映画専門家レビュー一覧

  • スティーブ・ジョブズ(2015)

    • TVプロデューサー

      山口剛

      30年以上のマック・ユーザーだがジョブズについては何も知らなかった。不器用な女性関係、企業内の人間関係、科学者と企業家の対立などストーリーは巧みに作られている。その結果、興味深い人間像が浮び上がるが、それは共感、感銘を覚える魅力的な人物とはいささか違う。盟友の科学者が、ジョブズに向って「人間はバイナリーではない、人格と才能は両立できる」といった言葉を吐くが、それがこの映画のテーマを語り尽くしているようだ。前妻との離婚のいきさつは説明不足。

  • ディーパンの闘い

    • 映画監督、映画評論

      筒井武文

      パリ郊外の田園地帯に、こんな無法者が仕切る集合団地が存在するとは、にわかに信じ難いが、スリランカからの難民の偽装家族が管理人として放り込まれる、この空間は実に魅力的だ。そこで片言の仏語でコミュミケーションを取っていくディーパンの臭みのある翳りも。それは意味ありげに、スリランカの映像をフラッシュさせてくオディアール自体の作風の臭みでもあるのだが。とはいえ、偽妻が家政婦として通う認知症老人の部屋、そこに甥らしき麻薬密売人のいる危うい雰囲気が見事。

    • 映画監督

      内藤誠

      内戦下のスリランカから夫婦と娘という偽装家族を作って申請の許可をとり、フランスへ入国する一家の物語だが、居住したパリ郊外の集合団地がまた、麻薬密売人が巣食い、法治国家と思えないほどの荒廃ぶり。「シャルリ・エブド事件」のあったフランスだからつい移民難民問題を考えてしまう。俳優としてのキャリアのないアントニーターサン・ジェスターサンが主人公を演じてリアリティーを醸し出すが、全体の仕組みはフィクション。タミル語、仏語、英語の会話を日本語字幕で見るのだ。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      独立戦士だったディーパンと異国での新生活に馴染めないヤリニがぎくしゃくする中、救いになるのは「娘」のイラヤルだ。子供ならではの高い順応力で一家の通訳となり、彼女を学校に入れたりその送り迎えをしたりという日々の行動が、彼らを一つの家族のようにしていく。言葉が理解できても仲間との会話で笑えないと真顔で相談するディーパンに、あなたにはユーモアのセンスがないとヤリニがからかうシーンがいい。喜楽に乏しくいかついアントニーターサンの顔が可愛らしく見える。

  • ドラゴン・ブレイド

    • 映画監督、映画評論

      筒井武文

      この超大作での驚きは、ジャッキー・チェンの悲哀に満ちた諦念の表情だ。あのアクション・スターがこのように年を取るとは。もちろんローマ帝国軍と漢をはじめとしたアジアの多民族軍の東西対決という壮大なフィクションが描かれているわけだが。そうしたなか、指揮官同士の一騎打ちという見せ場が用意されているにも拘らず、印象に残るのは不条理な命による砦の修復作業に、ジョン・キューザック演じる将軍が西方の技術を駆使して援助し、ジャッキーとの友情を築くところだ。

    • 映画監督

      内藤誠

      昔からのファンにはさすがに年をとったという感じはするが、製作を兼ねたジャッキー・チェンがシルク・ロードを舞台に熱演している。前漢の時代にローマ帝国の大軍勢を迎え撃つというアイデアもアジアからの視線で新鮮。時代考証を含め、キメの細かさには欠けるが、少年時代によく見た、ローマを舞台にした西洋の歴史スペクタクルを東洋の側から作った娯楽映画だと思えば、充分に楽しめる。ジャッキーの相手を務める強いフン族の女ムーンを演じたリン・ポンが野性的な魅力を発揮。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      ジョン・キューザックが出てきた。エイドリアン・ブロディも出てきた。国際色豊かで豪華な顔合わせだが、終劇してみればただただ戦っていた印象が強く残る。それでも成り立って見えるのは中心にジャッキーがいるから。戦闘シーンが前後の文脈や意味から解放されてしまえば、思う存分アクションを楽しむジャッキー映画としてのカラーが全面に出る。韓国からも現在兵役中のSUPER JUNIORのチェ・シウォンが参戦。ステージや私生活でも彼のデフォルトである大胆な顔芸に注目だ。

  • マンガ肉と僕

    • 映画評論家

      上島春彦

      杉野希妃の「世を忍ぶ仮の姿」が素晴らしく一見の価値あり。ただラストで絶世の美女に戻っちゃうのが何かもったいない。セックス中毒者徳永、不実なインテリちすんも好調。三浦くんが三人の女をもてあそんだり、逆にもてあそばれたりという女難物語で、見終わると「男ってバカだなあ」とつくづく思う。京都をロケ地にして独特な日本美を取り込んだのが功を奏し、これは海外でも絶対にうけるね。惜しいのは三人の女すべて均等にネタを盛り込んだせいで一本調子になっちゃったことかな。

    • 映画評論家

      北川れい子

      “僕”が関わる3人の女たちの頓珍漢な独り相撲ぶりは確かに困ったものだが、それ以上に困るのは「存在の耐えられない軽さ」のダニエル・デイ・ルイスを連想させなくもない“僕”。一見、女に無防備なようで、イザとなると薄情で調子いい奴。で結果として困った男女を描いた困った映画、ま、コメディーと思えば笑えなくもないが、困ったことに大真面目。杉野監督本人が演じるキャラクターにしても「百円の恋」の安藤サクラのあとではね。「欲動」でも感じたが杉野監督は理屈で撮っている。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      才あるプロデューサーとして注目してきた杉野希妃だが、初監督作で主演も兼任したのは成功とは思えず。この肉女はもっと怪物的な狂気がなければ成立しないのでは。3年後、5年後と主人公の男の女性遍歴が描かれるが、関係が壊れる過程を省略しているだけで空白期間が台詞で説明される以上には見えてこないので、男の妬み嫉みも分からない。杉野の他の作品にはインディペンデント映画らしい自由を感じたが、本作は女性監督らしいジェンダー映画の括りで観るしかないと感じてしまう。

  • キャロル(2015)

    • 翻訳家

      篠儀直子

      抑制された映像スタイルをも含めて「エデンより彼方に」の姉妹篇のようだが、豊饒な色彩は「エデン」よりも苛烈なくすみを帯び、キャサリンとオードリーの両ヘプバーンにも似た女ふたりは、埃っぽい幹線道路に車を走らせて因習から逃走する。それは、「男の付属物」として生きることしか女には許されなかった時代に、自分の欲するものを得ようとする、いや、自分の欲するものが何であるかを探ろうとする旅だ。D・リーンの「逢びき」かと思わせておいて、結末には感動的なひねりが。

    • ライター

      平田裕介

      全体的にラグジュアリーで、そこはかとなくサスペンスフル。だが、極めてまっとうなラブロマンスにしてセックス云々を問わずにマイノリティーの生きづらさを描いたドラマでもある。煙草を挟んだ指、お互いの肩に添える手などなど、レズビアンにとって性的にも重要な器官ともなる指と手がひたすら艶めかしく映し出される。そんな視点で捉えられたK・ブランシェットの指が、R・マーラの乳首を愛おしく摘むショットは本当に美しい。アカデミー賞作品候補にならなかったのが解せない。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      ダグラス・サークへのオマージュ映画を撮っているトッド・ヘインズだけに、レズビアン嗜好を持つヒロインの特異な心理、行動と50年代のアメリカの描写は精緻を極め、見ごたえがある。原作者のパトリシア・ハイスミスは、奇妙な味の犯罪小説の名手として有名だが、ミステリーより普通小説の愛読者に圧倒的な支持を受けている。別名で発表した原作、どこまでが自伝的要素か興味深い。謎が多い私生活のこの作家の自叙伝が大変面白いというのでこれを期に読もうと注文してみたところだ。

  • いいにおいのする映画

    • 評論家

      上野昻志

      モノクロ・スタンダード、加えてパートカラーと、ヴィジュアルに凝っている。それにふさわしく、蝋燭のショットや影絵を出すなど、監督の志向=嗜好は一貫している。このような画が見たいのだということがはっきりしているのだ。ただ、蝋燭の灯りは、それに反照する顔なりモノなりがあって映えるのだが、そこをいまひとつ工夫して欲しかった。物語は、かなりミニマルで、広がりに欠けるが、それを救っているのが、Vampilliaの音楽だ。それが、この閉ざされた世界を、最後に開く。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      漫画『ナニワ金融道』の作者青木雄二にはこの社会を乗り切り倒せ的エッセイが多いが、そのなかで、好きなことやって生きるのは成功と失敗が才能と運頼み、読みも効かぬからやめろ、みたいなことを書いている。だが私は今の世の中は安定すら低水準すぎるから皆やりたいことがあればやるべきだと思う。影絵遊びが好きな娘が照明パーソンになる。いいではないか。十七歳から好きで覚えた映写こそが結局一番自分を食わせたことだったという私には本作のその部分は他人事ではなかった。

    • 文筆業

      八幡橙

      不可思議な手触り。仄かな笑いあり、ピュアな初恋あり、核として貫かれる音楽あり、淡きエロスあり……。そして、究極のところ日本版「ぼくのエリ」とも呼びたいテーマもあり。「Dressing Up」の安川有果、「春子超常現象研究所」の竹葉リサ、そしてこの酒井麻衣と、若き女性監督たちが醸すダークでありつつ軽やかな妙味に、日本映画の一縷の希望を見る。ただ、モノクロの世界がとりどりの色で煌めく瞬間から本作最大のクライマックスにかけて、終盤やや甘さに偏りすぎる気も。

  • 十字架

    • 評論家

      上野昻志

      この映画、「いじめの映画」というだけで映画会社やテレビ局は扉を閉ざしたというが、それだけに監督は、撮るからには徹底してやると腹を括ったのだろう。それは、前段の小柴亮太演じるシュンが、苛めを受ける場面の半端ではないリアルさに現れている。その小柴がいい。そして父親を演じる永瀬正敏が素晴らしい。その佇まいに、息子を見殺しにした者たちへの怒りと同時に、何も出来なかった自身への怒りもない交ぜになっている。また在りし日の息子への想いに縋る富田靖子の母も。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      題材が良い。価値があるかどうか、感動を誘うかどうかなどは観るひと個々に違うだろうが、実際の事件と原作に既にある内容が、まずはとにかく興味深い。三十歳の小出恵介が平然と中学生を演じるのは異様だが、私は「ソロモンの偽証」の年少役者勢揃いのリアルより本作のムチャぶりに、大人でも対処しがたい事態の深刻さの象徴を感じてこちらを買う。いじめをする奴は人間のクズ、黙って見ている奴は卑怯者、という台詞があるが実際はそれこそが日本社会の構成員のほとんどだろう。

    • 文筆業

      八幡橙

      2月初旬のまさに今日も、中二少年自殺の報を目にした。日々身近で起こり得るこうした現実の酷さを直視し、遺された者たちの背負う十字架の重さとその先辿り着くべく境地について、本作は丁寧に描き出す。共に十字架を背負う小出恵介と木村文乃が、中学生から一貫して現在の姿のまま演じるという特異な設定に、最初はぎょっとした。が、次第に、悲痛な状況を見つめ続ける「目」が一貫していることの意義を知る(特に終盤のサッカーシーン)。少年の弟役、葉山奨之の熱演も印象に残る。

  • ザ・ガンマン

    • 映画・漫画評論家

      小野耕世

      06年のコンゴ民主主義共和国を舞台に始まるこの活劇は、あらゆる新しい世界状況をとりこむ当今の娯楽映画の流れに乗って、またしても(と言うべきか?)多国籍企業の悪が描かれる。ショーン・ペンが動きよく演じるガンマンが、8年後には自分が狙撃される身になるときの舞台はバルセロナで、映画だから闘牛も出てくるが、最後のクレジットでバルセロナ州は反闘牛の州であると説明がある。ハビエル・バルデムなど傍役陣も生き、おさだまりの結末までテンポよく引っぱってくれる。

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