映画専門家レビュー一覧
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ホットギミック ガールミーツボーイ
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映画評論家
松崎健夫
無機質な印象を与える建築物を、彼女/彼たちの住まいとすることで心象風景を生み出している。彼らは自身の内面が“からっぽ”であることに、ある種のコンプレックスを抱いているが、視覚的にもそのように見えるのはロケーションの審美眼に依るものだ。山戸結希監督は過去作品と同様に、観客が登場人物に対して抱く想いを拒絶するかのようにシーンとシーンの繋がりを没却し、登場人物の感情そのものを分断させている。身体は純潔だが心は乱れたヒロイン不安定さの源泉はそこにある。
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神と共に 第二章:因と縁
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翻訳家
篠儀直子
シリーズものだからといって必ずしも前の作品を観ておく必要はないが、これに限っては前作も観ておくのが吉。今回はハ・ジョンウが冥界にとどまり、仲間の二人が下界に向かう。さらに任務の過程で、彼ら三人の、現世での出来事と因縁が明らかになる趣向。けれども、冥界のスペクタクルと下界のアクションミステリーが一体となって、怒濤のような展開を見せた前作に比べると、こちらはいろいろありすぎて話運びがやや散漫な印象。でも泣きのポイントでしっかり泣かせてくるのはさすが。
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映画監督
内藤誠
冥界と現世を往来し、千年単位の物語であるが、この章は登場人物の経歴と家族の物語ゆえ、時間と空間のスケールは大きくても、感情移入しやすい。「新感染 ファイナル・エクスプレス」のマ・ドンソクが屋敷神として人間界に降臨し、韓国の乱暴な再開発の現状に腹を立て、暴れまわるのが痛快。一方、前章でおなじみの冥界からの使者たちの出自がスペクタクル的に明かされるのが見せ場となる。そこで現役兵士キム・ドンウクの軍隊内の悩みなど消えてしまうが、物語としては仕方がない。
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ライター
平田裕介
現世からやってきた者だけでなく冥界の使者の人生にもクローズアップ、“オモニで哀号”に代わって“アボジで愛号”するドラマと、前作から話を受け継ぎつつも対になった作り。「クロッシング」前後篇が残念なだけに、二部作はこうあるべきだと痛感。恐竜を登場させたり時代劇になったりと前作以上にサービス精神旺盛だが、冥界の判官役オ・ダルスの不在が痛い。聞けばセクハラ疑惑で降板とは。ヘタしたら閻魔様から怒られるかもしれないのに、こうした作品に出ていたとはまさに因と縁。
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新聞記者(2019)
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評論家
上野昻志
シム・ウンギョンと松坂桃李、二人の主役が良くやっている。とくに最後、道路を隔てて顔を見合わせたときの両者の微妙に違う表情が、このあとの結末を宙吊りにして観客に課題を手渡す。ただ、韓国のポリティカル・サスペンス劇などに較べると、全体の緊迫感がやや不足だが、これは、たんに本作だけの問題というよりは、日本映画が、現実にはいくらでもネタはあるのに、こういう題材を避けてきた結果ではないか。田中哲司扮する松坂の上司の言動は、いまの内閣の本音そのままだ。
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映画評論家
上島春彦
これがモリカケ物のドキュメンタリー・ドラマではない、という点は前提としても、年金問題で国から「お前ら貧乏人は退職したらとっとと死にやがれ」と宣告された身としては、こうした政権告発映画には頑張ってもらいたい、と切に思う。腐敗した政権を生き延びさせているのは誰なのか。内閣情報調査室です、と言ってしまうとかえって間違いで、やっぱりそれはマスコミなんですよ。韓国映画「サニー」では普通の美少女だったシム・ウンギョンが気骨ある記者に扮して出色の出来である。
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映画評論家
吉田伊知郎
日本語のニュアンスに欠けるシムの演技に最初は引っかかるが、韓国人の母を持ち米国育ちという設定が判明すると気にならなくなり、日本のアーパー女優では出せない理性的な存在感が際立つ。露骨にモデルの事件が分かるだけに、物語を拡散させずにシムと松坂に絞って緊迫感のある画面を維持し続けた演出が意外なまでに良く、ウエットなパートも巧みに処理している。クライマックスで一気に創作に舵を切るのが不満だが、こんな企画が見当たらない昨今の日本映画としては画期的な一作。
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凪待ち
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映画評論家
北川れい子
もう若くない主人公の居場所探し!? 言っちゃあなんだが、これほどヨソヨソしい白石作品は初めて。加藤正人のオリジナル脚本は、あえて東日本大震災の爪痕の残る石巻を舞台に設定し、主人公は恋人の故郷であるこの見知らぬ土地で、悲劇に巻き込まれるというのだが、演じる香取慎吾の神妙、かつかしこまった演技が取っつきワルく、しかも周囲に引っ張られてばかり。足場を持たずに生きてきた男の、人生の正念場ドラマにしてもヨソヨソしく、そもそもこの作品の狙いからして曖昧。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
香取慎吾がいま新たに生きなおしているというどうしてもこちらに入ってくる芸能界的な情報を逆手にとって、もっと大きな再生に重ねた映画。人の営みの小ささ凡庸さが翳りとともにあらわれてそれを軽んじることを許さない。見甲斐がある。そもそも加藤正人のオリジナル脚本、人物造型が優れている。たしかにギャンブル狂というのは汚れとピュアさを併せ持つ人種だ。「熱い賭け」のジェームズ・カーン、「フェニックス」のレイ・リオッタを想う。あと吉澤健と寺十吾がもう最高っす。
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映画評論家
松崎健夫
ごく普通に生きること、労働すること、そんな当たり前のことさえままならない日本の現状が物語の骨格を成している。そして高校生に「俺はここから出れねぇだけだ」という諦念を語らせることで地方の現実を悟らせてもいる。この映画に登場する男たちは「あの時、ああしていれば」という後悔を抱えた者ばかり。〈美しい波〉という名を持つ少女は、そんな男たちの心に“凪”を導く存在だ。これまで誰も見たことの無いような香取慎吾にも“凪”の訪れを感じさせる終幕は、厳しくも美しい。
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COLD WAR(コールドウォー) あの歌、2つの心
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ライター
石村加奈
年上のピアニストとの恋に落ちるズーラが魅力的だ。自分の未熟さを知っている、聡明なヒロインである。時代や環境が変わっても、二人の恋の炎は決して消えることがなく、ゆえに切ない。監督が三番目の登場人物と語る音楽も素晴らしい。民族音楽からジャズへとアレンジを変えて、劇中で繰り返し歌い継がれる『心』はもちろん、エンドロールで流れる『ゴルトベルク変奏曲』も、耳をすませて聴いてほしい。教会の丸窓に切り取られた空から、荒れ地へと転調するカメラワークもドラマチック。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
第二次大戦終戦から戦後混乱期にかけての男女のクッツイタリ離レタリは、まるで吉田喜重「秋津温泉」東欧版のごとし。共産化したポーランドからパリに亡命した男が芸能界で俗物化する展開も「秋津温泉」に似るが、吉田が東京シーンをあえて精彩を欠く描写としたのに対し、今作は硬めに引き締まったモノクロームが効いて、ヌーヴェルヴァーグ胎動期のパリを生々しく起き上がらせる。単にメロドラマ的情熱に終始せず、流転の副産物をも見据えようとする透徹ぶりに舌を巻いた。
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脚本家。51年生まれ
北里宇一郎
題名がずばり“冷戦”。ポーランドの「灰とダイヤモンド」「夜行列車」のあの頃を思い出し、スタンダード白黒の画面が懐かしさに拍車をかける。ソ連体制下の国から亡命した男と留まった女のすれ違い恋愛劇。2つの心はどちらにいても安逸を得ない。そのひりひりを、もうもう貴方しかいないところまで追い詰めていくこの脚本。切ない。だけどその切実さがワイダ、カワレロウィッチまで迫ってこないところに、時代の隔たりを感じて。この監督、少しスタイリッシュに過ぎるのではないか。
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ピアッシング
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ライター
石村加奈
?實重?氏は文庫本の解説で、原作の魅力を「直線性」という言葉で評した。殺人衝動を持つ男と自殺願望を持つ女が出会うスタイリッシュな物語独特の緊迫感、直線的な展開には、ニコラス・ペッシェ監督の原作への理解(タイトルバックとエンドロールの直線的で、美しい建物の映像!)を、男がホテルの廊下で出会う外国人の老夫婦から妻を探す男性老人への変更には時代の変化を感じた。映画のユーモアは原作より不条理気味。好みが別れるところだが、最後の台詞は原作の方がシャープだ。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
ミア・ワシコウスカが少女役として出てきた当初、スラヴ的なエキゾチシズムで危険な魅力を放っていた。本作もそのイメージの延長線上で得体の知れないSM嬢を演じさせている。しかしその配置はもはや「ワルの予定調和」だ。村上龍的な都市の夢魔性、退廃、浮遊感。バートン、ヴァン・サント、ジャームッシュ、クローネンバーグといった作家たちを魅了した少女の威力は今、まるで日本のインディーズ映画のような箱庭宇宙の中を揺蕩っている。そういう時期も必要なのかもしれないが。
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脚本家。51年生まれ
北里宇一郎
原作に描かれた男の過去はちらり匂わすだけ。女の過去に至っては微塵もない。それゆえか映画は猟奇スリラーの色が濃くなって。殺人嗜好の男が大マジメにアイスピックを振りかざしてトレーニングをする。そこにオカシさが滲む。だけど狙った女が彼以上のサイコだったというところ。なんだかヒッチコックの巻き込まれ型サスペンスを思い起こさせ、翻弄されるのが殺人鬼だったというところに皮肉な面白さがある。となれば、脚本・演出にもっと工夫と洒落っ気があればと歯ぎしりもして。
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無双の鉄拳
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翻訳家
篠儀直子
もちろんマ・ドンソクの重量感あふれるアクションが最大の見どころだが、あまり見たことのないタイプの悪役が造形されているのも注目すべき点。一方、往年の日本映画を奇妙に想起させる肌触りがあって、とても不思議な感慨を覚えた。大暴れのコメディリリーフ二人は、昭和日本の喜劇映画に見られるノリを思わせるし、登場人物の誰それがブチ切れたとかを飛び越えて、もはや映画自体がブチ切れているかのようなクライマックスは、70年代東映アクションのいくつかに通じる面白さがある。
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映画監督
内藤誠
大きな体で頼りがいのあるマ・ドンソクが突然、正義のために爆発して、怒りの鉄拳をふるうのを期待して見るわけだが、今回は愛妻ソン・ジヒョと平穏な生活を送ろうとして魚市場で働いているところからはじまる。韓国の要請でWTOが日本の水産物規制を容認したばかりなので、つい画面に見入ってしまう。ひねくれた悪役を怪演するキム・ソンオが整形した美人を富裕層に売る組織の話といい、キム・ミンホ監督は時局的ネタにも気配り。笑いとカーアクションもあり、大サービス。
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ライター
平田裕介
まずは敵の設定が見事。どこまでも異常で卑怯で冷酷なコイツにとことん振り回されるからこそ、中盤からの追撃が否応なく盛り上がる。マ・ドンソクが繰り出す肉弾戦も、ステゴロによる雑魚どものなぎ倒し、武術の心得があるらしきキッカーとの対峙、同じような巨漢とのハイパワーな激突とバラエティに富んでいる。さらに、妻に叱られてしょげるドンソク、ウキウキで彼女にケーキを運ぶドンソクといった具合に猛って暴れ回る以外の姿も拝めてキュンとさせてくれるのも文句なし!
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家族にサルーテ!イスキア島は大騒動
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批評家、映像作家
金子遊
子供の頃、祖父母の家に親戚一同が集合する新年会が好きだった。世代の異なる人が集まり、酒で酔いがまわると隠されていた欲望や不満があらわになり、大人たちが醜聞をくり広げるから。本作では、イタリアの離島に祖父母の金婚式のために大家族が集まる。認知症、倦怠期の夫婦、腹違いの子、不倫、初恋、仕事の妬みなど、家族や親戚内で起こるあらゆる問題や確執が噴きだす。監督はそれを滑らかに移動撮影し、群像劇として、複雑で解きほぐせなくなった人生や関係性を見せてくれる。
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