映画専門家レビュー一覧

  • 日日是好日(にちにちこれこうじつ)

    • 映画評論家

      上島春彦

      配役が豪華で話が薄いのは「億男」同様。ただしこちらは茶道の所作自体が映画的で楽しい。その形の意味を問われて樹木先生が絶句するあたり、教育テレビの講座とはだいぶ違うが、そういうのがドラマの良さ。彼女の「なのよねー」という台詞がかつての『ムー一族』とかの感じを残していてやけにおかしかったものの、喜劇ではない。エッセイ映画とでもいうべきか。主人公の父親以外は男の存在をぎりぎりまで消してあり効果的。ただ父親への感謝という部分に関しては舌足らずな印象。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      訃報の翌日に観るのはどうかと思ったが、樹木が若々しい声で足早に玄関に現れる初登場ショットに張りのある演技を認めて安堵。80年代を引きずる90年代初頭から始まる異文化ものだけに森田芳光的な匂いがするが、脚本も兼ねた大森監督が適材かと言えば最後まで釈然とせず。風景の中で人物を際立たせる才気にあふれた監督が茶室に蟄居させられるのが窮屈に見えてくる。説明の多いモノローグが効果的とも思えず、古めかしい家族劇へのアイロニカルな視点が欲しかったところ。

  • 止められるか、俺たちを

    • 映画評論家

      北川れい子

      若松孝二のピンク映画を初めて観たのは50年近く前の新宿蠍座での特集上映で、むろん独りで意気がって。そうか、当時の若松プロは、こんな人たちが出入りし、こんなふうに映画を作っていたのか。この若松プロに助監督として飛び込んだ吉積めぐみを、“不思議の国”に迷い込んだ“アリス”よろしく描いているのだが、時代、状況、事件、騒動などを背景にしためぐみの周辺の治外法権的な自由さは、ザックリなりに伝わってきて、どのエピソードもくすぐったい。郷愁にしてないのがいい。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      テンション上がりっぱなし。若松プロ版「24アワー・パーティ・ピープル」もしくは「ストレイト・アウタ・ピンク映画」。本作作り手たちと同様?、私にとってもガイラさん足立正生さん荒井晴彦さん福間健二さん(そして沖島勲さん)らは会いにいけるアイドル、ヒーローで、それが神話化でも矮小化でもなくこのように映画化されたことには刺された。また吉積めぐみさんを中心に、その眼を通してということがデカい。批判もあるだろうが、映画の現場に携わる女性に特に観られてほしい。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      ヒロインの“背中”が、観客を70年代の映画製作現場へと誘う。そこには既に、目には見えない時代の〈空気〉なるものが存在する。70年代の若者たちの熱量を提示しながら「自由な環境は自分たちで作り出すもの」と、我々の棲む現代社会を批評。例えば、同調圧力、あるいは、言葉尻を捕らえるのをよしとすることで、目には見えない〈空気〉なるものの窮屈さを禁じえない昨今の状況に対して、本作は「出鱈目な熱量の中でしか文化は生まれないのではないか」と思わせるに至るのだ。

  • アンダー・ザ・シルバーレイク

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      ゴダールもタランティーノも博覧強記のオタクだったが、世代のちがいを感じることもしばしば。が、ついに同時代の映画・音楽・雑誌・サブカルチャーに耽溺して育った監督が登場した。全体的にはチャンドラーの探偵ものをパロディ化したトマス・ピンチョンの『LAヴァイス』をさらにパロッたようなテイストだが、模倣は創作の神さま。90年代にティーンエイジャーだった人ならほくそ笑むような、TVゲームや悪魔崇拝的なバンド、カルト的な陰謀論への愛着がたっぷり詰まっている。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      失踪した美女を探すオタク青年のシンプルな話を徹底的に作り込み、飾り立てて見せる才気はなかなかのもの。都会の迷路を彷徨い探索する主人公から安部公房の『燃えつきた地図』が浮かぶが、こちらはハリウッド特有の模造宝石のきらびやかさを放つ。ニルヴァーナ等の音楽シーンのスターたち、ヒッチコック映画のポスター、映画ファンにはお馴染みのロケーション等々。画面を隙間なく埋め尽くすそれらから多くの作品や人物が思い浮かび、謎解きと一緒に楽しめる反面、過食症気味にも。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      都市伝説的な好奇心から悪夢的な迷路に足を踏み入れ、見当はずれな出口に出てしまう。デイヴィッド・リンチほど突き抜けておらずフィリップ・マーロウにしては美学がないが、中途半端の極めぶりが力技で決まった。家賃を滞納しまくっているくせに1㎜も働く気配のないアンドリュー・ガーフィールドのダメダメ具合が板につきすぎて説得力がある。既に指摘されているようにダーク版「ラ・ラ・ランド」の様相は濃厚だが、そこがゴズリングとガーフィールドの差だと思うと妙に生々しい。

  • エンジェル、見えない恋人

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      ファンタジーであるし、繊細な心の動きを描いたラブストーリーだと理解しているが、些細なディテールが気になり、物語に入りこめないところがあった。野暮を承知でいえば、透明人間の赤ん坊が生まれたとして、オムツくらいつけるのでは? 彼女とデートするとき、透明な青年は裸で会っていたのだろうか? ウェルズのように透明人間がどうして見えないのか、色素と光の屈折で解説せよとまではいわないが、「このような設定だ」と簡単な説明があれば、もう少しお話に没入できたのかも。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      姿が見えない男の子と目が見えない女の子のラブストーリーは、設定からしてユニーク。さらにスクリーンにその男の子エンジェルの姿を見せないというアイディアも意表を突く。カメラはほぼ全篇が彼の視点になっていて、互いを感じ合うことによって恋が成就。コミュ力が幅を利かす今の世の中にこんな関係があってもいい。いずれにせよ物語は、現実と妄想の狭間でドラマを紡ぐことに長け、奇抜とカルトの境界の、微妙な感性に多くのファンをもつ製作のJ・V・ドルマルの影響大とみた。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      「かごの中の瞳」に続いて盲目のヒロインものだがこれはもうほとんど実験映画。イメージフォーラム系の自主映画を志すなら一度は夢想する一本なのでは。美少女の被写体と彼女を見つめるPOVショットで構成されるカメラワーク、耽美的な映像、エロティシズムと背徳の匂いから展開する超現実。主体が透明人間なのは斬新だが、主観ショットである限りむしろそれは問題にならない。少女の目が見えていないときはファンタジーだった世界が、視覚を得た途端にホラーに転じるのが面白い。

  • ヴァンサンへの手紙

      • ライター

        石村加奈

        レティシア監督の幼なじみで、ろう者のサンドリーヌの言葉が印象的だ。親が決めた口語教育を受け、母親との同居生活にも何の疑問も抱かぬ友人に、母の死後の人生について想像すると怖くならないか? と畳みかけた監督に対する、サンドリーヌの答えが、ろう者の価値観をないがしろにしてきた我々聴者の問題点を明らかにする。トルコ出身のろう者アーティスト、レヴェント・ベシュカルデシュの繊細なパフォーマンスから、豊かな希望のサインを受け取ったことを、ずっと忘れずいたい。

      • 映像演出、映画評論

        荻野洋一

        N・フィリベールの傑作「音のない世界で」(92)から年月が経過したが、その衣鉢を継ぐように女性監督がろうコミュニティに関わっていく。音がある/ないという事象が単純なアントニムでないことをあくまで映画的に示した「音のない世界で」と異なり、本作は自殺したろうの友だちに対しては文学的な、ろうコミュニティに対しては社会的な視座に絡めとられている。たとえば手話をする人物を撮るのはなぜこのサイズなのかという思考が、映画の中にもっと積み重ねられてほしい。

      • 脚本家

        北里宇一郎

        言いたいこと、訴えたいことがいっぱい溜まって、ここで洪水のようにあふれ出た。登場人物が多すぎると思う。同じ主張が何度も出てきて少しくどさも感じる。だけどこちらは今までろう者の気持ちを知ろうとしなかった。さほどの関心もなかった。そんな人間が大半のこの世界で、いま、ここに、この人たちがいる、そこを映画で描いた。口話教育、補聴器、人工内耳などへの違和感を初めて知った。そのひりひりきりきりの本音も。もうこちらは受け止めるしかない。ただ彼らに寄り添うしか。

    • 音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!

      • 映画評論家

        北川れい子

        ケタタマシいロックと真面目にふざけた阿部サダヲ。セットや美術も思いっきり遊んでいて、脇のキャラクターも奇人、変人のつかみ取り。けれど蚊の鳴くような声のヒロインを演じる吉岡里帆が、出番が多いのに最後まで地味というか影が薄く、阿部サダヲひとりが騒ぎまくっているような。三木監督本人によるオリジナル脚本は、キレイごとよりアブナさ先行、業界もの(!?)ふうな毒もあってワルくないが、観客サービスより自分たちが嬉しがって作っているという印象も。疲れたぞタコ!!

      • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

        千浦僚

        キャラクターや設定やちりばめた小ネタはいいのに、テンションも、魂の声のボリュームも上がらぬ。本作の主演女優は終盤においてジャニスやクリッシー・ハインドやカルメン・マキのような響きを出せなければいけなかった。リアルにはできないとしても、ブレイク・エドワーズの「ビクター/ビクトリア」でのジュリー・アンドリュースの特技(ファルセットでガラスを割る)(クラウス・キンスキーは実際に叫び声でガラスを割ることが出来たそうだ)みたいなものがあってもよかった。

      • 映画評論家

        松崎健夫

        吉岡里帆の〈声〉は、タイトル通り当初は小さくて聞こえづらい。ところが、だんだんと〈声〉が“大きくなる”のではなく、“厚みを帯びてゆく”のがポイント。順撮りであるわけもなく、また整音だけに頼るわけでもない。〈声量〉をコントロールすることで、主人公の〈自信〉を表現してみせているのだ。一方で、全篇を通してフィックスよりも手持ちによる移動ショットの印象が強い。三木聡作品の特徴でもある美術・磯見俊裕の作り込みが、移動ショットによって確認しづらいのは痛恨。

    • 覚悟はいいかそこの女子。

      • 映画評論家

        北川れい子

        監督は「片腕マシンガール」「電人ザボーガー」ほか、ぶっ飛びシネマの達人。ヒロイン役は「寝ても覚めても」で恋に不器用な主人公をスリリングに演じていた唐田えりか。原作は少女漫画でもどこかで大胆なチャブ台返しがと期待したのだが、少女漫画のシバリは甘くないようで、ウーム残念。それでも中川大志が演じるヘマ男くんはいっぱしのストーカー男子に描かれ、母親と2人暮らしの唐田えりかはヤクザの借金取りにアパートのドアをガンガンされ、キラキラのラブ・コメとは一味違う。

      • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

        千浦僚

        正直こういうキラキラ青春映画のメディアミックスについて追いきれていないことが多く精密な批評としてはドラマ版と比較してどうだということも言うべきなのでしょうが本作についてはそれを果たせません。しかしこういうものの長く組んできたキャスト陣の醸すブラットパック感とでもいうべき連帯感はわかるし、良いなと思います。あとタイトルに反してこれはヘタレ男子のジタバタとかっこ悪さと覚悟の物語であり、私の知る監督井口昇はその切なさを謳うのに適任の作り手ではある。

      • 映画評論家

        松崎健夫

        この映画は“人の気持ち”を描こうと試みている。映画の入り口では、学園ドラマにありがちな「彼女をモノにする」という知能指数の低い物語を提示。やがて、男前ながらも「シラノ・ド・ベルジュラック」のような“まごころ”を描いた映画へと転調してゆくのが痛快。物語の緩急によって様々な対比を生んでいるが、唐田えりかの強弱を持つヒロイン像は、それに適っている。言葉にすると安く聞こえるが、昨今の〈壁ドン系映画〉に対する批評性をも帯びた「井口昇の新境地」と評せる。

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