映画専門家レビュー一覧
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マルリナの明日
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ライター
石村加奈
毒入りスープで淡々と強面の男どもを殺し、剣ナタで躊躇なくボスの首を切り落とすヒロイン・マルリナ。友人の妊婦共々、女ゆえに降りかかる数多の試練否悲劇にもめげず、粘り強く生きぬいて、遂に住み慣れた家から旅立つマルリナの物語に、痛快さを感じるというよりはむしろ、一向に晴れないその眼差しの憂いに、沈鬱な心持ちになった。80年生まれの女性監督は、このヒロインのどこに魅力を感じたのか? 釈然としない。首なし男はユニークだが、荒野に置き去りにされる番犬は哀しい。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
かつて途上国の女性映画といえば社会派ばかり紹介される時代があったが、こんな、タランティーノもしくは石井隆ばりの猟奇サスペンスで名を上げる快作がインドネシアの離島から発信される状況は、映画の発展を如実に物語る。社会派ばかりだった時代にも漸進的意義はあったし、逆に言うと本作のキッチュもまた時代的要請の桎梏に絡めとられてもいるのだ。本作が吐露してやまぬ男根去勢への潜在的欲望はどこへ向かうのか。時代は一刻も早くタランティーノ的フラットを超克すべきだ。
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脚本家
北里宇一郎
抑圧された女性の抵抗をマカロニ・ウェスタンスタイルで描いて。シネスコの横長画面を効果的に見せた構図がカッコよく。寡黙なヒロインもどこかイーストウッド風。だけど見ていくとインドネシア、その土色の肌が感じられて。夫のミイラ死体、首なし男の幻影、民族音楽の歌声。広々とした映像を積み重ねていながら、ここには西部劇の解放感がない。展開もぐずぐずしていてもどかしい。男性優位社会の下で生きることの息苦しさ。それを活劇として描いて、なおも爆発しきれなかった鬱屈が。
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ホワイト・クロウ 伝説のダンサー
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翻訳家
篠儀直子
パリ到着から亡命までの数日間をベースに、ヌレエフの幼少時代、レニングラードでの修業時代が複雑に交錯する構成。彼が「ここではない場所」を常に求めつづけていたという解釈に説得力があり、主演者が見せる高慢な微笑も、いかにもヌレエフっぽくて魅力的。でもせっかく本物のダンサーを主演に迎えたのだから、もっとダンスをたっぷり見せてくれてもよかったのに。ところでヌレエフのパリ滞在と亡命は、2015年にBBCのドキュドラマにもなっているとかで、こちらも大変気になる。
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映画監督
内藤誠
レイフ・ファインズがルドルフ・ヌレエフを研究し、どうしても映画化したかったという意気込みがよく伝わってくる。オレグ・イヴェンコも期待にこたえ、伝説のダンサーを体現し、バレエにかける情熱を激しい身振りとことばで演じて、みごと。監督みずからヌレエフのバレエ教師役をつとめているが、脇役もよく、パリの美術館などが丁寧に描かれているので、ヌレエフが亡命したくなる気持ちも分かりやすい。KGBを相手にアンドレ・マルローまで関係してくる亡命シーンは圧巻だった。
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ライター
平田裕介
バレエの世界とその住民にはまったく無知の身ではあるが、しっかりと楽しめた。レイフ・ファインズによる緩急を効かせた演出もさることながら、やはり魅せられたのはヌレエフという人物。生まれついてのボヘミアンなうえに全身でもって芸術を愛する彼に国やイデオロギーという価値観はまったくもって意味がない。このピュアネスぶりが刺さるし、他国のダンサーとの共鳴がこれまた染みまくるのだ。ル・ブルジェ空港での亡命も派手さはないが、彼に魅せられるがゆえに異様にアガった。
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ガルヴェストン
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翻訳家
篠儀直子
アウトローと「聖なる娼婦」の物語、または、死を直視した悪人が善行に目覚める物語の類型に属するストーリーだが、主演ふたりの身体と表情を的確にとらえる演出と、ロケ地の風土を空気ごとつかみ取っているかのような映像により、類似作品とは一線を画す、独特の情感あふれる作品に。犯罪映画らしからぬ音楽の選択も正解。「女性ならでは」とか「ヨーロッパ人ならでは」とかあまり言いたくないのだけれど、メラニー・ロランのセンスがはっきりと打ち出された映画なのは間違いない。
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映画監督
内藤誠
アメリカの犯罪小説を原作にしたジャンル映画。ベン・フォスターとエル・ファニング主演のロードムーヴィーでもあるのに、「俺たちに明日はない」とは全く感触がちがう。演出がメラニー・ロランでフランス的映像感覚と暗さが全篇に漂い、フィルムノワールの娯楽性を楽しむというよりはアート系作品の感じ。不治の病ではなかったのに、ベンが終始、酒とタバコを口にしながら、咳こんでいるのも、暗い要因だ。キメのこまかい演出や演技、編集もいいので、カルトなファンにはお薦め。
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ライター
平田裕介
舞台は88年の米国。人によって違うと思うが、自分的には同国が同国らしかったギリギリの頃だと思っている。で、映し出されるのはアメリカ原風景を存分に感じさせるモーテル、ダイナー、バー、国道といったものばかり。というわけで、ウィリアム・エグルストンやスティーヴン・ショアの写真集を眺めているような94分。主人公の病をめぐる皮肉なオチや意外と現実的な逃避行の収束など、爽快感がまったくないのもなんだか染みる。ただ、ベン・フォスターは80年代を生きる男に見えず。
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ペガサス/飛馳人生
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ライター
石村加奈
主演のシェン・トンがトム・クルーズばりに大活躍。駐車場で繰り広げる、ツバメの如き軽やかなアクション(主人公チャン・チーの妄想内で、というオチまでつく!)や、5年ぶりにカムバックしたサーキットで、神話の馬“ペガサス”のように、ぶっちぎりのカーアクションを披露する。ちょっと冴えない、でも愛嬌のある主人公が、憎めないどころか、5年前に出場停止になった理由も含めて、どんどん格好よくなっていくところも爽快。中国で大ヒットしたお正月映画と聞いて大いに納得した。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
資格停止ペナルティを科されたカーレーサーの復帰願望を描いたこの中国映画には、女性の影も形も存在しない。ひたすら“男の子の夢”にのみ奉仕する反時代性。愛する息子のDNA鑑定も血縁なしの判定で、ここでも非生殖的な桃源郷が追求される徹底ぶり。思えば約一五〇〇年前、この中国で桃源郷の概念が発明された時も女性性は忌避され、ホモソーシャルな逸民の光栄ある孤立が称揚されていた。本作はスピード崇拝の果てにその桃源郷に回帰し、依然として世界は半分のままだ。
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脚本家
北里宇一郎
事件に巻き込まれて引退を余儀なくされた中年レーサーがカムバック。捨て子を育てての人情ネタやら、若き相棒と組んでの資金集めのお笑いやら、盛りだくさんの内容。日本アニメに影響されたような脱力ギャグ、MTVスタイルの音楽処理、米映画的フラッシュ・カットつなぎ。もうもう観客の眼と心を一瞬でも離してたまるかの奉仕精神に溢れ。笑いがスリルに転じ、遂には感動へと至る。その計算が、余りにもせわしない展開で思ったような効果を挙げていない気が。時には深呼吸もしてほしく。
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MMRワクチン告発
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ライター
石村加奈
本作の監督を務めたのは、消化器専門博士のアンドリュー・ウェイクフィールド氏。いわく「私自身がメディアになり、伝える側になろうと決めました」。アメリカ疾病対策センターや大手製薬会社からの圧力がかかったテレビではなく、映画で伝えたかったのは、新三種混合ワクチンと自閉症との関連性にまつわる「不快な真実」だ。構成など多少もたつく部分は否めぬが、テーマに迫る熱量はマイケル・ムーア監督にも匹敵する。女医の言質を取った簡潔なラストシーンでは本領発揮、か!?
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映像演出、映画評論
荻野洋一
混合ワクチンの予防接種が小児の自閉症の原因になっているという問題提起は看過すべきではないが、医療の門外漢たる筆者がそれ以上の知見をここで披露できるものでもない。ただ筆者が言えること、それは医学上の是非ではなく、本作が映画として瑕疵を抱えていることだ。製作側の主張が延々と反復されるばかりで、反論提示も議論の深まりも不十分。医師免許?奪への憤りはわかるが、問題の根源として槍玉に挙がる機関についてもっと奥へと切り込んだ取材が欲しかった。
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脚本家
北里宇一郎
はしか、おたふく風邪、風疹の3種に効くというMMRワクチン。その注射を受けた(主に)乳幼児が次々と自閉症になって。家族が記録した子どもたちの事例が痛々しい。薬品会社とマスコミはその事実を隠ぺいしているというが、真相は藪の中だ。が、かつて日本でもMMRワクチンが作られ、副反応として髄膜炎が発生、製造中止となった事実。なおも自閉症の子どもが増加しているデータ。もろもろ考えるとますます迷宮に。作品の良し悪しを超えて、映画はこういう役割も担わされるんだと。
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