映画専門家レビュー一覧

  • ルイスと不思議の時計

    • 翻訳家

      篠儀直子

      子ども時代の夢が具現化したかのようなストーリーだから子どもたちに見せたいところだが、そこはイーライ・ロスだからか、夢で見て(大人も?)うなされそうな画面があちこちに。ジャック・ブラックがどこかオーソン・ウェルズ(実際にマジシャンだった人)っぽく見えるのが興味深く、そういえばウェルズには、「カリ城」に先立つ時計塔アクションのある監督作が存在するのだった。ケイト・ブランシェットがきりりと魅力的。わんこっぽい椅子も、エンドクレジットのイラストも可愛い。

    • 映画監督

      内藤誠

      アマゾンの食人族を素材にした、イーライ・ロス監督の「グリーン・インフェルノ」には高点をつけたので、彼が魔法使いを描くとなれば、怪奇な場面の連続かと思ったが、少年を主人公にした児童向け作品の仕上がり。ジャック・ブラックとケイト・ブランシェットの魔法使いコンビは芸が達者で笑わせるし、小道具や装置もしっかりしている。惜しむらくは脚本構成にメリハリがないから、流れになかなか乗れない。カイル・マクラクランやブランシェットをもっと怖くするとか、工夫が必要。

    • ライター

      平田裕介

      アンブリンのロゴの後にイーライ・ロスの名が。そして中身は児童文学が原作のファンタジー。その意外な組み合わせに驚き、「こういうのも撮れるんだ」と妙な感動に襲われた。中身も誰もが楽しめるファミリー向けに仕上がっており、胡散臭い魔法使いに扮したJ・ブラックのハマり具合、彼とC・ブランシェットの掛け合いも楽しいうえにゴシックとラグジュアリーがいい塩梅で交じった屋敷内の美術も◎。襲い来るカボチャを倒すと、中身が脳漿や膿のように飛び散るのはロスならでは。

  • バーバラと心の巨人

    • ライター

      石村加奈

      バーバラが魅力的だ(M・ウルフの素晴らしい演技力!)。守護霊への敬意を表して、うさぎの耳をつけた少女が見つめる、感性豊かな世界。バーバラを取り巻くハードな環境が、彼女を孤立させるほど、世界をとらえる眼差しの透明度は増してゆく。やがて彼女に課せられた“巨人”を倒すという使命に秘められた、切実な想いが明かされてからの展開には、子供のように心揺さぶられた。映画のはじまりとおわりで、主人公の顔つきが全然違う思春期特有のみずみずしさに、モル先生同様魅了された。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      失礼ながらクリス・コロンバスがこんな繊細な企画をプロデュースする才覚を持ち合わせていたのかと、いささか意表を突かれた。「ホーム・アローン」「ハリー・ポッター」両シリーズを代表作に持つ、決して野心的とは言えなかった映画人による瓢?から駒である。デンマークの新人監督を抜擢し、怪奇幻想趣味を謳歌する。風光明媚な田舎のお伽噺かと思いきや、NY郊外という意外な立地もいい。後半で主人公少女をめぐる心理的・収拾的な説明主義に落ち着いてしまうのが残念だ。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      夢想の世界に生きる少女がいる。奇矯な振る舞いで孤立している。なぜそんな行動をするのか。最後に明かされるその理由が少し説明不足の感が。それより、彼女が現実へと向かうその契機が、自身が生みだした想像の巨人のひと言というところに違和感を覚え。結局、彼女のことを慮っていた転校生と先生は何だったんだろう。他者という存在を彼女が自覚する。そのことが自閉の呪縛からの解放につながる――だったら納得なのだけど。いっそのことこの映画、転校少女の視点で展開したらと。

  • 負け犬の美学

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      沢木耕太郎の本に出てきそうな引退直前の中年ボクサーが、娘の好きなピアノを買うべく、世界チャンピオンのスパークリング相手を買って出る。非常にあざとい父娘の物語だが、なぜか涙腺が刺激される。ラストシーンの後に、何十敗と敗北を重ねた実在の「負け犬ボクサー」たちが写真で登場する。劇中に「俺たちがいるからこそ、チャンピオンが輝くんだ」という台詞があったが、「敗者の美学」を内に抱えて生きている人たちのことを思い、繁華街のネオンのなかを背中を丸めて歩いて帰った。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      そもそもスポーツと家族愛は相性の良いテーマだ。好きというだけでボクシングを続けている主人公に対して、家計を支える妻、心情を慮る子ども。そこへもってきて、娘(演じるB・ブレインの利発さ◎)のピアノを買う資金のために、父親がスパーリングパートナーを志願する、とくればテーマのど真ん中をオーソドックスに進む申し分のない展開。ラストで娘が弾くショパンの「夜想曲第2番」の少々ぎこちない調べに、この家族ひとりひとりの気取りのない温かな思いが凝縮されている。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      殺陣の出来は斬られ役の上手さに大きく左右される。少なくとも役者においては「負け犬の美学」が成り立つ。しかし競技となると話は難しい。敗者はあくまでも敗者だ。元世界王者のソレイヌ・ムバイエがボクサー役で出演しており、佇まいからマチューとの実力差は残酷なほど歴然だが、本作の勝負は俳優がいかにボクサーに近づくかよりも、いかにリングから降りるかである。試合ではなく人生に勝つための物語。親であることと闘い続けることは根本的に両立できないという考察。

  • 教誨師

    • 評論家

      上野昻志

      大杉漣のプロデュース・主演作であり、また遺作となった映画である。なぜ、彼がこのような題材を選んだのかは知る由もない。ただ、密室で人と人が一対一で向き合い、言葉を交わすということに、映画や演劇のプリミティブなありようを具現しようとしたのかもしれない。しかも相手は、死刑を宣告された存在である。そこには、失語者のような者もいれば、やたら饒舌な者もいる。それにどう対応していくか、大杉漣は、自身の俳優としての原点を見定め、次に踏み出そうとしていたように思う。

    • 映画評論家

      上島春彦

      教誨師という存在は映画「絞死刑」で見たことがあったが、処刑の場でなくこういう日常業務を追うのは珍しい。オムニバスだと思っていたらあっさり裏切られ、しかしその裏切られ方自体が魅惑的な体験となっている。彼を使って処刑の延期を画策する者、想像上の看守をこしらえ彼に報告する者など、キャラクター一人一人に物語的仕掛けが凝らされ、それらが会話主体でありながらふっと映像的に昇華されるのが圧巻。スタンダードサイズが効いているが、途中でワイド画面になるのも面白い。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      死刑囚バイプレーヤーズと、主役として受けに徹する大杉の名演を見るだけで満足。スタンダードとビスタを使い分けたり幽霊を出したりするが、映像にはどうにも荘重さが不足。そうしたマイナスを芝居でプラスに転じさせ、悔悟、感動、涙といった要素を排除し、死刑囚たちが教誨師と過ごす暇つぶしだけで成立させてしまう。妙にリアルな囚人顔を作る古舘も良いが、映画初出演の玉置玲央の繊細で奔放な演技に驚く。惜しまれつつ去っていく俳優と、未知の俳優の登場に哀しみつつ喜ぶ。

  • あまねき旋律(しらべ)

      • ライター

        石村加奈

        ナガ族の人たちは歌をうたいながら、仕事(主に農作業)をする。収穫の秋、輪になった若い男女が稲を蹴り上げて、脱穀する楽しげなシーンもあるが、のどかなイメージは気持ちよく裏切られる。唱歌や童謡以上に、真面目で深淵な歌詞に引きずられることなく、リズミカルに鍬や鋤を動かす村人たちの姿に、彼らにとって、歌は娯楽ではなく人生の一部なのだと気づかされる。虫の音や風の声が響く風光明媚な村の周辺をインド軍兵士がうろつくシーンのみ、無音になる。監督の意志を感じた。

      • 映像演出、映画評論

        荻野洋一

        稲作農家の労働歌というとS・マンガーノの色香が印象的なイタリア映画「にがい米」(48)あたりが思い出されるが、まさにあれと同じだ。インド東北部、独立運動のさかんなナガ地方のみごとな棚田の風景に、ポリフォニーの波紋。音響が棚田の水面をかすかに揺らす。住民たちは作物の出来ばえを論じるのと同じように自分たちの歌を論じ、歌への偏愛について語るのと同じように日々の作業を語る。歌、稲作、恋愛、家族、共同体が渾然一体となった本作の多声的構造に舌を巻く。

      • 脚本家

        北里宇一郎

        インド東北部の農村。その棚田の風景に眼を奪われ。歌声が響く。男と女、若きも老いも。ある時は独りで、ある時は声を合わせて。村の暮らしの中に歌が溶け込んで、そののんびりゆったりの空気が、さあっと観客席を包む。ここにはボリウッド映画から過剰な物語性をすっぱり抜いて、ミュージカル感覚だけを残した、純粋素朴な音楽記録の味があって。村にある大きな教会、峠道を進むインド兵。そこにちらりトゲを含ませ、それでも歌い続けた村人たちの強靱さをも匂わせる。静かな佳品。

    • チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛

      • 批評家、映像作家

        金子遊

        若い画家と人妻の道ならぬ恋、驚くべき替え玉出産のトリック、チューリップ取引に対する時代の熱。物語もすばらしいが、それ以上に映像の重厚さに魅せられる。17世紀オランダが舞台なので、撮影と照明と美術のスタッフは、徹底的にフェルメールの絵画世界を再現するような映像づくりにつとめている。衣裳もドレスのしわの一つひとつから、丁寧にほどこされた刺?まで見応えあり。何よりも当時のアムステルダムの運河沿いにある下町と庶民を再現したロケセットが本物っぽくて◎。

      • 映画評論家

        きさらぎ尚

        理性や常識を失わせる、という意味では恋の情熱もお金への欲望も同じかもしれない。その恋とお金に女の悪巧みが絡んで、この不倫ドラマはほんのちょっぴりテンションが高まる。それは女主人と女中が共謀した浅知恵ではあるが、2人の奸計の行き着く先が常識的な結末であることが面白い。フェルメールの絵画に想を得た物語が原作で、映画の中にも鮮やかなブルーのドレスのヒロインがチューリップを持って窓辺に立つ姿、そこに差し込む光など、そこかしこで絵画的な画面も楽しめる。

      • 映画系文筆業

        奈々村久生

        「ブーリン家の姉妹」でも歴史に翻弄された姉妹の愛憎を時代劇で描いたチャドウィック監督が上手い。ダニー・エルフマンの劇伴もチューリップバブルに沸く時代と恋愛の狂騒を煽る。俳優陣はA・ヴィキャンデルが美しさと野性的なエネルギーを兼ね備えた演技力を余すところなく発揮しており、D・デハーンはキャラ的にやや食い足りなかったものの芸術家くずれの優男を好演。何よりタランティーノ以外でこんなにもクリストフ・ヴァルツの魅力が生かされている映画は初めてなのでは。

    • ブレイン・ゲーム

      • 翻訳家

        篠儀直子

        日常の延長みたいな舞台設定で、能力者が自分よりもはるかに強力な能力者と出会い、人知れず戦いを繰り広げるという話が大好物なので面白く観た。安楽死のテーマにある程度切りこめているのもよい。謎めいた美しい映像が次々挿入されるのが魅力であり、観客を最後まで引っぱることに寄与するが、こんなに乱発せずに、ここぞというところに取っておいたほうがよかった気も。ホプキンスの演技はさすがだけれど、「羊たちの沈黙」のころの彼だったら、年齢的にもっとぴったりだったのに。

      • 映画監督

        内藤誠

        アナリスト兼医者の主人公が予知能力のすべてをつくして、連続猟奇殺人事件に挑む知的なサイコスリラーで、「羊たちの沈黙」以来、ハンニバル・レクター博士を演じたアンソニー・ホプキンスにはぴったりの役柄だ。犯人像が複雑なアメリカではFBIにサイコキネシスを利用した捜査もあっていいように脚本は書かれていて、細かい映像モンタージュによりホプキンスの未来予知能力を表現。相対するコリン・ファレルも熱演で、無気味な人間像が一気に語られるのだが、登場が遅すぎる。

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