンスやアクションなどの見せ場の迫力に乏しく、印象に残るシーンが少なかった。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      そこそこ面白いんだけど、その面白エピソードは同時に間の抜けたゆるさを孕み、物足りなさも。なぜなら主人公は自殺願望に取り憑かれている設定といっても、それは生きる理由を見つけるため。片や暗殺のノルマを達成できずに引退の危機に追い込まれている殺し屋にしても、冷酷非情ではなくて、仕事を楽しんでいる。中盤に至り、出版社の女性と自殺願望男が惹かれ合う段になって解るが、これは生きることを、人生を肯定するコメディだったのだ。序盤ではエッジが効いていたのに。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      話の骨子はカウリスマキの「コントラクト・キラー」そっくり。設定は面白いのになぜかハジけず、展開するにつれ段々つまらなくなってくるというのはこの手の殺し屋ブラックコメディが孕んでいる宿命な気もする。それでもカウリスマキのようにキャラや演出に個性があれば退屈しないのだが、本作はその辺も割とフツー。死の描写に湿度や重みが感じられないのは喜劇とはいえやはり致命的だと感じてしまうし、キービジュアルっぽいインコが物語に殆ど与していないのも何だか勿体ない。

  • おしえて!ドクター・ルース

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      現在91歳のルース。11歳、ナチスの脅威により単身スイスへ。決して自由ではなかったが、ドイツに残った家族は全員殺され、もしスイスに行っていなければいまの私はいないと断言。世界で最も有名なセックスセラピストは、まずは自分自身を客観視するセルフセラピーの結果に誕生した。時に強く時にユーモアと諧謔で、セックス関連の深い悩みをガス抜きし、時代や社会そのものを癒す。彼女のポジティブさは、人は過去そのものを何度でも救済し語り直すことができることを教えてくれる。

    • フリーライター

      藤木TDC

      アメリカ版ドクトル・チエコ(古っ! ナース井出に訂正。それですら……)ルース博士のド根性一代記。奇跡的にホロコーストを免れイスラエルでは銃を握った90歳はめちゃくちゃ元気でバート・レイノルズと較べると本当に女は強しを感じる。彼女の偉大さはとてもよく理解できる。だがひたすら涙を煽るくさいピアノソロBGMは民放地上波の報道番組みたいで萎え要素。「ラスト・ムービースター」とよく似たホロリ場面もメディアで彼女を実際見た経験がないせいか落涙には至らず。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      セックス・セラピストという好奇心を刺激する職業に関する話が意外に少なく、ホロコーストの被害者としてスイスに疎開していた少女期に話が割かれている。センセーショナルな仕事によるイメージの狭間には、ある個人の熾烈な経験という重要な根幹が横たわっている。世界の有名大学を渡り歩き、三度の結婚をした小柄な女丈夫の激動の人生はさすがに圧巻。ただ米国内では周知の事柄かもしれないが、彼女の名を知らしめた仕事に至る経緯や研究についてもっと知りたい気も。

  • トールキン 旅のはじまり

    • アメリカ文学者、映画評論

      畑中佳樹

      偉大な創造をなしとげた人間の実人生はえてして平凡で地味なものだが、このトールキンの若き日を描いた伝記映画は、そこで妙な無理をせず、平凡に見えるものの中に非凡な細部を見つけていくような語り口で全体を描き切った。そんな中で一つの重し、というか目玉となるのが第一次大戦の塹壕戦の体験で、戦場の凄惨な光景とトールキンの創造した神話世界とが、同じ力で拮抗しつつ一つに重なり合う。充実した映画の時間が流れるが、いまいち「読破感」のようなものに欠ける。

    • ライター

      石村加奈

      「トム・オブ・フィンランド」で、伝説のアーティストの漂泊感をふしぎな味わいで表現したドメ・カルコスキ監督の腕が冴えわたる。第一次世界大戦下、親友を探して彷徨う主人公トールキンの姿から始まる物語は、おのずと「指輪物語」を想起させる。「ホビット」族とおなじ、未熟な人間として、青年時代のトールキンの素顔に光をあてた構成にも、奥行きがある。バロウ書店をはじめ、舞台美術も重厚だ。リリー・コリンズが魅力的なだけに、エディスとの関係にもう少し光を注いでほしかった。

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