映画専門家レビュー一覧

  • 殺されたミンジュ

    • 映画批評

      萩野亮

      開巻まもなく殺害される少女ミンジュの名は「民主」から採られているという。殺人と私刑の民主主義なき世界。この監督のこれまでの作品にも増して政治的な寓意が色濃く、血なまぐさい復讐を遂行するいくつものコスチュームプレイが喚起させるのは、権力を維持する制服の暴力である。紋切り型の拷問シーンや要らない気がするセックスシーンなど、あえて戯画化しているのはうまくいっているようには思えないが、チープなデジタルの映像から作者の絶叫だけはたしかにつたわるギドク印。

  • 白鯨との闘い

    • 映画・漫画評論家

      小野耕世

      『白鯨』の話はアメリカのコミックブックの翻訳で小学校六年のとき初めて読んだ。一等航海士がエイハブ船長を殺そうと銃をとりかける場面があったが、原作にはないとあとで知った。これは『白鯨』のもとになったらしい実話の映画化で、船長と一等航海士の確執が明白なテーマ。『白鯨』では船員たちの名はみな呼びすてだが、捕鯨船では下っ端船員でもみな必ずミスターをつけて呼ばれていたと初めて知った。捕鯨基地ナンタケットの街の描写がいい。もちろんCGによる巨鯨がすごい。

    • 映画ライター

      中西愛子

      メルヴィルの名作『白鯨』に隠されていた真実を描いたノンフィクションの原作を、ロン・ハワードがダイナミックに映画化。かつて伝説の白鯨の死闘を繰り広げたエセックス号の船乗りに、メルヴィルが話を聞き、その回想を辿っていく構成も面白い。臨場感たっぷりの船上シーンでは、未知なるものに挑み、サバイバルしていく厳しさをじりじりと壮絶に炙り出す。そして、邦題からは想像できないある核心へ……。人間対自然。冒険映画の迫力の中に、重いテーマが問いかけられている。

    • 映画批評

      萩野亮

      二〇一五年のハリウッドは、あいもかわらぬリメイク&リブート合戦の大いなる収穫の一年だったけれど、本作はまさかの『白鯨』リブート(違うか)。十九世紀の大著にあったはずの犀利な描写と狂気の気配は、しかしクジラとの闘いに単純化されており、旧作のファンが首をかしげるところまで正しくリブートされている。とはいえ、ロン・ハワードがたがいの最高のキャリアといっていい「ラッシュ」のクリヘムと組んでのぞんだ演出の冴えは、前半部分のそこかしこにみとめられる。

  • パディントン

    • 翻訳家

      篠儀直子

      完璧なファミリー・ムービーであると同時に、英国コメディの輝かしい伝統を受け継ぐ作品。さまざまな映画を想起させる細部も、映画好きにはたまらない。一方、19世紀から20世紀にかけて、南北米大陸やオセアニアなどから原住民が「標本」として欧州へ連れて来られていた事実を踏まえたかのようなくだりもあり、住処を失くしてロンドンへやって来るパディントンは難民のようでもあるのだから、この映画全体は、多様性を包摂する(理念としての)ロンドンへの、見事な讃歌になっている。

    • ライター

      平田裕介

      CG製パディントンが、濃厚獣臭が立ち上ってきそうなほどガチに熊。が、そんな容姿と吹き替えを務めたB・ウィショーの朴訥口調&礼儀正しき言葉遣いのギャップにキュンとなり、いつしか彼の虜に。ペルーからの来訪熊が文化摩擦を起こしながらも一家に受け入れられる物語も、伝統と歴史の街にして移民の街でもあるロンドンに相応しくて◎。ニコマンが「ミッション:インポッシブル」の元夫トムクルよろしく宙吊りスタントをこなし、同作テーマ曲もバッチリかかるのだが、何故に?

    • TVプロデューサー

      山口剛

      パディントン君は誰にも愛される素直でやさしい熊ちゃんだ。彼がくりひろげる大冒険の数々は、大人も子供も楽しませるイギリス児童文学の伝統の産物だろう。大地震を生きのび、暗黒大陸から、「この熊をよろしく」という札を首に下げてロンドンへやってきたパディントンの姿に、移民問題を重ね合せることは容易だ。当初、排除しようとするリスク管理を専門とする主人が、やがて命がけで一匹の熊の命を守ろうとする姿は素直に感動を呼ぶ。脚本監督のポール・キングの手腕は見事。

  • 神なるオオカミ

    • 映画監督、映画評論

      筒井武文

      文革から始まるが、政治性は背景に退く。モンゴルに下放された青年は羊飼いになり、狼と共生している遊牧民として生きる。それにしても、アニメのように、よくこれだけ狼を擬人化して描写できるものだ。狼の瞳のクローズアップ(近接ショット)から、走りの移動撮影まで。CGの助けも借りているだろうけど。こうした演出は、観客の感情移入に効果的だが、物語に安全に着地し、出来事の描写としての映画自体は信じ難くなる。モンゴルの娘を演じるアンヒニヤミ・ラグチャアが魅力的。

    • 映画監督

      内藤誠

      文化大革命の時代、北京から下放された知識青年の眼で見たモンゴル内陸部の物語であるが、さすが「薔薇の名前」のアノーだけに、人類学から当時の政治的状況にいたるまで目配りがきいていた。しかし大平原にひとたびオオカミの群が出現すると、その迫力が圧倒的で、主人公のウィリアム・フォンがオオカミの子を飼おうとする挿話さえ吹っ飛んでしまう。「自然界の秩序を乱すことはするな」と諭す遊牧民族長バーサンジャブの風格が優雅。草原で老いの身を静かに葬られるまで美しい。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      オオカミ、馬、羊の群れがてんこ盛りで動物の群れフェチにはたまらない。といってもオオカミは野性の象徴で、馬と羊は人間側の家畜である。足音を轟かせて吹雪の夜を疾走する馬の群れを、オオカミの群れが襲うシークエンスは圧巻だ。文化大革命における知識人の下放を背景に、緑鮮やかなモンゴルの滅びゆく雄大な自然に生きる動物たちと、どんなときでも剥き出しの感情を激しくぶつけ合う中国の人々の押収は、否応なく観る者を画面に引き込む。馬の氷づけに目を奪われる。

  • 人生の約束

    • 評論家

      上野昻志

      新湊の風景が美しい。そこで演じられる新湊曳山まつりの光景が、ダイナミックだ。ただ、わたしが一番、感心したのは、新人・高橋ひかるの眼差しの強さだ。亡き父親に対しても、その親友という主人公(竹野内豊)に対しても、たやすく心を許さない構えが、その眼差しに現れていた。これは、むろん、彼女を選び、演出した監督の力量にもよるだろう。ただ、彼女と亡父の関係とりわけ時間的な経過がよくわからない。父親は、結婚も娘が生まれたことも隠して主人公と共に働いていたのか?

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      いきなり脱線する。七〇年代の実録やくざ映画には地方のやくざが関西や関東に本拠を置く大組織に対抗する話が多く、方言によるセリフや地方の風物が映画を活気づけ、中央集権化への抗いと愛郷心が強く表現された。そこには案外現在の世界を覆うグローバリゼーションへのアンチにもなることが予見されていたような気もするが、本作にもそれを感じた。最近の邦画に多い、地方をフィーチャーする企画ながら、実は表面を食い荒らすようなものとは違う、重厚なこだわりが本作にはある。

    • 文筆業

      八幡橙

      『池中玄太』世代としては石橋冠監督、満を持しての映画デビュー作という点に大きな興味が。が、「自分が発想した物語を、自分が愛する風景の中で撮らなければ」との監督の思いが深すぎたのか、個人的には最後まで同じ熱量で物語に乗り、入り込んでゆくことが難しかった。竹野内豊演じるIT社長と、今は亡きかつての親友との関係がしっかりとは描かれぬまま、ひたすら祭りの「曳山」を巡る町と町との対立の物語へ。親友の娘と主人公の変に艶っぽい関係や祭りシーンのくどさにも疑問が。

  • ピンクとグレー

    • 評論家

      上野昻志

      原作は未読だが、手が込んでいる。ピンクからグレーに変わったとき、意表を突かれた。それまで実の物語と思われたものを、一挙に虚に反転させる、行定勲の手際が鮮やかだ。ご丁寧に監督自身まで出演して! そこから、自死したアイドルを演じた主人公が、芸能界の手練れたちによって翻弄されてゆく展開も見せる。俳優が主人公で、虚と実の関係が問われるという点では、「俳優 亀岡拓次」と重なるが、最終的に、主人公が自身の実を求めていくことに帰着するだけ古典的な物語に収まる。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      本作も監督の前作「真夜中の五分前」と同様、ミステリムードと青春時代の苦さが融合した世界が展開される。喪失や謎に立ち向かって生きる若者の姿がミステリ的なものであるのか。改変されているそうだが原作にその要素が潜在していると思われる(原作未読、不勉強申し訳ない)。映画的な仕掛け、コピー曰く“開始62分の衝撃”を心地よく楽しむ。寺山修司映画を連想。菅田将暉のメフィストフェレスぶりが凄く、芸能界=魔界の如き表現となる。中島裕翔は凛々しく夏帆はエロかった。

    • 文筆業

      八幡橙

      原作未読で、何ら予備知識なく鑑賞したので、「幕開けから62分後の“世界が変わる仕掛け”」に普通に騙された。スタンダードな罠ではあるものの。この前半部分の、主要人物2人による栄光と挫折の物語は面白く、惹き込まれる。モーツァルトを前にしたサリエリを思わせる、屈折してゆくスターの親友が特に印象深い。演じた菅田将暉が持つ、繊細にしてどこか不遜な味が全篇通して随所に光る。種明かし後、前半の緊密な空気がゆるやかに弛んでゆき、ラストは……うーん。やや締まらず。

  • ヘリオス 赤い諜報戦

    • 翻訳家

      篠儀直子

      冷戦期のアメリカ映画並みに実際の国際情勢を反映させたキナ臭い部分があり、中国政府の軍事的・外交的思惑や大国のパワーゲームのせいで、ほとんど部外者だったはずの香港が危険にさらされる話だとも言えるのだから、いまの香港の人々が抱えこんでいる気持ちが露骨に表われているかのようでもある。空間演出にまったく混乱のない緊迫したアクションシーンがさすがのハイレベル。掟破りとも言うべき、後半から終盤にかけてのまさかの展開には仰天。はたして続篇があるのか気になる。

    • ライター

      平田裕介

      『24~』の1シーズン全話を2時間に短縮したようなノリ。とにかく緊急で非常という状況下で、ドタドタと人が現れてはバタバタと死に、前振りもなく裏切りが発生して黒幕が浮き上がる。キビキビしまくっているのは悪くないし、嫌いでもないが、タメやドラマが無きに等しいので観る側には相当の置いてきぼり感が到来。イヤホン型翻訳機なる都合の良いガジェットが登場するが、香港、中国、韓国の捜査員&諜報員が一同に会話する度にそれをいちいち装着するのが面倒そう&笑える。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      荒削りで、ルーティーンな展開ではあるが豪華な顔合せと切れ味のいいアクションシーンで香港映画の活力を見せてくれる。女テロリストを演じるジャニス・マンがハードなアクションと演技で錚々たる共演者を食っている。極めて魅力的! 事件は解決しないまま、意表をつくエンディングを迎える。当然シリーズ化されるような雰囲気だ。そんなアナウンスメントはないが、大いに期待したい。ヘリオスの正体が政治的背景を持つテロなのか、金銭目当の愉快犯なのか興味はつのる。

  • 知らない、ふたり

    • 映画評論家

      上島春彦

      韓ちゃんと言えば「ピストルオペラ」の生首デビューで有名だが着実に成長しているねえ。彼女にキスした若者はそれだけで別れたのに、彼女は「長く話した気がする」とぽつんともらしていて、何かヘンだなと思ったのだがラストシチュエーションにその齟齬が効いてくる。時間が行ったり来たりして、最初は説明的すぎるように見えたのだが、繰り返されるうちに完全に監督の術中にはまってしまった。ただ物語の時制を整理していくとクライマックスの事件は中盤で起きているのがヘンかも。

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