映画専門家レビュー一覧
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知らない、ふたり
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映画評論家
北川れい子
韓国のアイドル・グループ“N’UEST”と言われても、こちらにはまったく“知らない、人たち”。そんな彼らを、あえて目立たない役で日常の中に置き、さりげなく目立たせるという狙いは面白いと思うが、行きずりとか、すれ違いとか、場面はあってもドラマがなく、さしずめ群像スケッチでも観ているよう。靴職人役の金髪美青年など、何で心を閉ざしているのかポーズだけの印象も。そうか、等身大というのは、自分を持て余していることなのか。韓英恵だけはリアルに頑張っているが。
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映画評論家
モルモット吉田
「サッドティー」で実証済みの群像劇に抜群の才を見せる今泉力哉だけに、透明感のある映像と共に国籍も言葉の壁もすり抜けて、二人組たちのすれ違いと邂逅を味わい深く映し出す。閉じた狭い世界を描きながら視点は広く深い。日本映画に韓国人が登場すると〈気を遣う〉か、アケスケになりがちだが、コンビニや職場にいる隣人として捉えたフラットな視点を堪能。韓国イケメン歌手を使っても淡々とした作劇が揺るがず感心したが、韓英恵が双方を接続する存在として放つ魅力が忘れ難い。
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クリムゾン・ピーク
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映画・漫画評論家
小野耕世
たぶん上出来のこのゴシック・ホラー映画のなかで私がほっとしたのは、男が火のついたローソクを左手に持ちヒロインとワルツを踊る場面。舞踏会ダンスから長らく遠ざかっている私だが、このくらいならローソクの灯を消さずに私も踊れるのではないかと思った。その他の場面では、正直のところ私は恐くてふるえていました。途中でこれはドラキュラが出てくる映画なのかと怪しんだほど、壊れた大邸宅の屋根から雪が降る雰囲気はすごい。この種の映画好きにはきっとたまらないのでは。
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映画ライター
中西愛子
妖しいものに惹かれる女子心とは、そもそもホラーな題材かもしれない。幼少期、死んだ母の幽霊から不思議な警告を受けたヒロインは、成長し作家志望となる。誠実な医者&謎めいた実業家に求婚され、彼女は抗いがたい魅力を放つ後者を選び、古い屋敷で生活を始める。ラテン系マスター、ギジェルモ・デル・トロが、古典的な恐怖のモチーフを見事に映像のディテイルに込めて、ゴシックロマンを楽しませてくれる。ミア・ワシコウスカの十八番が光る。“父殺し”の物語とも言えそうだ。怖い。
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映画批評
萩野亮
映画作品の「作家性」なるものは、古典的ハリウッド映画においてはプロダクション・デザインに見てとられるべきものだ、とかつてある研究者が書いているが、デル・トロ作品はいまなおそうだ。作品ごとに異なるチームを組みつつ、圧巻というべき世界観を視覚化する。ただ、「画力」以外のものはあまり期待できず、家ものホラーとゴシック・ロマンスをかけ合わせたジャンルオーバーな作劇は、雰囲気を醸し出す以上のものではない。ミア・ワシコウスカは繊細すぎて薄幸な女がよく似合う。
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フランス組曲
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翻訳家
篠儀直子
占領軍を触媒として人々の悪意や階級構造が露呈するさまは面白いが、基本的に戦争を背景に借用した悲恋メロドラマだな(あと、何で英語しゃべってるんだろう)と思いながら観ていたら、突然力強い展開が訪れる。それは、のちのフランス解放を知ることも、作品を完成させることもなく収容所で非業の死を遂げた、原作者への鎮魂の試みであるかのようだ。最もありえない人物が英雄的決断を下す瞬間に感動。てっきり重要なモチーフかと思った時計の音とピアノ曲の扱いにはちょい拍子抜け。
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ライター
平田裕介
ナチス将校との忍び逢いはもとより、戦闘機による爆撃、レジスタンスの保護と逃亡幇助、ユダヤ人母娘の行く末などなど、スリリングな要素がちりばめられたなかで図太くなるヒロイン。なんだか重い作品かと思っていたが、意外にもハーレクイン・ロマンスっぽい仕上がりだ。ナチス侵攻に乗じて村人たちの性根や抱えていた怨嗟、嫉妬、憤怒が浮き上がるのも怖いし、盛り上がる。台詞は独語と英語のチャンポン、キャストの国籍も枢軸国と連合国が入り乱れているが不思議と違和感なし。
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TVプロデューサー
山口剛
ナチ占領下のフランス市民を描いたヴェルコールの『海の沈黙』は抵抗文学の名作として学生時代の必読書であった。後にメルヴィルが映画にした。この映画の原作も同じ状況が描かれ、どちらのドイツ将校も知的な音楽家だ。『海の沈黙』の主人公たちは、フランス文化への敬愛を語る将校に終始沈黙をもって接するが、本作のヒロインはいつしか愛情を抱く。しかし共通するのは、同時代を生きた者の深い悲しみと怒りだ。映画は大胆ではあるが誠実な脚色で見事に原作の世界を再現した。
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イット・フォローズ
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映画監督、映画評論
筒井武文
実在する幽霊(?)を見る症状が、セックスで転移するという、強引なフィクション設定だが、キャメラ・ワークと演出が見事に連動し、不穏な時空を作り出す。人力ストップモーションを活用したパンがユニーク。患者のみがそれを見える設定で、その視点ショットのみが、変幻自在な怪物の姿を映し出すので、集団の中の孤立感の恐怖が伝わる。これはホラーという形を借りた、映画の仕組みを検証するメタ映画でもあろう。客観ショットで怪物を示し出すと、恐怖感は弱まってしまうのだが。
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映画監督
内藤誠
ホラー映画が大好きな監督だということは画面とサウンドから滲み出てくるので、いまに何かが起こると待ちかまえているのに、一向に怖くならない。むしろ舞台となっているデトロイトの廃墟の寒々とした光景の方が怖い。その家並みに亡霊がとりついているような気がするのだ。怖いのは人間なのだから設定や仕掛に凝るよりも肝心なのは登場人物の謎と魅力だ。「それ」を誰かにうつすことによって厄払いできるという話ゆえ、友人や近親者とややこしい関係が生まれるのだが、怖くはない。
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映画系文筆業
奈々村久生
一言で内容を説明できる映画はヒットの確率が高い。「得体の知れない何かがひたすら追ってくる」本作は条件を十分にクリア。そのフックがありつつ、ティーン特有のメランコリーや、思春期の性交渉に付随する危険や恐怖や好奇心のメタファーを深読みできるところもポイントが高い。アイデア勝負の正しい低予算ホラーといえる。女性にとって男性と肉体関係を持つのは相手の過去を受け入れることにもなる。感染の仕方に男女の違いを盛り込めばもっと広がりが持てるかも。続篇希望。
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ヤクザと憲法
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評論家
上野昻志
面白い! と同時に、見終わったとき怒りがこみ上げてくる。集団的自衛権が憲法に違反するという以前に、暴力団対策法につぐ暴力団排除条例は、憲法14条が定める法の下の平等という原則を踏みにじっているからだ。ヤクザの子どもは、幼稚園にも入れず、給食費を納めるための銀行ローンも組めない。ここに出てくる組員が車の事故で保険を請求したら、詐欺未遂という名目で逮捕された。ヤクザに人権はないということだが、それがヤクザに留まらないことを、本作は暗示する。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
彼らは会長、ベテラン、見習い青年まで全員こちらの目を捉える引力がある。だがヤクザの人権という主題はもっと作り手側が出すべきではないか。ひとの側に立ち、国家に対するように。被写体に比してこの作品自体は描写するのみ。客観性か加担を怖れるのか、弱い。組事務所内部や何人かの構成員の暮らしを追い、興味を引き付けるだけの素材と取材映像はあるが、全体におっかなびっくりさが激しい。飛田とか新世界とか私は普通に歩いてたぞ。しかし観る価値あるドキュメンタリーだ。
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文筆業
八幡橙
カメラが覗く大阪の「二代目東組二代目清勇会」事務所内は、思いの外整然としていて、本棚には服役中の癒しとなった犬や猫のほのぼのした書籍も。端正な風貌の組長、ヤクザとはどう考えても結び付かない「部屋住み」の地味な新入り青年、家庭を捨て、一人侘しく暮らす中年組員……。口座も持てず、子供の運動会にも参加できないという不遇と被差別の中、この道しか選べない男たちの哀れが滲む。山口組の顧問弁護士・山之内氏と、彼の事務所で働くおばちゃんのキャラが特に印象的。
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魔界戦記 雪の精と闇のクリスタル
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映画・漫画評論家
小野耕世
幻想的できらびやかな東洋式絵巻ものをじっくりとひろげていくような映画。この世は仙界・魔界・人間界の三界で出来ていて、すべてを統べる魔晶石をめぐって争う――という基本設定は気にせずに、むしろ雪の女王のような妖女と、仙人の意を受けて魔界を滅ぼす使命を負った火焔男の超人との破滅にむかうであろう華麗な術合戦のラブストーリーとして楽しめばいい。VFXを駆使したスペクタクル映像に包みこまれて酔う感覚にひたりこむべし。
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映画ライター
中西愛子
ピーター・ジャクソンのVFXスタジオと組んで、視覚効果満載、スペクタクルに描いた、中=香=米の合作による歴史ファンタジー大作。天界、魔界、人間界の3界が、エネルギーの宿る魔晶石を巡って死闘を繰り広げる。物語のスケールはもちろんのこと、ヴィジュアルの華やかさと濃さもなかなかのもの。主役のチェン・クンと、リー・ビンビンの美しさは一見の価値あり。実写とC Gの融合は難しいなと思いつつ、エンタメならではの贅の限りを尽くした味わいをたっぷり楽しめる。
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映画批評
萩野亮
中国・香港・アメリカとの合作ではあるが、現代中国の資本力と技術力を誇示するために製作された経済プロパガンダである。と断じてしまいそうになるできばえ。タイトルからすでに不安でたまらないわけだが、どこかで見たような断片をパッチワークしたストーリーが空疎なら、全篇を蔽うVFXの用法も全然ぱっとしない。リー・ビンビンの御尊顔もCGに糊塗されてなかなか拝見できないようでは楽しみがない。そろそろ大陸からマイケル・ベイみたいな切れ者が出てきてよいころである。
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タイガー・マウンテン 雪原の死闘
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翻訳家
篠儀直子
スパイ映画量産(?)の波に乗るかのように、これまた一種のスパイ映画。チャン・ハンユー演じる実在のスパイが最高にかっこいい。京劇で知られる実話が基だが、なじみのない観客にはすっと入っていきづらいのと、ある程度のリアリズムが要求されるからここ最近のツイ・ハーク作品の魅力があらかじめ封じられてしまうのとが不安材料だったけど、相変わらずの抜群の画面構成力で魅せる魅せる。中盤の雪山での戦闘場面には西部劇的な「距離の美学」が貫かれ、理屈抜きに感動させられる。
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ライター
平田裕介
ベースとなっている実話も小説も、その京劇版も知らないが、そこはツイ・ハーク。そんな輩も満足できる血沸き肉踊る娯楽作に仕上げてくれている。3D(日本公開は2D)だからと血飛沫、爆炎、弾丸、ナイフと、飛び出せるものはなんでも噴出させる姿勢は素晴らしいし、いまごろ「マトリックス」でお馴染みのバレットタイム風ショットを繰り出すのもなんだか愛おしい。人民解放軍万歳なムードが横溢していて“赤み”が強いが、大中みたいな中華雑貨店を覗いていると思えばなんとかなる。
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TVプロデューサー
山口剛
久しぶりにツイ・ハークのアクション映画を堪能した。昨今、本土との微妙な関係を反映した香港映画が多いが、本作は中国映画で主役は人民解放軍の戦士たちだ。とは言え、政治臭の全くない冒険活劇で、近年ハリウッドで撮ったものより、彼の真骨頂が発揮されている。太平洋戦争直後の中国北東部、圧倒的優勢の匪賊を相手に全篇雪上で繰広げられる戦闘シーンの数々は壮観。「ナバロンの要塞」「荒鷲の要塞」などアリステア・マクリーンの初期の名作を原作とする名画を思い出す。
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