映画専門家レビュー一覧
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ダークグラス
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日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
盲目系ホラーは多々あるが、本作は目が見えないということを、例えば視覚の代わりに聴覚や嗅覚に頼るという演出の一要素として扱うよりも(もちろん多少はあるが)、他者との交流を深めるものとして扱っているのが印象的。また、夜のシーンの画面の9割が真っ暗で何も見えない攻めた撮影は、もはや観客までもが視覚を奪われているとも言えるかもしれない。そんな暗闇のなか、タイトな物語展開や、誇張なく常人的なスピードで冷静かつ痛々しく行われる殺人描写が光る。
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文筆業
八幡橙
アルジェントへの思い入れによって評価はかなり変わるだろうが、82歳にして再び原点に立ち戻り、いかにも自分らしい映画をなおも送り出す、その気概にまず脱帽。往年の色彩感覚や美術へのこだわり、異彩を放つ独特のセンスには正直衰えも感じたが、盲導犬の奮闘+唐突に行く手を阻む障害物など、随所に「サスペリア」へのオマージュも見え、ファンへの目配りもしっかり。冒頭の日蝕や、盲目の娼婦と中国人少年の組み合わせが結局今一つ生かされていない点含め、期待を裏切らぬ一本。
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パリタクシー
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米文学・文化研究
冨塚亮平
ベタな人情噺に流行りのトピックをまぶしたような内容には特に目新しさはなく、安直に回想シーンに頼りすぎているようにも思えるものの、自身の境遇とも部分的に重なるマドレーヌを演じたリーヌ・ルノーは、人間味溢れる魅力を随所に発揮して、ややおとぎ話めいた物語に十分な説得力をもたらしているし、徐々に表情に柔和さを加えていくシャルル役のダニー・ブーンの変化も良い。一方で、カネが重要となることは設定から避けられなかったのはわかるが、結末の処理にはやや疑問が。
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日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
老婆がタクシーに乗り込む直前に、しみじみと自宅を見上げる主観ショットのほんの数秒が素晴らしい。実はこの老婆は、もう家に戻ることはないと心に決めていたことがのちにわかるのだが、本作が老婆がパリを改めて巡り、過去と記憶を語り直す映画であることを、この数秒の主観ショットがなによりもわからせてくれる。そう聞くと、なんだかノスタルジックなほっこり話かと思いきや、その過去が女性差別や蔑視をめぐる壮絶な歴史であったというギャップにも驚かされる。
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文筆業
八幡橙
運転手と客。パリを走るタクシーに乗る、たった2人の、わずか1日の物語。尺も設定もコンパクトでありながら、壮大かつ濃密な時間と空間、人生の深い機微をも湛える愛すべきロードムービーだ。若き日の恋バナが意外な過去に繋がり、さらに女性が抑圧されていた時代が孕む、今へと通じる社会的テーマにまで及んでゆく。その過程を、タクシーの窓に映るパリの街並みのごとく滑らかに、流れるように描き切る手腕に唸った。2人の会話や近づきゆく距離も心地よい、思いがけぬ名篇。
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ガール・ピクチャー
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
主人公の女の子は情緒不安定。些細なことでキレたりする。薬を飲んでしのいでいる。フィギュアスケートをやっている女の子を好きになる。バーのカウンター。振り返って彼女を見つめる不安げな顔。何かしてあげたいけど、どうしていいかわからない。その顔がずっと残る。もう一人の友達の女の子はセックスに取り憑かれている。したことないのにやたら下ネタを連発する。何をやってもうまくいかない。それでも生きていくしかない。へこたれない彼女たちが必死で滑稽で切ない。
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文筆家/俳優
睡蓮みどり
ガールはボーイと出会ってラブロマンスが生まれるという価値観にも、恋愛したらキスしてセックスして、しかもそれが嬉しいという顔をしなきゃという価値観にもとらわれずに、女の子としてではなく自分自身として生きるガールズの決して器用ではないこの物語はとてもロマンティックだし熱いしこんなティーンエイジャーだったら最高だったのになぁとドキドキしっぱなしだった。キスシーンもラブシーンも(最近は嫌悪感ばかりだったが)素晴らしい。みんな大好き!
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映画批評家、都立大助教
須藤健太郎
観客がアセクシャルの存在に気付くための青春映画で学ぶところ多しだが、悪い人が出てこないのがいいところ。ミンミの母親は娘を嫌いなわけではないし、エマのコーチも根は優しい人だと最後にわかる。高校生の話でもいわゆるスクールカーストなどはなく、卑劣ないじめっ子がいるわけではない。「悪い男」も不在である。クラブでナンパしてくる2人組も単に気のいい人たちで、イケメンで女好きだと噂のシピにしても、気分を害したからといって、それで罵声を浴びせたりはしない。
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ノートルダム 炎の大聖堂
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
鍵がないと部屋に入れない。どんどん炎が迫ってくる。唯一鍵のありかを知っている男もパニックになっている。このタイミングで?というぐらいヘマを繰り返す。電車を逃す。自転車もパンクしている。ようやくたどり着いて鍵を取り出すも、パニックでそのやり方が出てこない。電話しても通じない。メールしても返事がない。電源が2パーセント。意地悪なぐらいいろんなことがうまくいかなくて、ハラハラドキドキのし通しだったが、振り返ってみると誰の話だったかわからない。
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文筆家/俳優
睡蓮みどり
ノートルダムが燃えてしまったというニュースを知ったときの衝撃は、今も覚えている。パリに暮らす人々にとっては、衝撃などというものでは済ませられないものだったに違いない。緊張感が走るものの、死者がいないという結末を知っているのでどこかで安心感を覚えながら見ていた。救助隊の活躍や人間ドラマよりも何よりも燃える大聖堂の姿こそが本作の主人公である。そこには潔ささえ感じる。しかし、火災を分割画面にまでして映すのは個人的に上品ではないと思う。
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映画批評家、都立大助教
須藤健太郎
想像通りではありつつ、意表を突かれた。面白いのである。たしかに悪趣味であり、ところどころで失笑させられもするが、それも含めて挑発的と言わざるをえない。要は、ノートルダムの炎上こそフランス国民、いや全世界の人々が待望していたスペクタクルだと本作は声高に訴えているのだ。ラストで?燭の炎にクロースアップする手つきに明らかだろう。大規模な鎮火作業にも負けず、消えることのない信仰の火。しかし、これと変わらぬ小さな炎こそが大聖堂を燃え上がらせたのだから。
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ケアを紡いで
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脚本家、映画監督
井上淳一
一点突破全面展開。優れた物語は徹底的に個を描くことで、その周辺、社会までも描く。ステージ4の舌がんを患った主人公を追うことで本作はこの社会からこぼれ落ちているものを描く。医療費制度と介護保険の谷間で、病気で経済的に困窮する15?39歳をAYA世代と呼ぶなんて知らなかった。NPO任せでいいはずはない。絶対に死では泣かせないという強い意志。難病モノをやるすべての人は絶対に観るべき。坂本龍一ではないが、芸術は長く、人生は短い。ちゃんと生きた証しがここにある。
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日本経済新聞編集委員
古賀重樹
難病ものでありながら、お涙頂戴ではない。がんと闘う姿をいたずらに称揚することも、悲劇を強調することもしない。ただひたすら介護する側と介護される側がさまざまな局面で具体的に何を選択し、どう行動したかを追い、それぞれの生きざまに冷徹に迫る。生きていく術としてのケアを感傷抜きに見つめる。そうすることで、生と死がリアルに浮かび上がる。ナレーションを排し、すべてを登場人物に語らせるスタイルも手伝って、映画としての強度が高い。登場人物がみな愛おしくなる。
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映画評論家
服部香穂里
看護師のゆずなさんの、末期がんを患い逆転した立場から実情を自身の言葉で伝えることで、社会貢献を志す意思の強靭さに感服。病と率直に向き合うその姿を通し、経済的な助成制度のほぼない若いがん患者の苦境や、彼女の救世主となるNPO法人理事長の谷口さんの息子さんら、高次脳機能障害と闘うひとや家族の言い知れぬ想いも、ひしひしと伝わる。スヌーピー好きな可愛らしいカップルの、周囲を否応なく突き動かす類まれな人間力が生んだ、悲しくも温かな余韻に包まれる良作。
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放送不可能。
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脚本家、映画監督
井上淳一
→「妖怪の孫」はそのことをちゃんとやっている。しかしやはりこれは映画ではない。せめていっぱい宣伝して、届かない人に届くことを願うのみ。届く人は安倍が最低最悪だと知ってるから、自己確認にしかならないし。「放送不可能。」に至っては偽りあり。この程度のこと、テレビでやれないのか。人選も電波芸者と言われた田原に劇場化の小泉だし。第2弾はホリエモン? なんとかならんか。原発反対以外、内容もないし。テレビマンユニオン、創始者に恥ずかしくないか。YouTubeで十分。
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日本経済新聞編集委員
古賀重樹
田原総一朗が小泉純一郎に原発推進から反原発に転じた理由を聞く。インタビュー番組としては実にわかりやすくできていて説得力もある。話の内容を統計データでいちいち裏付けるところはジャーナリスティックだし、強調したい言葉をテロップでバンバン出すのは昨今のテレビならではの手法だ。だからこれを映画として評するのは不可能に近い。この作品が映画である理由は題名の通り「放送できないから」に尽きる。それが日本のテレビ界の現状だとしたら、頭がくらくらする。
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映画評論家
服部香穂里
題名いわく、いかに過激な内容かと思いきや、妙に仲良しなふたりが、正論を語り合うだけという皮肉。かつては原発推進派だった元首相が、悪びれずに“嘘をつかれダマされていた”の一点張りで通すのも言い訳じみて聞こえ、田原氏の“安倍政権を生んだのは小泉さんでは?”の指摘で、和気あいあいムードがにわかにピリつく一瞬が、個人的には最もスリリングなハイライトに映った。国民大多数の声さえ虚しく響く今、“原発ゼロ、やればできる”が結論とは、あまりに楽観的ではないか。
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わたしの見ている世界が全て
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
佐近監督の作品は本作が初見なのだが、とても驚いた。冒頭シーンの軽いトリックから、映像的に仕掛けられた細かな目論見が次々にキマっていく気持ち良さ。画面上の人物配置、インサートされる情景ショットなどすべてが的確で、82分間を通して現代社会に一つの「問い」を投げかけていく。その構成のスマートさ、そして最後になってその真意に心を打たれるタイトルのシャープさにも痺れた。ストイックな画面設計にあって、森田想のノースリーブ姿への執着も効果的かつ映画的。
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映画評論家
北川れい子
私らしい生き方とか、私らしく生きるとか、曖昧に自分探しをする女性が苦手なこちらとしては、この作品の、何に対しても自分の思い通りにならないと気がすまない「私が確立」した主人公は逆に頼もしい。そんな性格のせいで失職した彼女が、ならばと起業を決意、その資金を得るために実家に戻っての話で、成り行きまかせでボーッと生きている兄弟たちがじれったい。家族という生臭い関係をものともせず、路線を変えない彼女を森田想が好演、小気味いい。
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映画文筆系フリーライター。退役映写技師
千浦僚
本作については世代や地域によって受け取りかたが異なるかもしれないが私からするとこの剣呑で殺伐とした主人公女性は、詐欺師気質でコントロールフリーク、ふんわりサイコ。だがこういう人は東京あたりにはよくいるしどんどん増えている。だって自分の起業のために実家売りたくて兄や姉の人生を差配し、その地域の荒廃を進行させ、その自覚なく最後はポエム的独白でシメるんだぜ。ヤバい奴すぎる。現代の病理を突く主人公像と主要人物の設定、俳優陣の演技が素晴らしい映画!
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