映画専門家レビュー一覧

  • 街の上で

    • 映画評論家

      吉田広明

      今年だけでも既に何本目かという監督だが、それだけ乗っているということだろう。こういう勢いがある監督は今どき貴重なので評価したい。下北沢を舞台にした群像劇、キャストがほぼ新人で、いかにも下北にいそうな感じでリアル。人物造形、その出し入れがさすがに上手いので、世界の中にいつの間にか入りこまされ、笑わされている。映画としての完成度自体は「his」や「mellow」よりも良いように思う。ただ、どうしても「小器用」という言葉が浮かんでしまう作品ではある。

  • グッドバイ(2020)

    • フリーライター

      須永貴子

      なんでもうまくこなせるため、何事にも夢中になれない主人公の人物像と、実家でのぬるい日常描写にリアリティがある。彼女が無認可保育園で働くシーンでの、自然にふるまう子どもたちの中で役者を動かす演出スタイルは、恩師だという是枝裕和監督イズムを感じる。子どもと触れ合うことで自身の記憶をさかのぼる流れはわかるが、禁忌の匂いを漂わせて終わるラストカットでは、突然主人公が別人のような表情を見せる。主人公の心情と思考回路の飛躍が、どうにも咀嚼できない。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      いじわるなことを言うと、“無認可保育園”なのに、遊具なども充実したちゃんとした保育園にしか見えない。そんなところで保育士の資格も持っていないさくらが働けるんだろうか。ピアノだってちゃんと弾けて、一端の保母さんだ。リアリティは映画の必要条件。そこに疑問を持ってしまうと後がつらい。さくらは誰かに依存していないと生きていけないかのようだ。一緒に住む母、そして保育園の園児のお父さん、そして離れて暮らす父。そこには性的な匂いもする。惜しい作品だった。

    • 映画評論家

      吉田広明

      大人になりきれないヒロインが、保育所に臨時に働きに入って、幼年時代自分が大切にされていたことに気づき、離婚して今は一緒にいない父に似た園児の父にほのかに恋をするといった経験を通して一回り成長する。煙草の匂いとか、カレーの肉といった感覚に関する細部を積み重ねることでヒロインの感情を動かしてゆく手つきも危なげなく、ヒロインと同世代と思しき監督の、等身大のビルドゥングスロマンとしてよく出来ている。次回はもう少し難しい題材を選んで、冒険することを期待。

  • ブータン 山の教室

    • 映画評論家

      小野寺系

      ブータンの奥地にある村が舞台となっていて、とにかくそこまでの道のりの険しさを時間をかけて表現していく前半部や、村の生活が具体的かつ丹念に描かれている箇所が素晴らしく、監督が映画づくりを学んだケンツェ・ノルブ監督からの継承を感じる点が味わい深い。その一方で、この村に多様な生き方を選ぶ自由がないことを、本作では幸福の国ブータンの好イメージに重ねようとしている。皮肉だととらえることもできるが、人権問題の根を深くしてしまう作品になり得ることを留意したい。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      劇映画とドキュメンタリーの両方の特質をもつハイブリッド映画の様相。主題の主人公の自分探しはさておき、学ぶ楽しさや知る喜びが満ちあふれている村の子どもたちの笑顔や仕草がむしろ作品の価値を決定。中でも利発な生徒を演じる少女ペム・ザムちゃん。知識を吸収しようとする熱心さがきらきらする瞳にそのまま映り、そのプリミティブな輝きに★一つ。村長の子どもらに対する教育重視の姿勢が、GNPやGDPでなく、国民総幸福量を使用しているブータン王国の国の形と重なる。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      都会の落ちこぼれ教師が、麓から徒歩で一週間という僻地にある人口わずか56人の村の子どもたちに数カ月間勉強を教えるだけの極めてシンプルな映画で、不満たらたらの都会っ子の主人公が村に入った途端に突如人格者になったかのように見えてしまう脚本構成には多少の難を感じるとはいえ、カワイイ生徒たちとの触れ合いを描出した実直で素朴な演出には嘘のない優しさを感じるし、人間の営み、教育、幸せについて、声高ではなく耳打ちでそっと教えてくれるようなステキな映画だった。

  • 裏アカ

    • 映画評論家

      北川れい子

      世間知らずの10代の少女ならいざ知らず、それなりのキャリアを持つ30代のヒロインの、あまりの無防備で自虐的な行動にアッケにとられる。仕事への不平不満? 心の渇きか体の渇き? ともあれ彼女は、きらびやかな都会の片隅で、裏アカに溺れていくのだが、一方でこれがデビュー作の加藤監督、地に足の着いたリアルな演出もぬかりなく用意し、ヒロインは裏アカと日常を行ったり来たり。結局彼女は両方から撤退せざるを得なくなるのだが、教訓的なのは気になるがときに教訓は必要!!

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      タイトルから後ろ暗い欲望を興味本位的に見せる映画かと警戒したが、高田亮の脚本(加藤監督と共同)は、都市生活者の孤独とそこから生じる承認欲求をめぐる滑稽な悲劇をスリリングに描く。いや、そもそも承認を求める営みそれじたいはなんら後ろ暗いものではないはずで、どこまでも清冽な瀧内公美の存在感も作用し、滑稽でありながら切実な物語として観る者の共感を喚起する。文字の演出、森田芳光の「(ハル)」を思い出させるが、もう少し構造的に生かせなかったか。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      見られたい自分がいる。裏アカでそれを解き放つ。反応に引きずられて危険なところまで。いわば最近の文化の症候を「お楽しみください」なのだが、瀧内公美演じる真知子が神尾楓珠演じるゆーとに出会った夜を境として、快楽とその充足の不可能性の二段階を通路として生の意味を奪おうとするこの世界の空虚さが歩きだした。共同脚本の高田亮と加藤監督、最後までよく持ちこたえたと思う。愛の不毛、アントニオーニに負けないものがある。富士食堂と客の神戸浩たち、うれしかった。

  • Eggs 選ばれたい私たち

    • 映画評論家

      北川れい子

      女は女性“性”を背負って生きる。男は男性“性”をブラ下げて生きる。って誰かが言っていたような―。ま、それはともかく、生む性としての女の月月の生理を、ここまで厄介なお荷物として描いた作品は記憶にない。結婚、出産は無縁と思っている従姉妹同士が、そのお荷物を、心情的かつ実利的に有効利用しようとする話で、結果として二人の世界はそれぞれに広がっていくのだが、何やら一人相撲を二人分観ている気も。そもそも“選ばれたい”という受け身のタイトルも気に食わない。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      以前、身近でエッグドナーの話を聞いたことがあるが、日本国内ではたとえドナー登録がおこなえたとしても、卵子提供には高いハードルがあり、希望者の多くが海外に行かねばならないという。つまり、需要と供給の関係が成り立っていないのだ。その前提に立ってみると、「選ばれたい」と願う女性たちを「選ぶ」主体はいったい誰なのかという疑問がわいてくる。「裏アカ」もそうだが、承認を求める心の隙間に入り込み、搾取しようとする社会の側にじつは最大の闇が隠されている。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      子供のいない夫婦への卵子提供。出産しない女性がそれで生物学上の義務を果たすという感じ方を本作で知った。冒頭、ドキュメンタリー的に何人もの提供志願者が語るが、それぞれの人間的魅力が見えない。ドラマ部分にもその感じがある。従姉妹である二人の話。二人の生き方も、直面する現実も、一種の弁解のためだけにそうなっていると思わされた。川崎監督、二人の心が接近したあとの溝、といった常套に頼って意欲を上すべりさせる。とくに赤ワインや鶏卵を使ったイメージ操作は幼稚。

  • ホムンクルス

    • 映画評論家

      北川れい子

      馴染のない覚えにくいタイトルだが百科事典にも載っている錬金術絡みの用語だったとは。更に劇中、呪文のような言葉がいくつも登場、ついメモを取りたくなったり。そういう意味でもかなり人騒がせな作品だが、人間の深層心理のヴィジュアル化を含め、清水監督、今回は内容的にも大人向き。ザックリ言えばトラウマについての話で、そのトラウマも人間の見栄や弱さ、罪悪感といったものなのだが、錬金術師気取りの成田凌が記憶喪失の綾野剛を最後まで引っ張り回し、飽きさせない。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      VFXによるイメージ世界の構築は最初こそそれなりに新鮮だが、紙の上で展開されるマンガにくらべると、明らかに作り物である映像のそれは早々にのっぺりと退屈なものに感じられてくる。おそらく清水崇監督の眼目もそちらではなく、(「村」シリーズと同様に)いずれ劣らぬ若手演技陣の身体そのものでいかに不可思議なイメージをつくりあげるか、という点にあると見え、綾野剛と岸井ゆきのの関係性にフォーカスが合っていく後半から俄然面白くなる。惜しいバランスの作品。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      綾野剛と成田凌。よくやってると思った。ともかくこういう話、と納得させる導入部から、わかりやすいヤクザの組長のエピソードまでは、この二人ならではというもの。妙に重苦しくエグいJKのエピソードをはさんで、綾野演じる名越と成田演じる伊藤の「いまに至るまで」が明かされていくが、複雑に作りすぎている気もした一方で、いいセリフと見せる演技の応酬に引きつけられた。清水監督、切れ味もうひとつか。頭蓋に穴あけてみたいと私たちに思わせるほどの場面がないのも惜しい。

  • ゾッキ

    • フリーライター

      須永貴子

      三人の監督が個性を競うオムニバスではなく、作品内のエピソードを分担しているらしい。それなのに妙な統一感があるのは、原作と、蒲郡というロケ地が強いから。撮影監督など全スタッフを固定したこともプラス。「秘密」というキーワードがあまり機能しておらず、群像劇としてのカタルシスも弱いが、音楽監督を務めたCharaの仕事により、人間讃歌としてまとまった。演者はみな魅力的。特に映画初出演となる芸人の九条ジョーの、“変さ”と“愛らしさ”の塩梅が絶妙だ。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      原作ものをやっているが、あまり知られていないものを発掘しているところにまず好感を抱く。それと監督の三人がみな俳優。しかも役者根性バリバリの人たちだ。思えば名作をものにした俳優監督は幾人もいる。伊丹十三、北野武、奥田瑛二等々。古くは山村聰や佐分利信もいる。また衣笠貞之助も藤田敏八も元々は役者だったのだ。映画の核心が芝居を撮ることだと思えば、芝居をよく知る俳優が監督をするのはとても理に適っている。いいものを観させてもらった。

    • 映画評論家

      吉田広明

      レンタル・ビデオ屋で終業時に残したメモの位置の変化が9・11を告げるなど、極小と極大がつながって、何気ない細部が人生の機微を語る。久しぶりの監督となる竹中直人、数本目の齊藤工、初監督の山田孝之、演出経験の差を感じさせない仕上がりで、齊藤、山田の今後も期待させる。ただ、挿話を切らずにつなげているとはいえ群像劇として人物が縦横に絡み合うわけでもないので、オムニバスでよく、そうすれば各演出家の力量が残酷に晒されるわけで、その方が良かったと思わなくもない。

  • サンドラの小さな家

    • 映画評論家

      小野寺系

      家庭内暴力から逃れられた女性と娘たち。その新居をDIYで建てていく過程が、彼女たちの傷ついた心の回復とシングルマザーの自立をそのまま象徴していて、視覚的に秀逸な設定だと感じられる。製作規模は小さいが、だからこそ身近なリアリティがあり、企画、脚本、主演を務めたクレア・ダンの情熱がひしひしと伝わってくる。全ての女性へのエールを劇中曲で表現する演出も心を熱くさせるが、シーンに上手く?み合ってない箇所があり、選曲や編集など、細部では少々荒い点が見られた。

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