映画専門家レビュー一覧

  • ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります

    • 映画監督、映画評論

      筒井武文

      こちらは長年住み慣れたブルックリン橋の見える部屋を売り、引っ越すお話。画家とモデルだったM・フリーマンとD・キートン夫婦の性格の違いと、部屋の内覧会(部屋自体が主人公)をして、希望者に入札させるブローカーの手腕と訪れる面々が面白い。その主筋に、ブルックリンでのテロ事件のテレビ中継(解決しないと、値段が下がる)と、年老いた愛犬の手術の経過という、2つのサブ・ストーリーが絡むのが絶妙。やはり結末は読めるのだが、それを演出が巧妙にかわしてみせる。

    • 映画監督

      内藤誠

      40年住んでいるうちに値段の上がったマンションを売って新しい部屋に住み替えようと、あたふたする老夫婦と、彼らを取り巻く都会人の人情物語は、東京もどこか似たところがあり、ディテールが具体的で身につまされた。モーガン・フリーマンとダイアン・キートンの夫婦の寄り添い方がみごとで、間に入る不動産女子シンシア・ニクソンの、ニューヨークを生きているという鋭敏な言動もみごと。周りの人間群像も個性的で、街の古い感じも味があり、都会に住むシニアにはお薦め。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      家探しはパートナー探しに似ている。最初は絶対に譲れない条件がいくつもあって、そのうち一つ二つと妥協していき、住んでみればまあここも悪くないかと落ち着く。もちろん他者との競争もあっての決断だ。焦って判断を誤ることもあるかもしれない。子どものいない熟年夫婦が絶景の部屋を手放して格下の家に求めるものが、二人の未来に求めるものと重なって見えてくる。自分一人の才覚で業界を生き抜く二人の不動産エージェントが共に女性なのはとても今日的で興味深い。

  • 信長協奏曲(ノブナガコンツェルト)

    • 映画評論家

      上島春彦

      有名俳優陣てんこ盛りで楽しめるのだが結局テレビですむでしょという感じになっちゃう。惜しい。わざわざ劇場版をやる以上、もっと映画的な趣向が欲しかった。二人の信長、という基本のアイデアはそれにうってつけだったはずなのだが、単なる辻つま合わせになってしまった。それと最大の不満は現代への戻り方。ネタバレで多くは書けないが。ウィリアム・アダムスが携帯を持って現れるあたりは面白い。SF映画の醍醐味だ。信長が自分の死に方を教科書で読まなかったのは何故だろう。

    • 映画評論家

      北川れい子

      ザックリ、パサパサ、味も塩っけもない電気紙芝居の戦国物ごっこ。固有名詞の連発と説明台詞で話を運ぶ脚本も乱暴だが、どの人物も切り紙人形のように薄っぺらで、俳優陣もみな上っ調子。リアルな演技禁止令でも出たのかも。原作漫画もアニメ、ドラマも知らないので、現代の高校生がタイムスリップして信長の身代りにという話の、どこがウケたのかこちらには不明だが、冒頭から仲間ウチ映画のノリ。安っぽくふざけたプラスチック映画など、時間のムダと外っぽを向くしかない。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      連ドラ版を観ていないので冒頭にダイジェストで説明してくれるのは有り難いが「SW」の様に中途から始まる魅力があるわけではなく、完結篇は映画という趣旨のみ。フザケた内容でも真剣に演じる小栗と山田があらゆる面で救いのような映画だが、信長として生きることになった現代の高校生が日本史に無知すぎて、タイムスリップの意味がなく、瓜二つの盗人(「影武者」)でも大差ない。喉を震わせて喋る柴咲のコントみたいな時代劇演技には驚いた。ま、ドラマが好きだった方はどうぞ。

  • エージェント・ウルトラ

    • 映画・漫画評論家

      小野耕世

      CIAにはキャプテン・アメリカのような超人間兵器を作ろうとして失敗した過去があるという事実はまるでマンガだ。そしてよくある設定のこの映画の主人公は自分の幻想をマンガに描く能力があり、女といっしょに逃げるのだが、これは男女が果たしてあこがれのハワイに行けるかという話でもある。さらに実写では追いつかない部分は、ゲイリー・レイグという人が手がけたカトゥーン・アニメーションの部分が補なってくれるから、これは実写を軸にしたマンガだと思えばいいでしょう。

    • 映画ライター

      中西愛子

      ダメ感漂う青年が、実はCIAに極秘に殺しのマインドコントロールをされた最強エージェントだった。そんな男と彼に寄り添う彼女の物語を、コミカルに、サスペンスフルに、ロマンティックに描く。ジェシー・アイゼンバーグとクリステン・スチュワートのコンビが、堪らなくいい。セクシーで繊細で少し悪くて芸達者なところがふたりはよく似ていて、この映画の荒い綻びを補うに十分に魅力的な科学反応を起こしている。脚本もなかなか面白いけれど、やっぱりこのふたりの魅力が最強。

    • 映画批評

      萩野亮

      俺はまだ本気出してないだけ系映画の応用版。ジェシー・アイゼンバーグはネルシャツのボンクラがよく似合う。冴えないコンビニ店員が突如スパイ映画のような世界にまきこまれるところにこの作品のわくわくポイントがあるのだけれど(その意味では一種のメタ映画である)、B級の現実がC級の映画的世界に接続されるさまをD級の作品として提供するような感じで救えない。ジェイソン・ボーンになれなかったボンクラの話としてもあまりに粗雑。部屋でだらだら見たいカウチポテト映画。

  • 愛しき人生のつくりかた

    • 翻訳家

      篠儀直子

      トリュフォーへのオマージュを交え、バイタリティあふれる老婦人を中心にドラマを展開しつつ、その息子と孫それぞれの迷いと選択を描く。家族写真をはじめとするさまざまな仕掛けが、人の人生の年月をしのばせてじんとさせるのだが、一方でこの映画の最大のよさは、英国風とも米国風とも違うコメディの味わいにある。定年退職した息子、孫のルームメートでいつもナンパに失敗している若者などじわじわ可笑しく、ガソリンスタンド内の店のシーンに至ってはナンセンスコメディすれすれ。

    • ライター

      平田裕介

      新凱旋門、エッフェル塔といった名所が見切れまくり。そんな狭小感満点の状態で映し出されるパリの街並みが、漠然とした不満や不安を抱える各キャラクターの胸中を表すかのよう。一転、彼らがあれこれから解き放たれる契機の地となるノルマンディーは空撮ガンガンの美景バシバシ。こんな具合に風景で情景を語るのだが、それだけに頼らずユーモアと人情味もほどよくまぶされていているのがいい。ミシェル・ブランは役柄といい、ルックスといいフランスの角野卓造と呼びたくなる。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      ヒロインの配偶者の葬儀から始まり、彼女自身の死で終る物語だが、陰鬱な悲劇ではなく人生の甘美さ、厳しさがユーモラスに描かれ、いかにもフランス映画らしい映画を観たという心地よい満足感を味わった。アニー・コルディの凛とした佇まい、ミシェル・ブランの自在な可笑しさ、孫役の青年の新鮮さ……三世代を代表する役者たちの最良の部分を引出す演出術は俳優出身の監督ならではのものだろう。給油所の売店主、監督自ら演じるホテルの主人など点景人物の造型、描写も楽しい。

  • Live! Love! Sing! 生きて愛して歌うこと 劇場版

    • 評論家

      上野昻志

      まず、子どもたちのロードムービーとして徹底しているのがいい。神戸から福島、福島からバス、その先の立入制限地域には、地元の牛飼いのトラックに乗っていくまではともかく、そのあとの石井杏奈演じる朝海をはじめ、四人の子どもたちが、それぞれ思い思いの方向に駆けていき、渡辺大知の教師が追っていくという動きが生きているのだ。彼らの言葉にならない想いも、その動きを通して伝わってくる。朝海が、最初は拒絶していた神戸復興の歌を、最後に歌うのは物語の約束通りだが。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      余談。これを観てそこに含まれる音響としてSachiko Mの音を聴き、その特質自体は以前から知っているものであるけれど、科学を意識させるノイズ、というものははっきりと放射能のシンボルになるなーと気づいてビックリした。まあ、そういう音響を背景にもしながらこの映画は展開する。一色伸幸脚本の『ラジオ』というスゲー良いドラマがある(私は菊島隆三賞受賞記念上映の映写をやった)が、それも、本作も人を支える音楽(先述の音とはまた異なる)の力が描かれている。

    • 文筆業

      八幡橙

      ドラマ版は未見だが、一色伸幸脚本、『あまちゃん』の井上剛監督ということで、勝手に期待を寄せすぎていたのか。人のいなくなった被災地。その街の姿こそが雄弁に何もかもを物語る。そこに子供たちの青い感傷をいくら乗せても、景色に顕在する厳しさ、酷さに到底追いつかない。演技とはそういうものと承知しつつも、大人が頭の中で作り上げたドラマや幻想に従って動き、ことばを語らされる子供たちが不憫にすら思えてしまった。主人公が教師と付き合っているという設定は必要だったのか?

  • の・ようなもの のようなもの

    • 評論家

      上野昻志

      森田芳光の劇映画デビュー作「の・ようなもの」はリメイクであれ、続篇であれ、作るのは難しかったと思う。だが、杉山泰一は、それに怯むことなく、よくやっている。なによりも、松山ケンイチの志ん田と、前作の主人公伊藤克信の志ん魚の絡みがいい。わけても落語を捨てた志ん魚が、志ん田の熱に押されて、金魚の話を作り出していくくだり。それにロケーションの選び方もなかなか。実際、大樹を元にしたY字路など、実際に行ってみたいと思うくらいだ。あと着物で走る北川景子。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      (なんか今回この欄は現代版の芸道もの、のような、演じる表現者が主人公の映画が多い。なぜ?)本作は森田芳光作品群の延長線上にあると考えざるを得ないが、最も直接的に関係ある前日譚「の・ようなもの」の、なぜそれが名場面なのか説明できないがとにかく名場面のような、主人公志ん魚が土地土地と自らの名しんととを混ぜ合わせるようにつぶやき歩く、道中付けのグルーヴはないものの、「僕達急行 A列車で行こう」より格段に現在の映画、新作感があり、そのことに何かハッとする。

    • 文筆業

      八幡橙

      「の・ようなもの」から35年。ただ、ひたすら懐かしい。松田優作の3回忌の頃、森田監督にインタビューした際、「(松田優作が)“の・ようなもの”を絶賛してくれたけど、当時本当に見ていたかはわからない」とのエピソードを語ってくれた日のことなどが蘇った。伊藤克信の変わらぬ純朴さ、松山ケンイチの生真面目ぶり、森田作品を彩った役者たちのカメオ出演……。没後4年にして作られた、“森田芳光映画祭り”ともいうべき一本。監督と映画に対する愛を感じる、気持ちのいい作品に。

  • 殺されたミンジュ

    • 映画・漫画評論家

      小野耕世

      初めてアメリカに行ったとき、ニューヨークで米陸軍払いさげのコートを買って着ていたが、この映画の韓国人自警団員みたいな人たちもUS陸軍の服を着て権威づけをしている。キム・ギドク監督は、いつも映画にしたいテーマがからだ全体にあふれているような人なのではないか。撮影も自分でしてしまうし、登場人物も同じ俳優に何役か演じさせるなど。映画のきめは粗いのだが惹きこまれてしまう。つまり韓国社会にくすぶる不平等感や権力者の横暴への批判が生きていて圧倒されるからだ。

    • 映画ライター

      中西愛子

      人間の業をどこまでも深く見つめ、シンプルな話術で、かつ暴力的な威力のこもる映画を撮り続けるキム・ギドク。本作は、個をつきつめた先に辿り着いた、人間社会という巨大なシステムについての彼なりの論考であるように思う。謎の報復集団の行動を追ううちに浮かび上がる、弱肉強食や復讐という終わりなきテーマ。ギドクにしては珍しく、セリフが説明的なのが気になるが、不条理に対して一切目をそらさぬ姿勢には圧倒される。答えのないものを探り続ける。その執念は美徳か、不毛か。

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